月明かりの下のリリアナ
ある日の夜。
灰色の村の、広大な墓場の中にある、墓場の村。
その家屋のひとつの中で、今、ひとりの老婆のゾンビが、塵へと還ろうとしていた。
その老婆の手を握るのは、息子の農夫。
ふたりは、涙を流して慈しみ合っている。
「母ちゃん!俺、母ちゃんの息子で、本当によかった!」
「私もだよ。生まれてきてくれてありがとう」
老婆は、足元から崩れ去って行く。
ロロは、何も言わず、家の入口に立っていた。
ロロは、ただ見届けるのみ。
それが、『墓守』。
身体が塵へと還って行く老婆。
息子は、最後の最後まで、老婆の手を離さなかった。
息子は、何も言わず、涙を流す。
塵になった、母の手を握ったまま。
息子は、しばらくの間、沈黙していた。
そして、その後、涙を拭いてロロへと向き合う。
「墓守さん。ありがとう。
俺、母ちゃんが死んだとき、母ちゃんと喧嘩してたんだ。
理由なんて、もう忘れちまったけど。
でも、俺が外に出てるとき、脳梗塞ってやつで倒れて、そのまま……
だけど、墓守さんのおかげで、仲直りもできて、ちゃんと別れも言えたよ。
俺、ただの農民だから、あんまりお礼とかできないけどさ。
美味い野菜とか、取れたら、持っていくよ」
「ありがとうございます。
その時は、おいしく頂きます」
ロロは、老婆の塵を集め、布に丁寧に包む。
「行きましょう。
ご案内します。
お母さんのお墓へ」
ロロは、農夫を伴って、墓場の道を進む。
小高い丘の、広大な墓。
ちょうどその中腹ほどに、老婆の一族の墓が作られていた。
荒い大きな石に、老婆の名前が、先祖の名前と一緒に刻まれている。
石の手前には、開閉可能な石の箱。
その箱の中に、先祖の骨と一緒に、老婆の塵がおさめられた。
ロロは、農夫へと向き直る。
「またいつでも来てください。
きっと、お母さんも喜びます」
農夫は、また涙し、ロロの手を握り。
そして、墓場の道を辿り、灰色の村へと帰って行った。
ロロは、老婆の墓の前で、死者と生者のことへ想いを馳せる。
これまで、数えきれないほど見てきた、死。
ロロは、自分が可能な限り、悲痛の死を、幸せな死へと変えてきたつもりだ。
そして、これからもそれは変わらないだろう。
ロロは、死者と生者の幸せだけを考えて生きてきた。
自分の事は、度外視して。
でも、デイズとティナ・シールと付き合って、自分自身のことも考えることが多くなった。
自分もまた、幸せに生きていいのではないかと。
そして、命ある限り、愛すべき人を愛そうと。
ロロは、無欲な人間であった。
いや、本当は強欲だったのを、無理矢理蓋をして、無欲な振りをしていたのだと思う。
強欲なのは、悪い事ではない。
それが、人を傷つけない限り。
デイズもティナ・シールも、自分のものだ。
強欲でいいのだ。
愛と欲望なんて、紙一重だ。
今では、はっきりと言える。
死者も生者も、そして自分自身も、幸せになるべきだと。
そして……
ロロは、小高い丘の上をふと見上げる。
灰色の村が一望できる、丘の上。
そこには最近、参拝客のために、木のベンチを幾つか設置したのだ。
そのベンチに、女性が一人。
長い黄金の弓を持った女性。
ロロの眷属の一人、リリアナだ。
がしゃどくろ以外の眷属のみんなは、ロロの邸宅が完成して以降、普段は影から出て過ごすようになった。
リリアナもだ。
ロロは、墓の道を上り、丘の上にやって来た。
リリアナは、村をぼんやり眺めていて、ロロには気付いていない様子。
リリアナの、ゾンビの青白い肌は、月明かりに照らされて、神秘的な美しさであった。
ロロは、声をかける。
「リリアナさん」
リリアナは、身体を跳ねさせ、驚きと共にこちらを向いた。
「ロ、ロロ氏!いつからいたんすか!」
「今だよ。隣、座っていい?」
「ももももちろんっす!」
ロロは、リリアナの隣に座る。
リリアナは、横目でロロをチラチラ見ている。
リリアナは、ロロに問う。
「お仕事っすか?」
「うん。また一人、ね」
「お勤めご苦労様っす」
「なんか、刑務所から出てきたみたいだね」
ロロは、顔色の悪い顔で、笑う。
「リリアナさんは、何してたの?」
「昔を思い出してたんす。
冒険者時代の。
冒険者なんて、ガンガン人が死ぬっす。
だから、あの時、ロロ氏が居てくれたら、みんな、もう少し悲しくは無かったかもって」
「他にネクロマンサー、居なかったの?」
「わからないっす。
私、その頃は、ネクロマンサーって、近寄りがたくって。
よく調べもしなかったっす。
なんか、陰気で、何考えてるか分からない、みたいな」
「陰気で、何考えてるか分からないのは、僕も同じだよ」
ふたりで見あって、ふふ、と笑う。
「ロロ氏は優しいっす。めちゃくちゃ」
「最近、変に欲張りになっちゃってるけどね」
彼女が二人に、新しい大きな家。
世間から見たら、質素とは程遠い。
「それでも、デイズちゃんも、ティナ・シールちゃんも、幸せそうっす」
リリアナは、頬をほんのり赤く染め、でも、その眼鏡の奥の茶色の瞳は、さみしそうで。
「リリアナさん、彼女が二人とか、抵抗ないの?」
「いえ、全然。ってか、多夫も多妻も、いっぱい見てきたっすから。別に普通っす」
ロロは、その言葉を聞き、決意する。
自分の欲望に正直に生きるのだ。
それがきっと、人を愛することにも繋がるはず。
そう、生きている内に。できる限り。
「リリアナさん。僕、リリアナさんにも彼女になって欲しいって思ってる」
それを聞いたリリアナは。
時が止まったように固まっている。
そして、永遠のような数秒後。
リリアナは叫ぶ。
「え、ええええ!?
ママママ、マジで言ってるんすか!?」
「うん」
「私なんか戦うことくらいしか取り柄ないっすよ!?」
「そんなことないよ。リリアナさんは強いけど、もし普通の女の子だったとしても、彼女になって欲しいって思ってるよ」
リリアナの青白いはずの顔は、真っ赤だ。
「ロロ氏、そんなキャラでしたっけ……」
「言ったでしょ。最近、欲張りになっちゃったって。嫌だった?」
「いいいい嫌じゃないっす!むしろ嬉しい、みたいな……。でも、その、心の準備が……」
リリアナは、すーはーすーはーと、深呼吸をする。
眼鏡に月明かりが反射して、目の奥が見えない。
でも、その頬の赤さが、きっと答えだ。
ロロは、リリアナの手を取る。
「リリアナさん。リリアナ、って呼んでいい?」
「は、はいぃ……」
「僕の第三婦人、なってくれる?」
「え、んっと、フヒッ、はい、喜んで……」
ロロは、リリアナの唇に、自分の唇を寄せる。
リリアナは、少しだけ身体を引くが、それ以上の抵抗はしなかった。
リリアナは、月明かりの下、ロロの唇を受け入れた。