戦闘訓練の猛獣退治
マグナ・ダイア帝国。
通称、帝国。
その国内にて。
ロロの住む灰色の村の、すぐ隣の町「ルイーゼ」の中にある、帝立魔法学園。
魔法の才能の有る若者を、数多く世に放つための学園。
卒業後は、獣や野党を退治する騎士団に所属する者も多い。
優秀な生徒は、在学中から騎士団補佐として、騎士に付いて活動を許されている者もいる。
皆、男女ともに、制服である真っ白いブレザーを着用していた。
ロロも、学園に通っていた。
自分の死霊術に、さらに磨きをかけるため。
墓場の村に住むゾンビたちは、ロロからあまり離れ過ぎると死霊術の効果が切れて、塵へと還ってしまうのだが、この隣町に来る程度ならば、全く問題はなかった。
ロロの制服の白いブレザーは、中古のため薄汚れ、その上から襤褸の灰色のコートを羽織っている。
顔色は悪く、目の下には濃い隈が。
その異様な風体のロロは、学園の生徒たちの鼻つまみ者だった。
「おい、見ろよ、いつもの汚え奴」
「よくあんな恰好で恥ずかしくないな」
「あいつだろ?ネクロマンサー。キモっ」
「実力だって最底辺なんだろ」
「プライドも無いんじゃないの?」
「あいつか、『墓守』とか言ってるの」
周囲の生徒たちが、クスクスと嗤う。
これも、いつものこと。
学園には、貴族や豪商の子女が多く通っていた。
皆、制服を美しく着飾っている。
その中で、たったひとり、汚れた中古の制服とコートの姿。
でも、この制服もコートも、人々の善意の寄付で買ったもの。
ロロは、寄付で買った全ての物を、とても大切にしている。
嗤われるのなんて、いつものこと。
ロロは、高等部一年生の自分の教室へと向かう。
教室の、ちょうど中央にある自分の席へと。
椅子の背に、コートを掛けて。
汚れた鞄の中から、教科書を取り出す。
学園の授業には、ふたつ種類がある。
ひとつは、全員が必ず受ける、共通授業。
もうひとつは、個々の所有している魔法ごとに内容の違う、選択授業。
午前中は、共通授業だ。
基礎的な理論や、体術などを学ぶ。
ロロは、机に教科書を広げ、次の時間の授業に備える。
すると、ロロの右横から、誰かの影が差す。
突然、ロロの机が右横から蹴り飛ばされた。
大きな乾いた音で、転がる机。
宙に舞う教科書。
横を見ると、机を蹴り飛ばしたのは、金髪で碧眼の美男子。
このルイーゼの町の領主である、伯爵の息子のキールであった。
「よお、底辺野郎。
俺への挨拶が無いようだけど?
何様?」
「……おはよう」
ロロは、腰をかがめ、教科書を拾おうとする。
キールは、その教科書を踏みつける。
「おはよう、ございます、だろ?平民」
「おはようございます」
キールは教科書から足をどける。
ロロは、改めて教科書を拾おうと、手を伸ばす。
そのロロの手の甲を、思いきりキールが踏みつけた。
ロロの手の甲から、骨が軋む音が鳴る。
激痛が、手に走る。
「……っ!」
痛みで声が出ない。
「ははっ。無様だな、平民」
キールを見上げると、ようやく満足した顔。
キールはそのまま自席へと戻って行った。
ロロは、痛む手でなんとか机を直し、教科書を拾い上げる。
(これは、腫れるかな)
鈍い痛みが続くロロの手の甲。
治癒系の魔法が使える友人でもいたら、すぐに治してもらえるのだが。
生憎、ロロは友人と呼べる者は、学園には居なかった。
あまり痛みが引かないようなら、治癒術師の保険医にでも治して貰おうと、ロロは思った。
★
三時限目と四時限目は、グループを組んでの戦闘訓練、猛獣退治だ。
みんな、体育着に着替えて校庭に集合している。
学園の東には、猛獣が数多く住んでいる危険な森が広がっていた。
その中には、マンティコア、虎、コカトリス、熊といった猛獣も数多く。
この授業は、戦闘のための訓練だが、増えすぎた猛獣の数を減らす目的でもあった。
グループは、最大で四人組と決められている。
逆に最少は一人。自信があるものは、単独でも構わない。
ロロと組もうとする生徒は一切居ないため、いつも自然と単独で狩りをすることになっていた。
単独で狩りをするのは、もう一人だけ。
火炎術師の女子、デイズだ。
デイズは、黒い目に、ショートカットの黒髪の女の子。
放つ炎は紫色。
炎を放つ時だけ、髪と目も紫色に変色する。
クラスでも最強と呼ばれる魔法使いだ。
単独で狩りをするのは、公式の強さでは、クラスの最上位のデイズと、最下位のロロのみ。
デイズは、組んだ両手を天に伸ばし、ストレッチをしている。
デイズは魔法の火力だけではなく、身体能力も非常に高い。
手足から火炎を噴出し、宙を駆け巡り、紫の爆炎を放つのだ。
高等部一年生の身でありながら、既に騎士団補佐に選ばれている優秀な生徒だ。
ロロは、脇に控えている教師陣を見る。
各グループごとに一名、採点のために教師が付く。
ロロにはいつもと同じ、老婆の教師、ネクロマンサーのフローレンス先生が付いていた。
フローレンスは、唯一、ロロの本当の実力を知っている人間だ。
ロロが大魔法使いであることも。
黒いローブを着たフローレンスが、胸元の髑髏のネックレスを揺らしながら、ロロに手を振る。
「やほー!おはよう、ロロ!」
「おはようございます。フローレンス先生」
ロロがフローレンスに挨拶を交わす。
すると、ロロの背後からは、数人の足音が。
ロロが振り向くと、そこには、美少女3人を侍らせた、美男子キールがやってきた。
「よお、インチキネクロマンサー。
今回もどうせ、贔屓してもらうんだろ?」
キールは、ロロとフローレンスを侮蔑の表情で見る。
教師相手にも、傲慢な態度を崩さない。
フローレンスは、ニコニコとただ笑っている。
キールは言い放つ。
「はは。ネクロ同士、慣れ合って気持ち悪いな」
キールは、ロロとフローレンスに汚物を見るような視線を向け。
そして、自分のグループに付く教師の元へと去って行った。
この学園の中ではネクロマンサーは、教師のフローレンスと、生徒のロロの、二人だけ。
正しい査定のため、ロロにはいつも、同じネクロマンサーであるフローレンスが付いていた。
ロロの成績は、当然いつも最優秀。
傍から見れば、慣れ合いと思われても仕方ないのだ。
だがロロもフローレンスも、いつもの事なので気にしない。
「ロロ!今日も張り切って行くよー!」
フローレンスが、拳を上げる。
この老婆のネクロマンサーは、いつも元気だ。
全グループに、教師が付いた模様。
担任の教師が、右手の人差し指を空に向け、指先に小さな火を灯す。
「スタート!」
担任の指先から、破裂音がした。
全員一斉に、森の入り口へと走り出す。
みんなそれぞれの、所持する魔法の準備をしながら。
ロロも、ずいぶん前に死んだ愛犬の脚の骨で作った、片手用の杖を懐から出し、右手に構えた。
別に杖が無くとも死霊術が使えるのだが、杖があった方が、より効率的に魔術を行使できる。
ロロの手からは、キールに踏まれた時の腫れは消えていた。
結局ロロは、手の痛みが消えず、学園の保険医に治癒魔法をかけて治してもらっていたのだ。
走り出すロロたち。
その時、デイズは靴と靴下を脱いで、大きく跳躍した。
裸足になった足の裏から、紫の炎が迸る。
目と髪を紫に染めて。
「お先っ!」
デイズは、足から噴出した紫の火炎で、地面を高速で滑るように走っていた。
その手には、脱いだ靴と靴下を持ちながら。
クラスメイトたちの隙間を駆け抜けて。
誰よりも早く、森の中に入るデイズ。
デイズに付いた男性教師が、空飛ぶ箒に乗って、急いでデイズを追いかける。
キールが苛立ちながら、同じグループの女子に叫ぶ。
「俺達も飛ぶぞ!」
キールのグループの女子の一人が、懐からミニチュアの箒を取り出し、それに息を吹きかける。
すると、そのミニチュアの箒が、四人全員が乗れるであろう大きさに膨らんだ。
巨大な箒がキールたちの目の前に浮かび上がっている。
箒を出した女子が叫ぶ。
「みんな、乗って!」
キールたちは、巨大な箒に乗り込む。
箒は四人を乗せて、砂埃を上げながら、森の入り口へと飛び去って行った。
次々と森に入って行く生徒と教師たち。
ロロは、ただ小走りをしていた。
その横で、同じく小走りのフローレンス。
「いやぁ~、移動系の魔法使いは、便利で羨ましいねぇ!」
フローレンスがロロに呑気に話しかける。
「僕も、馬とかを眷属にすればいいんですけど、なんか可哀そうで」
ネクロマンサーは『眷属』という特殊なゾンビを扱える。
通常ならば、術者の力量によった期間しかこの世に留まれないゾンビ。
しかし、眷属になれば、主のネクロマンサーと命を繋ぎ、主が死ぬまでこの世に留まれるのだ。
だが、眷属を扱うには、相当な力量がいる。
フローレンスも、眷属はゾンビ二人がやっとだ。
ロロは、数名の強力な眷属を抱えていて、戦闘は眷属が行うことが多い。
でもロロは、力量の問題ではなく、自分の勝手な思いで誰かを眷属にしてしまうのが、気が進まなかったのだ。
主が死ぬまで、ただ使われるだけの存在。
まるで奴隷ではないか。
ロロとしては、死者には、幸福な死が訪れてくれるのが一番いいと思っていた。
だから、主が死ぬまでこき使われる、眷属はなるべく作りたくなかったのだ。
ちなみに今いる、ロロの眷属は全員、自らの強い希望でそうなった。
そのため、意思の確認ができない動物を、自分勝手に眷属にすることには抵抗があった。
誰かを眷属にするのは、あくまで本人から、非常に強い希望があった時のみと決めていた。
小走りで走る死霊術師二人も、森の入り口へ差し掛かった。
「ロロ!いくらロロでも、油断は禁物だからね!」
「はい」
ロロは、愛犬の骨で出来た杖を右手で握りしめ、走る。
フローレンスも、亡くなった夫の利き腕の骨で出来た杖を構えている。
猛獣と戦う生徒たちが危険に晒されたときは、お付きの教師が救う事になっていた。
フローレンスは、ロロの強大な力を知ってはいたが、それを発揮する前に不意打ちでも食らえば命が危ない。
周囲に十分な注意を払う二人。
その時、前方の遠くで、巨大な紫の爆発が起こった。
おそらくは、デイズの炎。
フローレンスは、目を見開く。
「ひゃあ~!派手だねぇ!」
「僕たちは僕たちで、堅実に行きましょう」
あちらこちらで、戦闘の音が鳴り始める。
既に猛獣たちの領域に入った模様だ。
ロロの右前方の藪からも、大きな影が出現した。
翼の生えた、蠍の尾を持つ獅子、マンティコアだ。
幸いなことに、群れではなく一匹のみらしい。
ロロは、杖を自分の影に向けた。
「ムラサメさん。お願いします」
すると、ロロの影が、地面に垂らした墨汁のように広がり、その水面から青白い手が出てきた。
その手は近くの地面を掴むと、素早く影の中から飛び出る。
一本の刀を腰に差し、頭には編み笠をかぶった、女性の侍のゾンビ。
ロロの眷属の一人、ムラサメ。
ムラサメは、飛び出た勢いのまま刀を抜き。
マンティコアの首筋を目掛け、一振り。
見事、マンティコアの首は、宙を舞った。
ロロとしても、本来は殺生を好まないのだが、人を襲う猛獣は駆逐していかないと、結果として人が死ぬ。
そこは、割り切らないといけないのだ。
ムラサメは、刀を鞘に納め、口を開く。
「私が出るのは、なんだか久しぶりな気がします。
三日ぶりくらいですね」
ロロは、そのムラサメの冗談に、ふふっと笑う。
戦闘系の授業では、いつもムラサメに頼りっぱなしなのだ。
「三日ぶりですね。よろしくお願いします」
「お任せあれ」
ムラサメは、かぶった編み笠の下で、にやりと笑った。