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英雄ティナ・シール・ベルモント

 ティナ・シール・ベルモントは、百年前の、帝国による天下統一戦争の英雄だ。


 戦場に現れては、極寒の猛吹雪で、何もかもを凍らせる、氷点下の魔女。


 殲滅した敵兵は、万を超えるだろう。


 ある日、その胸に、一本の流れ矢が、偶然当たるまでは。




 英雄の死に、帝国の皆が涙を流した。

 そして、一つの案が浮上する。

 ネクロマンサーに、ゾンビとして蘇らせてもらおうと。


 だが、その頃の帝国には、彼女を蘇らせられるほどの力のあるネクロマンサーは一人もいなかった。

 そこで、数百年は溶けない、強力な魔法の氷の中に封じ込め、いつかネクロマンサーに復活させて貰おうと。


 帝国の誤算は、数年以内に現れると見込まれていた、ネクロマンサーが、全く出現しなかったことだ。


 やがて、戦争も終わり、周辺国家を統一した帝国は、いつの日か、彼女の力が必要になった時のために、氷漬けのまま、霊廟(れいびょう)に彼女を移動させた。


 その霊廟は、灰色の村、と呼ばれている、広大な墓場のある村。

 墓場に地下室を掘り、そこを霊廟とした。


 そして、百年の時が経った。







 その時、ネクロマンサーのロロは、十四歳の、魔法学園中等部二年生だった。

 去年、苦労の結果、マナ・アブソープションという非常に便利な技を会得してから、ネクロマンサーとしての才覚をめきめきと伸ばしていった。

 今では、五十名のゾンビを二週間ほどこの世に留めておけるほどにまで成長していた。


 だが、それを知るのは、学園の教師の老婆、ただ一人。




 ロロの眷属(けんぞく)は、アイボールのアイだけだった。

 アイは、自分から眷属にして欲しいと、ロロに願い出たため、初めての眷属にしたのだ。


 正直に言うと、最初は眷属を作る気が無かった。


 ロロが死ぬまでの間、ひたすらロロのために尽くすなんて、奴隷みたいなものではないかと思っていたためだ。


 しかし、アイを一旦ゾンビとして蘇らせ、仲間のアイボールたちと二週間を過ごしてもらい、どうしてもロロの力になりたいと願われ、その熱意に負けたのだった。


 フローレンス先生が言うには、眷属を作ったのであれば、暗黒術(あんこくじゅつ)の『影の門』という技が便利だと聞いて、最近はそれの練習を行っていた。

 なんでも、眷属を自分の影から出し入れできるようになるのだそうだ。




 今日も、ロロは墓場に立つ。

 村人に貰った、少し大きめのサイズの灰色のコートを、はためかせ。

 死者たちの平穏を願って。


 アイは、日課である周辺のパトロールをしていた。

 アイは、ロロに蘇らせてもらって以降、自分のあらゆる魔法が大幅に強化されたのを感じていた。


 アイは、他のアイボールの誰よりも高速で空を舞う。

 テレパシーも本来は数メートルほどしか届かないはずなのに、数十キロメートル離れたロロに、通信ができるほど。


 アイは、自由に空を飛び回る。

 風に乗って。


 だが、その時、地平線に巨大な何かを見つけた。

 途轍(とてつ)もなく大きな人影のよう。


 アイは、それに近づいて行った。

 それは、塔のように巨大なゾンビだった。







 その巨大なゾンビは、この世への憎しみと孤独感で、心を満たしていた。


 自分がどのように生まれたのかもわからない。


 覚えているのは、自分が生まれたと思われる合戦場跡(かっせんじょうあと)で、大勢の人々の憎しみが、ゾンビの中に入り込んでいったこと。


 そのゾンビは、孤独だった。

 この巨大さ。

 そして、人類に対する憎しみ。


 仲間も、理解者もいない。

 全ての人々が、恨めしい。


 巨大なゾンビは、歩いて行く。

 目の前の村々を破壊するために。







 「ロロ様ぁ!やばいよぉ!」


 ロロは、アイの視界共有魔法で、状況は把握していた。

 このままでは、あの巨大なゾンビは、灰色の村へやって来るだろう。

 全てを破壊するため。


 そして、ひとつの手段を思いつく。


 ロロは、悩んだ。

 自分たちの勝手で、安らかに眠っている彼女を起こしていいのだろうかと。

 だが、このままでは大勢の死者が出る。


 ロロは、決断した。

 英雄、ティナ・シール・ベルモントを蘇らせることを。




 ティナ・シールは、小高い丘の墓場の地下に掘られた、霊廟に氷漬けで安置されている。

 蘇るとき、この氷は溶けるのだと、百年前から言い伝えられていた。

 ロロは、心の中で謝罪する。

 ごめんね、僕たちの勝手でゾンビにしちゃって、と。


 ロロは、愛犬の骨で作られた杖を、氷漬けの少女へと向ける。

 この少女を蘇らせるのは、自分の体内の魔法力だけでは、到底足りない。

 ロロは、周囲の大気に漂うマナを、自分の身体に取り込んだ。

 そして、そのまま膨大な魔法力を、杖を伝って、少女に注ぎ込む。


 少女は、氷の中で目を開けた。


 少女の包む氷が、みるみるうちに溶けてゆく。


 少女は、ロロを見つめる。


「ここ、どこ?」


 ロロは、説明した。

 少女が死んでから、百年が経過したこと。

 巨大なゾンビが向かってきていて、少女に力を借りるため、ゾンビとして蘇らせたこと。

 そして、勝手に蘇らせて、ごめん、と。


 少女は、金の装飾の付いた黒いローブと三角帽子で、ロロの前に立つ。

 少女は、自分の身体の中に満ち溢れている、魔法の力に戸惑った。

 今は、ゾンビになっていると説明された、この身体。

 生前よりも、遥かに強力になっている魔法の力。


 少女は、巨大なゾンビよりも、目の前の少年に恐ろしさを感じた。







「あれは、ヒュージゾンビね。

 たま~に、自然現象で発生するらしいの。

 私も、初めて見るけど」


 ロロは、ティナ・シールと共に、巨大なゾンビの近くへとやってきていた。

 ロロは、ネクロマンサーの力を使い、ゾンビの心を探る。

 この世への憎しみと、孤独感でいっぱいだった。


「ヒュージゾンビはね、あの腐った肉に、色んな生き物の恨みがどんどん蓄積されていくの。

 だから、あの肉を全部削ぎ落とせば、恨みはなくなって、残った骨も自然と消滅していくわ」

「ティナ・シールさん、お願いできる?」


 ティナ・シールは、ロロにピースサインをして、言った。


「もっちろん!まかせて!」




 ティナ・シールは、腐った巨人と対峙する。

 ティナ・シールは、杖を使わないタイプの魔法使いのようだ。

 両の手のひらを、空へと掲げる。

 すると、大空には、幾千もの尖った氷塊が現れた。


 ティナ・シールは、自分で自分の力に驚いた。


「えっ、すっご!」


 明らかに生前よりも、圧倒的に魔法の力が増している。

 これも、あのネクロマンサーの力なのだろう。

 ティナ・シールは、あの陰気なネクロマンサーの少年を、魔法使いとして、素直に凄いと思った。


 両手を空に掲げたティナ・シールは、その両手を、巨人へと向け振り下ろす。

 幾千の氷塊が、嵐のように巨人へと降り注ぐ。

 腐った肉が、削れ、凍り、砕けて行く。


 一回の魔法で、巨人の半分ほどの肉をそぐことができた。


 ティナ・シールは、もう一度氷塊を出す。

 いつもなら、一回の魔法を使うと、魔法力が切れてダウンするのだが、今は力が湧いて止まらない。

 ネクロマンサーの少年から、膨大なマナが流れ込んでくるのを感じる。


「そぉれ!次っ!」


 ティナ・シールは、もう一度氷塊の嵐を巨人へと放つ。

 巨人の肉は、ほとんど削り取られていた。


 ティナ・シールが少年へと声をかける。


「たぶん、もう大丈夫。

 あとは、放っておけば自然に崩れていくよ」




 ロロは、骨となって倒れる巨人を見ていた。

 ネクロマンサーの技で、巨人の心を感じる。

 人類への憎しみは、肉と一緒に消え去ったようだ。

 だが、ただ孤独感だけは、ずっと残っている。


 ロロは、骨となった巨人へと駆け寄る。

 ティナ・シールも、一緒についてきた。

 骨だけとなった巨人は、既に息絶えていた。


 ロロは、巨大な骨に語り掛ける。


「あなたは、ひとりだったんだね。

 そのまま消えるのは、きっと寂しい。

 二週間くらいしか持たないけど、改めて蘇らせるね」


 ロロは、一度は息絶えた骨の巨人を、自分の魔法で蘇らせた。

 彼はもう、人類への憎しみは無い。

 腐った肉と一緒に、どこかへ行ってしまったみたいだ。

 だが、孤独感だけは消えなかった。

 この世のどこにも、仲間がいない。

 もし、骨の身体に、目が残っていたとしたら、泣いていただろう。

 寂しさで。


 そこへ、ロロが歩いてくる。

 顔色の悪い顔で。

 ニコニコとした笑顔で。


 ロロは、彼に声をかける。


「さあ、お喋りをしよう。

 僕のお墓へおいでよ。

 死ぬときは、幸せな方がいいから」







 ティナ・シールは、ロロの影の中で目を覚ました。

 昔の夢を見ていたようだ。


 あの日から、がしゃどくろと一緒に、ロロと二週間を過ごしたのだ。

 恨みの消えた、がしゃどくろは、意外にもお茶目(ちゃめ)で。

 一緒に過ごすのが楽しかった。


 そして、ロロが『マナ・アブソープション』が使えることを知った。

 たぶん、史上最年少の大魔法使い。

 魔法使いとして、ロロを尊敬した。


 だけど、本当に惹かれたのは、ロロの心の部分。

 あの顔色の悪い少年の、死者への優しさ。


 ティナ・シールは、その時点で、ロロに恋をしていたのだと思う。


 ティナ・シールは、(ちり)へと還る前に、ロロに懇願(こんがん)した。

 自分を、眷属(けんぞく)にしてくれと。

 なにがなんでも、どうしても。

 がしゃどくろと一緒に、必死になって。

 あんなに必死になったのは、生前も含め、初めてだったのではないか。


 そして、がしゃどくろと共に、眷属にしてくれた。

 その時の喜びは、今も忘れない。


 でも本当はロロの恋人になりたかった。

 それは、今でも。

 ずっと前から片思い。


 今は、ロロにはデイズという彼女ができた。

 とてもいい子だった。

 でも、やっぱり悔しかった。

 自分もロロが欲しかった。


 ティナ・シールは、ロロの温かい影に包まれて、一粒だけ涙を流す。


 この想いは封印して、眷属として一生を(つか)えようと。




 その時に、ロロから声がかかる。

 つい、嬉しくなってしまった。

 どんな用事だって、かまわない。

 ロロのためなら。




 ティナ・シールは、ロロの影から飛び出てくる。


「ロロ様!およびですかっ!?」


 ふと周りを見ると、そこは小高い墓場の丘の上。

 他には誰もいない。

 一体、何の用事なのだろうか、と首を(かし)げる。


 ロロが、重い口を開く。


「ティナ・シールさん、その、第二婦人とか、興味ある?

 僕の、なんだけど……」


 ティナ・シールは、


 その言葉を聞き、


 少し、茫然(ぼうぜん)とし、


 しばらく、頭で咀嚼(そしゃく)し、


 ようやく意味を理解し、




 満面の笑みを浮かべ、




 ロロに思いっきり抱き着いた。









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