表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/63

キールのその後と、グリーンハルトの提案

 キールは、ルイーゼの町の、牢に入れられていた。

 粉々になった脚の骨や、歯は、治癒魔法で回復されていた。


 いかに領主の息子とはいえ、罪を犯した場合は、罰さない訳にはいかない。

 同級生への婦女暴行未遂と、攻撃魔法の行使。


 マグナ・ダイア帝国は法治国家で、皇帝陛下といえども、法で縛られる。

 たかが一介の町の領主であるルイーゼ伯爵では、どんなに権力を振りかざそうが、キールを無罪放免にすることなど、到底不可能であった。


 キールは、牢屋の中で、ひたすら考えていた。

 なぜ、高貴な身分である自分が、こんなことになっているのか。


 デイズ。

 たかが男爵の令嬢なのだから、おとなしく(おか)されていればいいものを。


 そして、あのネクロマンサー。

 平民。

 平民のくせに。

 この領主の息子である自分に、傷と、消えない恐れを植え付けた。


 あの二人は、絶対に許せない。

 必ず、復讐してやる。


 キールは牢の中で、暗い目をして、脳内でひたすら妄想を繰り返す。

 デイズを押さえつけて犯し、ロロを残虐に殺害する妄想を。


 だが、まずはこの牢獄から出なければなるまい。


 法治国家である以上は、表立っての権力は通じないだろう。

 そうなると、この牢屋を破壊して出るしかないのか。


 キールは、自分が入っている牢屋の格子(こうし)を見た。

 格子は縦横(たてよこ)網目状(あみめじょう)になっている。

 縦の格子は、(はがね)で出来ている。

 横の格子は、頑丈で燃えない木材で出来ている。

 おまけに、牢屋全体が、魔法封じが付与されている。


 これは、罪人が金属魔法の使い手で合った場合、ただの鋼の格子だけでは、()じ曲げられてしまう可能性があるため、金属魔法の効かない木材で、横の格子を作っているのだ。


 生物は、個々によって所有している魔法が違う。

 金属魔法が使えるのであれば、逆に他の系統の魔法は使えない。

 キールは金属魔法・真鍮(しんちゅう)術の使い手。

 同じ系統である、他の金属を操ることは練習次第ではある程度は可能になるだろう。

 しかし、所持魔法が金属魔法の場合は、樹木を操作する大地魔法は使うことが不可能なのだ。

 逆に、樹木を操作する大地魔法の使い手は、金属操作が不可能である。

 よって、縦に鋼、横に木材の格子の牢屋は、どちらかしか破ることができないのだ。


 しかも、牢獄全体に魔法封じが付与されているため、持ち前の金属操作すら不可能。

 魔法封じさえなければ、縦の格子に使われている鋼をのこぎりに変えて、横の格子の木材を切断することもできるかもしれないが。


 当然、格子だけではなく、周りの壁も同じ工夫がなされているだろう。

 様々な物質を混合させて、一種の魔法では、出れなくされているのだ。

 もちろん、魔法封じも忘れずに。


 忌々(いまいま)しい。


 キールが、牢破りの方法に頭を巡らせていると、牢獄の出入り口から、足音が聞こえてきた。

 廊下を見ると、そこには、キールの父のルイーゼ伯と、腰に剣を差した看守の兵士が二人。


「父さん!」

「キール。お前には失望した」

「な、何言ってるんだよ、父さん……

 助けてくれよ!」

「無理だな。私に法は破れない。

 それに、貴族に醜聞は致命的だ。

 お前を息子に戻す気はない。

 魔法学園も退学となる。

 跡取りは、養子を貰う事にする。

 おまけに、お前が危害を加えた、あのネクロマンサー。

 後見人が、エメラルド公爵(こうしゃく)のご子息だ」


 は?


 キールはその言葉が理解できなかった。

 あの平民の後見人が、エメラルド公爵の息子だと?


 エメラルド公爵と言えば、皇帝陛下の弟。

 皇帝が「ダイア」の姓を名乗り、その親類もまた、宝石の名を(かん)する。

 その皇帝の弟の息子が、なぜあんな平民に?


 訳が分からなかった。


「キール。しかも、私のコレクションを壊したな」


 看守が隣にいる今では、所持が違法である「魔法封じの手錠」とは発言できなかった。

 だから、ただの「コレクション」とだけ父は言う。


「と、父さん、それは違う!壊したのはあのネクロマンサーだ!」

「どちらでもよい。私は、使い終わったら、ちゃんと仕舞(しま)っておけと言ったはず。

 お前はそれができなかったな」


 ルイーゼ伯は、出口に向かい、(きびす)を返す。


 父のコレクションへの執着心は、息子への愛情を上回っていた。

 なんとか、なんとか父の関心を引かなければ……


「父さん!コレクション、増やす気ないか!?」


 看守が目の前にいる今、ギリギリの発言。

 あまり直接的な事は口にできない。

 なにせ、父のコレクションは違法なものばかりだからだ。


 だが、その言葉を聞いて、父は足を止めた。

 キールとしては、これが最後の命綱。


「父さん。俺は息子としてはもう駄目だとしても、父さんの希望を叶える手伝いはできると思う。

 俺の真鍮術(しんちゅうじゅつ)の強さ、知ってるだろ?」


 キールの真鍮術は、父のそれを上回っていた。

 父は、考えている。

 キールは、単純に駒として考えれば、有能なのだ。


 ルイーゼ伯は、看守に尋ねる。


「そこの君。キールの保釈金(ほしゃくきん)は、いくらだったかな?」

「十万ドルです」


 十万ドル!

 高価な魔法道具が幾つも買える額だ。

 保釈金は、罪人が金持ちであるほど、高額となる傾向にある。

 これはまずい。

 キールを保釈するための十万ドルがあれば、父のコレクションは、キールが居なくとも、より充実させることができるだろう。

 父は悩んでいる。


「十万ドルか……」

「はい。もちろん、ただの保釈ですので、逃亡などを(くわだ)てた場合は、即座に逮捕され、十万ドルは没収です」


 看守が余計なことを吹き込む。

 お前は黙ってろ!


 父は、キールに告げる。


「まあ、考えておこう」


 キールは、父と看守たちが去り行く足音を、ただ聞くことしかできなかった。







 『墓守(はかもり)』ロロは、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。

 風が吹き、ロロの襤褸(ぼろ)のコートを、はためかせ。

 今日は、(ちり)に還ったゾンビが一名。

 そのゾンビのために、祈りを捧げていた。


 丘の上からは、灰色の村が、一望(いちぼう)できる。


 そこに、豪華な馬車がやって来た。

 馬車の(ほろ)には、鮮やかな緑色の宝石の紋章。

 エメラルド家の紋章。


(グリーンハルトさんだ)


 以前、妻のカサンドラを蘇らせて、一か月の間、墓場の村で暮らしていた、高位の貴族の青年。

 あれからあまり経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしい気がした。


 馬車の中から、貴族の青年、グリーンハルト・エメラルドがロロに手を振っていた。


 ロロは、小高い丘を小走りで下り、グリーンハルトを出迎える。

 グリーンハルトは、爽やかな笑みで、ロロに駆け寄る。


「ロロ!久しぶりな気がするな!」

「そうですね。お元気ですか?」

「ああ、君のおかげでね」


 グリーンハルトの首には、銀の鎖に繋がれた、銀のカプセルのネックレスが付けられていた。


「グリーンハルトさん、そのネックレス……」

「ああ、この中に、カサンドラの身体が少し入ってるんだよ」


 塵へと還って行った、青年の最愛の妻、カサンドラ。

 青年は、塵となった妻の身体を大切に持って帰って行ったのだ。

 青年は、銀のカプセルにキスをして、言った。


「こうしておけば、いつも一緒にいられるだろう?」


 話を聞くと、塵となったカサンドラの身体の大部分は、青年の自宅の寝室に、宝石で飾られた豪華な小箱に入れられ、枕もとに置かれ大切にされているらしい。

 死者を慈しむロロとしても、青年の心が美しいと思った。

 青年が言う。


「ロロ、この前は大変だったな」


 青年は、学園内でのキールとの対決の事を知っていた。

 今は、この高位の貴族の青年が、ロロの後見人なのだ。


 今日、わざわざ遠方から来たのは、その事のようだ。


「ええ、ありがとうございます。

 でも、一番大変なのは、事後処理でした」


 教師陣や騎士団や警官からも、事細かに事情聴取をされ、それが一番の心労であったのだ。


「まあ、君が無事でよかったよ」


 青年は、一言だけ告げる。

 たったそれだけのために、高位の貴族である青年が、遠くから灰色の村に来てくれたのだ。

 ロロは、その気持ちが嬉しかった。


 ロロは、貴族の一夫多妻について、グリーンハルトに聞いてみた。


「グリーンハルトさんは、他に奥さんは居ないんですか?」

「ん?ああ、第二婦人とかってこと?」

「はい」

「私には、カサンドラしか居ないよ。

 貴族の中では、妻が一人なのは、珍しいと思う。

 まあ、もう少ししたら跡継ぎを産むため、再婚しなきゃいけないだろうけどね。

 正直、気が重いよ」


 ロロとグリーンハルトは、ふふ、と互いに笑う。


「ああ、ロロ。

 そういえば、ブラスター男爵令嬢と付き合ってるんだっけ?」

「はい。それで、貴族の人とは、なんていうか、常識が違いまして……」

「ああ、第二婦人のことを聞いたのは、それのことか」

「そうなんです。あと、僕は平民だから、貴族と付き合ったり、結婚できるのかとか、色々」

「結婚に関しては、あそこの家は大丈夫だと思うよ。

 既に、長男が跡取りとして決まってるからね。

 それに、ブラスター男爵家は、恋愛には寛容だ。

 まあ、結婚したら、ロロの家に入ることになるだろうから、彼女が平民になると思うけど」


 デイズが平民に。

 ロロは、その言葉が、ちくりと胸に刺さる。


「デイズが平民に……」

「うん。まあ、彼女は四女だろう?

 割とよくあることだよ」


 よくあること。

 その言葉に、ロロは少しだけ救われる。


 グリーンハルトが聞く。


「それを聞くってことは、第二婦人の当てがあるのかい?」

「え、ええ、まあ……。

 第二と第三に、なるかも、っていうぐらいですが」

「いいじゃないか。君なら、ちゃんと全員を愛するだろう。

 みんなを幸せにしてあげなさい」


 高位の貴族は、言葉の重みが違う。


 平民は基本的に一夫一妻だ。

 ただ、別に多夫や多妻を禁止されている訳ではない。

 なんとなくの習慣みたいなものだ。


 ロロの頭には、ティナ・シールとリリアナの顔が浮かぶ。

 かわいいゾンビの娘たち。


 青年が続ける。


「ああ、だけど、それなら君の家では手狭になるな。

 新しい家を建ててみてはどうだい?

 少し大きめの。

 もちろん、お金は私が出すよ」

「えっ?新しい家、ですか?」


 ロロには、考えもしていなかった。

 確かに、今は眷属(けんぞく)たちは影の中に住まわせているが、付き合う事になったら、そうもいかないだろう。

 家にいる時くらいは、一緒に居たいと思う。

 大きめの新しい家、か。

 ついでに、ムラサメとアイも、影の中から出て、地上で暮らしてみてはどうか。

 がしゃどくろだけは、絶対無理だから大人しく影の中に居てもらうとして。

 出かける時だけ、みんな影に入って貰えばいい。


 ロロは、滅多に言わない我儘(わがまま)を言った。


「家、欲しいです。みんなで暮らせる家が。

 場所は、今と同じ、ゾンビのみんなの近くがいいんですが……」

「分かった。すぐに手配するよ」

「あと、一つだけお願いしてもいいですか?」

「何だい?」

「ベッドは、大きいのが、いいです……」


 それを聞き、青年は快活に笑った。

 ベッドばかりは、大きいのが無いときっと困る。

 これから先の事を考えて。


 こうしてロロは、新しい邸宅を手にすることになった。


(ティナ・シールさんとリリアナさん、彼女になってくれるかなぁ)


 あの二人は、おそらくロロに好意を持っているだろうけれど。

 もし断られたら、デイズに癒してもらおうと、ロロは不義理(ふぎり)で快楽的な妄想に浸った。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ