キールのその後と、グリーンハルトの提案
キールは、ルイーゼの町の、牢に入れられていた。
粉々になった脚の骨や、歯は、治癒魔法で回復されていた。
いかに領主の息子とはいえ、罪を犯した場合は、罰さない訳にはいかない。
同級生への婦女暴行未遂と、攻撃魔法の行使。
マグナ・ダイア帝国は法治国家で、皇帝陛下といえども、法で縛られる。
たかが一介の町の領主であるルイーゼ伯爵では、どんなに権力を振りかざそうが、キールを無罪放免にすることなど、到底不可能であった。
キールは、牢屋の中で、ひたすら考えていた。
なぜ、高貴な身分である自分が、こんなことになっているのか。
デイズ。
たかが男爵の令嬢なのだから、おとなしく犯されていればいいものを。
そして、あのネクロマンサー。
平民。
平民のくせに。
この領主の息子である自分に、傷と、消えない恐れを植え付けた。
あの二人は、絶対に許せない。
必ず、復讐してやる。
キールは牢の中で、暗い目をして、脳内でひたすら妄想を繰り返す。
デイズを押さえつけて犯し、ロロを残虐に殺害する妄想を。
だが、まずはこの牢獄から出なければなるまい。
法治国家である以上は、表立っての権力は通じないだろう。
そうなると、この牢屋を破壊して出るしかないのか。
キールは、自分が入っている牢屋の格子を見た。
格子は縦横の網目状になっている。
縦の格子は、鋼で出来ている。
横の格子は、頑丈で燃えない木材で出来ている。
おまけに、牢屋全体が、魔法封じが付与されている。
これは、罪人が金属魔法の使い手で合った場合、ただの鋼の格子だけでは、捻じ曲げられてしまう可能性があるため、金属魔法の効かない木材で、横の格子を作っているのだ。
生物は、個々によって所有している魔法が違う。
金属魔法が使えるのであれば、逆に他の系統の魔法は使えない。
キールは金属魔法・真鍮術の使い手。
同じ系統である、他の金属を操ることは練習次第ではある程度は可能になるだろう。
しかし、所持魔法が金属魔法の場合は、樹木を操作する大地魔法は使うことが不可能なのだ。
逆に、樹木を操作する大地魔法の使い手は、金属操作が不可能である。
よって、縦に鋼、横に木材の格子の牢屋は、どちらかしか破ることができないのだ。
しかも、牢獄全体に魔法封じが付与されているため、持ち前の金属操作すら不可能。
魔法封じさえなければ、縦の格子に使われている鋼をのこぎりに変えて、横の格子の木材を切断することもできるかもしれないが。
当然、格子だけではなく、周りの壁も同じ工夫がなされているだろう。
様々な物質を混合させて、一種の魔法では、出れなくされているのだ。
もちろん、魔法封じも忘れずに。
忌々しい。
キールが、牢破りの方法に頭を巡らせていると、牢獄の出入り口から、足音が聞こえてきた。
廊下を見ると、そこには、キールの父のルイーゼ伯と、腰に剣を差した看守の兵士が二人。
「父さん!」
「キール。お前には失望した」
「な、何言ってるんだよ、父さん……
助けてくれよ!」
「無理だな。私に法は破れない。
それに、貴族に醜聞は致命的だ。
お前を息子に戻す気はない。
魔法学園も退学となる。
跡取りは、養子を貰う事にする。
おまけに、お前が危害を加えた、あのネクロマンサー。
後見人が、エメラルド公爵のご子息だ」
は?
キールはその言葉が理解できなかった。
あの平民の後見人が、エメラルド公爵の息子だと?
エメラルド公爵と言えば、皇帝陛下の弟。
皇帝が「ダイア」の姓を名乗り、その親類もまた、宝石の名を冠する。
その皇帝の弟の息子が、なぜあんな平民に?
訳が分からなかった。
「キール。しかも、私のコレクションを壊したな」
看守が隣にいる今では、所持が違法である「魔法封じの手錠」とは発言できなかった。
だから、ただの「コレクション」とだけ父は言う。
「と、父さん、それは違う!壊したのはあのネクロマンサーだ!」
「どちらでもよい。私は、使い終わったら、ちゃんと仕舞っておけと言ったはず。
お前はそれができなかったな」
ルイーゼ伯は、出口に向かい、踵を返す。
父のコレクションへの執着心は、息子への愛情を上回っていた。
なんとか、なんとか父の関心を引かなければ……
「父さん!コレクション、増やす気ないか!?」
看守が目の前にいる今、ギリギリの発言。
あまり直接的な事は口にできない。
なにせ、父のコレクションは違法なものばかりだからだ。
だが、その言葉を聞いて、父は足を止めた。
キールとしては、これが最後の命綱。
「父さん。俺は息子としてはもう駄目だとしても、父さんの希望を叶える手伝いはできると思う。
俺の真鍮術の強さ、知ってるだろ?」
キールの真鍮術は、父のそれを上回っていた。
父は、考えている。
キールは、単純に駒として考えれば、有能なのだ。
ルイーゼ伯は、看守に尋ねる。
「そこの君。キールの保釈金は、いくらだったかな?」
「十万ドルです」
十万ドル!
高価な魔法道具が幾つも買える額だ。
保釈金は、罪人が金持ちであるほど、高額となる傾向にある。
これはまずい。
キールを保釈するための十万ドルがあれば、父のコレクションは、キールが居なくとも、より充実させることができるだろう。
父は悩んでいる。
「十万ドルか……」
「はい。もちろん、ただの保釈ですので、逃亡などを企てた場合は、即座に逮捕され、十万ドルは没収です」
看守が余計なことを吹き込む。
お前は黙ってろ!
父は、キールに告げる。
「まあ、考えておこう」
キールは、父と看守たちが去り行く足音を、ただ聞くことしかできなかった。
★
『墓守』ロロは、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。
風が吹き、ロロの襤褸のコートを、はためかせ。
今日は、塵に還ったゾンビが一名。
そのゾンビのために、祈りを捧げていた。
丘の上からは、灰色の村が、一望できる。
そこに、豪華な馬車がやって来た。
馬車の幌には、鮮やかな緑色の宝石の紋章。
エメラルド家の紋章。
(グリーンハルトさんだ)
以前、妻のカサンドラを蘇らせて、一か月の間、墓場の村で暮らしていた、高位の貴族の青年。
あれからあまり経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしい気がした。
馬車の中から、貴族の青年、グリーンハルト・エメラルドがロロに手を振っていた。
ロロは、小高い丘を小走りで下り、グリーンハルトを出迎える。
グリーンハルトは、爽やかな笑みで、ロロに駆け寄る。
「ロロ!久しぶりな気がするな!」
「そうですね。お元気ですか?」
「ああ、君のおかげでね」
グリーンハルトの首には、銀の鎖に繋がれた、銀のカプセルのネックレスが付けられていた。
「グリーンハルトさん、そのネックレス……」
「ああ、この中に、カサンドラの身体が少し入ってるんだよ」
塵へと還って行った、青年の最愛の妻、カサンドラ。
青年は、塵となった妻の身体を大切に持って帰って行ったのだ。
青年は、銀のカプセルにキスをして、言った。
「こうしておけば、いつも一緒にいられるだろう?」
話を聞くと、塵となったカサンドラの身体の大部分は、青年の自宅の寝室に、宝石で飾られた豪華な小箱に入れられ、枕もとに置かれ大切にされているらしい。
死者を慈しむロロとしても、青年の心が美しいと思った。
青年が言う。
「ロロ、この前は大変だったな」
青年は、学園内でのキールとの対決の事を知っていた。
今は、この高位の貴族の青年が、ロロの後見人なのだ。
今日、わざわざ遠方から来たのは、その事のようだ。
「ええ、ありがとうございます。
でも、一番大変なのは、事後処理でした」
教師陣や騎士団や警官からも、事細かに事情聴取をされ、それが一番の心労であったのだ。
「まあ、君が無事でよかったよ」
青年は、一言だけ告げる。
たったそれだけのために、高位の貴族である青年が、遠くから灰色の村に来てくれたのだ。
ロロは、その気持ちが嬉しかった。
ロロは、貴族の一夫多妻について、グリーンハルトに聞いてみた。
「グリーンハルトさんは、他に奥さんは居ないんですか?」
「ん?ああ、第二婦人とかってこと?」
「はい」
「私には、カサンドラしか居ないよ。
貴族の中では、妻が一人なのは、珍しいと思う。
まあ、もう少ししたら跡継ぎを産むため、再婚しなきゃいけないだろうけどね。
正直、気が重いよ」
ロロとグリーンハルトは、ふふ、と互いに笑う。
「ああ、ロロ。
そういえば、ブラスター男爵令嬢と付き合ってるんだっけ?」
「はい。それで、貴族の人とは、なんていうか、常識が違いまして……」
「ああ、第二婦人のことを聞いたのは、それのことか」
「そうなんです。あと、僕は平民だから、貴族と付き合ったり、結婚できるのかとか、色々」
「結婚に関しては、あそこの家は大丈夫だと思うよ。
既に、長男が跡取りとして決まってるからね。
それに、ブラスター男爵家は、恋愛には寛容だ。
まあ、結婚したら、ロロの家に入ることになるだろうから、彼女が平民になると思うけど」
デイズが平民に。
ロロは、その言葉が、ちくりと胸に刺さる。
「デイズが平民に……」
「うん。まあ、彼女は四女だろう?
割とよくあることだよ」
よくあること。
その言葉に、ロロは少しだけ救われる。
グリーンハルトが聞く。
「それを聞くってことは、第二婦人の当てがあるのかい?」
「え、ええ、まあ……。
第二と第三に、なるかも、っていうぐらいですが」
「いいじゃないか。君なら、ちゃんと全員を愛するだろう。
みんなを幸せにしてあげなさい」
高位の貴族は、言葉の重みが違う。
平民は基本的に一夫一妻だ。
ただ、別に多夫や多妻を禁止されている訳ではない。
なんとなくの習慣みたいなものだ。
ロロの頭には、ティナ・シールとリリアナの顔が浮かぶ。
かわいいゾンビの娘たち。
青年が続ける。
「ああ、だけど、それなら君の家では手狭になるな。
新しい家を建ててみてはどうだい?
少し大きめの。
もちろん、お金は私が出すよ」
「えっ?新しい家、ですか?」
ロロには、考えもしていなかった。
確かに、今は眷属たちは影の中に住まわせているが、付き合う事になったら、そうもいかないだろう。
家にいる時くらいは、一緒に居たいと思う。
大きめの新しい家、か。
ついでに、ムラサメとアイも、影の中から出て、地上で暮らしてみてはどうか。
がしゃどくろだけは、絶対無理だから大人しく影の中に居てもらうとして。
出かける時だけ、みんな影に入って貰えばいい。
ロロは、滅多に言わない我儘を言った。
「家、欲しいです。みんなで暮らせる家が。
場所は、今と同じ、ゾンビのみんなの近くがいいんですが……」
「分かった。すぐに手配するよ」
「あと、一つだけお願いしてもいいですか?」
「何だい?」
「ベッドは、大きいのが、いいです……」
それを聞き、青年は快活に笑った。
ベッドばかりは、大きいのが無いときっと困る。
これから先の事を考えて。
こうしてロロは、新しい邸宅を手にすることになった。
(ティナ・シールさんとリリアナさん、彼女になってくれるかなぁ)
あの二人は、おそらくロロに好意を持っているだろうけれど。
もし断られたら、デイズに癒してもらおうと、ロロは不義理で快楽的な妄想に浸った。