【ざまぁ回】キールへのおしおき
ロロは、教室へと入る。
燃える怒りの形相で。
がしゃどくろの腕が弾き飛ばした机と椅子が、散乱している。
その腕によって、壁に押さえつけられて動きを封じられているキール。
アイのテレパシーで、キールが行おうとしていたことは、知っている。
足元には、大きく広げたロロの影。
そして、教室の中には、ムラサメとデイズ。
デイズが、ロロへと駆け寄って来る。
黒髪のショートカットを揺らしながら。
「ロロ!」
ロロは、駆け寄ってきたデイズを抱きとめる。
「デイズ、だいじょうぶ?」
「うん!助けてくれてありがとう!
あいつに色々見られちゃったのはムカつくけど、それ以上は何もされてないよ!」
デイズの身体を再び強く抱きしめるロロ。
間に合って、よかった。
ロロは本来、騒ぎを起こすことは好きではない。
そのため、キールのロロへのいじめも、されるがままだった。
自分が黙っていれば、それでいいと。
だが、今回の事は決して看過できない。
ロロは、自分への暴力は見過ごせても、大切な人への暴力は見過ごせなかった。
デイズを抱いたまま、ロロの目から発せられるのは、激怒の光。
がしゃどくろの手で、押さえつけられたままのキールを睨む。
キールの顔が、引きつった笑いを浮かべていた。
「は、はは……
おい、平民、なんだよ、こいつら……」
ムラサメと、がしゃどくろと、アイ。
ロロの大切な眷属。
キールの質問には、無言で答えた。
わざわざ教えてやる必要も無い。
すると、ロロの足元に広がった影の中から、二組の青白い手が伸びてくる。
その手は、それぞれ地面を掴むと、影から這い上がって来た。
ロロの眷属の、残りの二人。
ひとりは、金のアクセサリーが所々に付いている黒いローブと、金の装飾が付いた黒い三角帽子の、ウェーブのかかった長い白髪の、小柄な少女。
百年前の天下統一戦争の英雄。
ティナ・シール・ベルモント。
もうひとりは、白いブラウスに白いロングスカートに革のブーツを身に着けた、明るい茶色の三つ編みおさげの、丸眼鏡をかけた女性。
左手には、自分の背よりも長い、黄金の弓。
世界に数人しかいない、元S級冒険者。
リリアナ・”ザ・シューティングスター”・スピカ。
眷属を影の中から出入りさせる魔法、『影の門』は、あえて開きっぱなしにしていたため、ティナ・シールとリリアナにも、今の会話は全て聞こえていた。
教室の中に勢揃いした、ロロの五名の眷属たち。
アイを除いた四名は、いずれも英雄と呼ばれるレベルの実力者。
キールは、冷や汗が止まらなかった。
まず、キールの胴体を捕らえている巨大な骨の手の持ち主が、相当ヤバいのは、誰の目で見てもわかる。
次に、あの侍。
キールの感覚では、通常の強者程度ではまるで相手にならないであろうこともわかる。
そして、新たに出現した二人。
あの二人も、侍と同等の実力者と思われる。
あのアイボール以外は、全員が伝説と呼ばれてもおかしくないほどの。
(なんだよ、この化け物どもは!
なんでこんな事になってんだよ!)
ロロは、デイズの左手を見る。
金属製の手錠が、手首に嵌められていた。
先ほど、アイのテレパシーで、ムラサメが言っていたことは聞いていた。
魔法封じの手錠。
この手錠をデイズにかけて、犯そうとしたのか。
絶対に許せない。
ロロの頭には、稲妻のような怒りが迸る。
だが、まずはこの手錠をどうにかしたい。
ムラサメでは斬れないと言っていた。
ムラサメは、刀に魔法を流して、攻撃力を上げている。
おそらく、その刀に流した魔法も、刀が手錠に触れた途端に封じられてしまうのだろう。
こういうのには、ティナ・シールが詳しそうだ。
ロロは、長い白髪の小柄な少女に聞いてみる。
「ティナ・シールさん。
この手錠、どうにかできる?」
「ロロ様。簡単です。
その、空いてるもう一つの輪っか、ロロ様が付けてみてください」
「えっ?それだと、僕の魔法も封じられちゃうんじゃ……」
「大丈夫です!私を信じてください!」
ロロは、ティナ・シールの言う事を信じてみた。
デイズの手首に嵌った手錠の輪。
そこから、鎖で繋がりぶら下がっている、もう一つの輪。
それを、ロロの右手の手首に嵌める。
その途端、ロロとデイズに嵌っていた、魔法封じの手錠は、粉々に砕け散った。
その瞬間、怒りを忘れ、間の抜けた声を出すロロ。
「あれ?」
ティナ・シールは、その小さな胸を張って、自信満々の顔で言う。
「その手錠は所詮、普通の魔法使い一人か二人分の魔法を無効化する程度のものなのです!
マナ・アブソープションが使えるロロ様は、通常の魔法使いとは桁違いのマナが身体に流れてます!
そんなの、この手錠ごときに耐えられるはずがないのですっ!」
「ふーん、そんなもんなんだね」
ロロは、手首に貼りついた、砕けた手錠の破片を、手を振って落とした。
ロロは、ふとデイズを見た。
デイズが、目を丸くさせて驚いている。
一体、どうしたのだろうか。
ロロと抱き合っていたデイズが、震える声でロロに聞く。
「マ、マ、マ、マナ・アブソープションっ!?
ロロ、使えるの!?」
「うん、使えるよ。
便利だよ」
便利。
魔法使いの究極の技のひとつを、便利の一言で片づけたロロ。
デイズが、目を白黒させている。
無理もない。
マナ・アブソープションを使えるという事は、それ即ち、大魔法使い。
世界にたった数名しか居ない、大魔法使い。
しかも、十六歳という若さで。
デイズは、頭が追い付いていない。
自分の恋人が、実は大魔法使いだったなんて、夢にも思わないだろう。
ロロは、先ほどまで喚いていたキールが、黙っていることに気づく。
どうしたのかと、キールを見るロロ。
キールは、がしゃどくろの手のひらで、壁に押さえつけられながら、目を剥いていた。
キールは、叫ぶ。
「う、嘘つけ!
マナ・アブソープションなんて、お前みたいな平民が……!
最底辺の死霊術師ごときが!
使えるわけないだろっ!」
ロロは、その叫びの問いには一切答えない。
わざわざ言葉にしてやる義理も無いから。
だが、その態度がキールの逆鱗に触れたようだ。
「無視すんなよぉっ!
平民がっ!」
キールは、脚に装着していた、まだ斬られていない真鍮の鎖をロロに向けて放つ。
鎖の先の様々な凶器が、巨大化してロロに襲い掛かる。
巨大な真鍮の、剣、ドリル、丸鋸、トラバサミ。
だが、襲い来る巨大化した凶器と、ロロの間に、金の装飾が付いた黒い三角帽子が立ちはだかった。
白髪の英雄、ティナ・シール・ベルモント。
ティナ・シールは、襲い掛かって来る凶器の群れに向けて、一回だけ、手を振るう。
振るった手から、氷点下よりも遥かに冷たい暴風が吹き抜け、巨大化した真鍮の凶器が凍り付き、砕け散る。
凍って砕けた破片が、キールに降り注いだ。
「痛えっ!」
キールの、がしゃどくろに掴まれていない部分に、砕けた氷の破片が突き刺さる。
がしゃどくろの手にも氷の破片が当たったが、当然のように無傷だ。気にしてすらいない。
キールに当たらなかった破片が、キール周辺の壁に刺さった。
冷気で、キール周辺の壁が凍る。
キールの身体も、凍えていた。
がしゃどくろの手に霜がおり、きらきらと輝いている。
がちがちと、歯を鳴らすキール。
それは、寒さのせいか、恐れのせいか。
そして、キールに近づく影がひとつ。
元S級冒険者、リリアナ・スピカだ。
リリアナは、普段は左手に持っている黄金の弓を、利き腕である右手に持ち替えていた。
つかつかと、ブーツの底を鳴らして歩くリリアナ。
キールの前まで来ると、リリアナは右手に持った弓を振りかぶり。
キールの顔面を殴打した。
「がはっ!」
殴られた衝撃で、顔が横向きに吹き飛ばされる。
キールの口から、何かが飛び出た。
それは、数本の歯。
リリアナは、またしても弓を振りかぶり、告げた。
「一応、手加減はしてあげるっす。
じゃないと、死んじゃうし」
本来は、メイスやハンマーよりも高威力の、黄金の弓による打撃。
手加減をしなければ、一撃で頭蓋骨が粉砕されるであろう。
リリアナは、再度、キールの顔面を殴る。
さらに、数本の歯が、折れて飛んだ。
「どうせ、治癒魔法で治すんだから、思いっきり行くっす」
リリアナは今度は、がしゃどくろの手で捕まっている胴体部分の、さらに下にあるキールの脚に向けて、弓を振るう。
弓が当たった瞬間、キールの脚からは、鈍い音が。
「ぎゃあぁぁ!」
キールの脚の骨が、両脚まとめて、へし折れる。
キールは、涙を流して懇願する。
「ごめんなさい!
もうしません!
許して!」
「嫌っす」
リリアナは、さらに執拗に、キールの両脚を殴り続ける。
悲痛な叫びを上げ続けるキール。
キールの脚の骨は既に粉砕され、脚がぐにゃぐにゃに曲がりくねっていた。
訳の分からない叫びを、ただ上げ続けるキール。
アイのテレパシーの甘ったるい声が、全員の頭に響き渡る。
「あ、そうそう。これ、先生たちと、第六騎士団のみんなには、視界共有で生中継してるからねぇ~」
もちろん、デイズの下着姿は一切映していない。
映したのは、キールがデイズを暴行しようとし、がしゃどくろに捕まり、それでもなお真鍮の凶器でロロを襲ったこと。
しかも、テレパシーでの実況付きだ。
全ては、教師陣と騎士団に伝わっていた。
だが、今まで言っていなかったロロのことも伝わってしまっていた。
ロロが、マナ・アブソープションを使える、大魔法使いであること。
眷属の中に、ティナ・シールとリリアナの二名の英雄がいること。
しかし、特にロロは別に秘密にしている訳でもなかったので、アイには気にせずに中継するように伝えていた。
ロロは、教室に広がった自分の影に、杖を向ける。
愛犬の脚の骨で作った、片手用の杖を。
すると、広がった影の一部が、数本の触手となって蠢いた。
それはまるで、蛸や烏賊の触手のようで。
これこそは、ロロが死霊術と暗黒術を混ぜて作った、オリジナルの魔法。
『影の触手』と呼んでいた。
影の触手が、キールに力強く、巻き付く。
骨の砕けた脚にも、お構いなしに。
突き刺さった、氷の破片もお構いなしに。
キールの脚に、激痛を超えた激痛が走る。
「ぎゃああああっ!」
キールは、ただ叫ぶのみ。
ロロは、キールに近づき、リリアナの隣に立つ。
リリアナが、ロロを横目で見ていた。
ロロは、キールに告げる。
「次、僕たちに手を出したら、命はないよ」
それは、ロロが生まれて初めて口にした、脅しの言葉。
命を大切にするロロが、初めて口にした、殺意の言葉。
キールは、首にも触手を巻きつけられながら、なんとか頭を縦に振る。
それを見て、少しの満足感と、少しの罪悪感を感じるロロ。
遠くから、大勢の足音が聞こえてきた。
おそらくは、教師陣であろう。
これからきっと、学園内で裁判が行われるだろう。
デイズを襲ったキールに対して。
そして、明らかな過剰防衛を行ったロロに対して。
ロロは、これからやってくる面倒事を想像し、ため息をついた。
ロロの横にいるリリアナが、揶揄うように、ロロに言った。
「デュフッ。学生さんは大変っすね」
ロロは、うんざりした目で、それに返答する。
「本当だよ。大変だ」
リリアナがロロの横で、なぜだか楽しそうに笑った。




