キールの魔の手
デイズは、動けなかった。
真鍮の鎖に、両手両足を縛られて。
デイズは、逃げられなかった。
謎の手錠の力により、魔法を封じられて。
「お前、結構いい身体してんな」
キールは、自分の体育着の袖の中の、腕に繋がっている真鍮の鎖を、真鍮術の魔法が切れないように、器用に自分の脚に付けなおす。
キールは上着を脱ぎながら、デイズの身体を舐めまわすように眺める。
今、デイズの上着は、首元まで捲られて、薄紫のブラジャーが丸見えだった。
「何するの!離して!」
「離すわけねえだろ。お前、バカか」
上半身が裸になったキールは、ゆっくりとデイズに近づく。
「来ないで!」
「嫌だよ~」
デイズに近づいたキールは。
デイズの体育着のズボンに手を掛けた。
「嫌、やめて……」
「やめない」
キールは、デイズのズボンを脱がし始める。
デイズの薄紫のショーツが見えた。
「お前、かわいい下着付けてんな。
あの平民とは、もうヤッたわけ?」
デイズは、何も言わず、顔を赤く染め、横を向く。
キールは、残念そうに嘆く。
「あちゃー、なんだよ。もうヤッちまったのか。
処女貰おうと思ったのにな。
まあいいや」
キールは、デイズのズボンを、膝まで下ろす。
デイズの脚を眺め、キールは言う。
「脚、結構傷跡ついてんのな。もったいねぇ」
「うるさい!」
ロロは、傷跡ごと愛してくれた。
お前みたいな下種とは違う!
しかし、キールの脚から伸びている、魔法の込められた真鍮の鎖に捕らわれたデイズは、何も抵抗ができない。
このまま、こんなやつに穢されるのか。
デイズの頬は、いつの間にか涙で濡れていた。
「お、いい顔。そそるねぇ」
キールは、デイズの脚を撫でまわす。
「触るなっ!」
「うるせえ女だなぁ。黙って犯られてろよ」
キールは、デイズのショーツに手を掛ける。
「えっ!やだやだ!やめて!」
「やめねえよ」
そして、デイズのショーツが下ろされ始める。
「見ぃつけた」
キールの目の前には、蝙蝠の翼の生えた目玉が浮かんでいた。
アイボール。
ペットとしても有名な動物。
なんでこんな所に?
アイボールとは、もっと鮮やかできれいな色ではなかったか?
目の前のアイボールは、色が青黒く変色し、目も濁っている。
これでは、アイボールのゾンビのよう……
そのアイボールが、ニヤリと笑った気がした。
キールは、足元に違和感を感じ、床を見る。
床が、大量の墨汁を零したかのように、黒く染まっている。
まるで墨汁の池。
これは、なんだ?
そして、その墨汁の池の水面から、巨大な骨の右手が飛び出した。
教室の机と椅子を弾き飛ばしながら、キールへと伸びてくる巨大な骨の手。
その骨の手のひらは、上半身が裸のキールの胴体を捕らえ、そのまま思い切り壁に押しつける。
キールは、腹部にかかる圧力で、胃の中身が出そうになった。
「ぐえぇっ!」
謎の黒い水面下から、野太い声が響く。
「あなた。乙女の敵ね。ゆるせないわ」
この野太い声は、何者だ?
この巨大な手の本体か?
キールが逡巡していると、今度は普通のサイズの人影が、黒い水面から飛び出してきた。
それは、ゆったりとした袴を履いていて、腰に刀を差し、編み笠を被った、肌の色が青白い女。
その女が、何やら手を素早く動かすと、デイズに巻き付いていた真鍮の鎖は、いとも簡単に切断されていた。
その女の手には、いつの間にか鞘から抜いていた、刀が。
鎖を切断され、床に倒れ落ちるデイズ。
(あ、ありえねえ!俺の真鍮術がかかった鎖だぞ!そう簡単に斬れるかよ!)
その女は、刀を鞘に納めると、床に横たわっていたデイズを抱きかかえ、飄々と言った。
「おお、怖い怖い。こんな強敵、油断してると私もやられるところでした」
女は、口ではそんなことを言いつつも、顔には余裕の笑みを浮かべている。
まるで本心とは思えない、言いぐさ。
キールはこれでも、戦いの中で生きる人間。
誰が強いのかは、一目で分かるよう、感覚は研ぎ澄ましているつもりだ。
心臓が暴れている。冷や汗が止まらない。
その感覚が言っている。逃げろと。
この侍は、やばい。
侍は、抱きかかえたデイズを、床にそっと立たせ、問題ないかチェックしていた。
デイズは、脱がされかけた体育着を、急いで元に戻す。
あんな男に、肌を見られたのは屈辱だった。
だが、それ以上のことをされる前に助けてもらって、本当によかった。
頬を濡らしていた涙を、体育着の袖で拭く。
デイズの左手には、手錠の片方の輪が嵌められている。
その手錠の、鎖で繋がったもう一つの輪が、宙でぷらぷら揺れていた。
ムラサメが、手錠を眺め、言った。
「うーん。この真鍮の鎖は簡単に斬れるのですが、その魔法封じの手錠は、私では斬れないですな」
魔法封じの手錠。
デイズは、確かに今、そう聞いた。
魔法封じだと。それで、あんなふざけた真似を!
デイズは、ロロの影が広がる、教室の中で、怒り狂っていた。
(この身体は、なにもかもロロのためだけのものなのに!)
足元には、広がったロロの影。
ロロ、そばにいるの……?
すると、
こつ、こつ、と廊下から。
誰かがひとり、歩く音。
こつ、こつ、とこちらに向かって。
廊下が暗すぎて、それが何者か分からない。
こつ、こつ、と。
廊下の窓から光が差し込み、ようやくその人物を照らす。
それは、青白い顔の、ネクロマンサー。
その表情は、かつてないほどの怒りに燃えていた。