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『墓守』ロロ

 その少年は、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。


 少年の顔色は、常に青白く。

 目の下には、濃い(くま)が。

 短い髪も、(すみ)のように黒い。

 着ている灰色のコートもボロボロであった。


 生温い風が吹く。

 短い黒髪を揺らし。

 コートの(すそ)を、はためかせ。


 『墓守(はかもり)』ロロは、小高い丘にある、広大な墓場に立っていた。


 十六歳のネクロマンサーのロロが。







 『墓守』ロロの仕事は、その称号の通り、墓を管理することだ。

 広大な丘を占有する、広大な墓場。


 ロロは、自分の住まう村の、正式名称を知らない。

 村人たちも、知らない。

 大きな墓場があることから、灰色の村、とだけ呼ばれていた。

 人口数百人余りの、小さな村。

 その少ない人口に見合わぬ、とても大きな墓場。

 灰色の村の広大な墓場には、周辺の町の人々も埋葬されていた。




 そして、灰色の村の墓場の敷地内に建てられた家々には、ゾンビとなった人々が暮らしていた。




 ロロは、死んだ生物を一時的に蘇らせ、この世に留めておく(すべ)を持っていた。

 死霊術(ネクロマンシー)


 本来は、蘇らせた上で、死者を自在に操ることもできる。

 だがロロは、死者を操ることはしなかった。


 ロロは、自分の持てる限りの力を余すことなく使っていた。

 全てを、墓場に住まうの人々のために。




 ロロの死霊術で、今だけ蘇った人々。

 不慮の事故や、突然の病で、この世に未練を残した死者たち。

 愛する人に、愛していたと伝える間もなく死んだ者たち。

 ロロは、そういった死者を蘇らせる。


 墓場の敷地内は、家が幾つも建てられている。

 灰色の村の中にある、墓場の村。

 そこには、総勢で百名近くのゾンビたちが住んでいた。

 その中には、ロロの小さな自宅の小屋もあった。


 ゾンビたちは、あまり遠方に行き過ぎると、ロロの死霊術の力が及ばなくなる。

 町数個分くらい離れる程度ならば、全く問題はなかったのだが。

 だが、何かあった時のため、ゾンビの人々はロロの住まいの近くである墓場の村に住んでいるのだ。


 ロロの力は、約百名のゾンビを、一か月ほどこの世に留めておける。


 それは、世界に数多くの魔法使いが居れど、ロロにしか不可能な芸当。


 途轍(とてつ)もない、規格外の死霊術の天賦(てんぶ)の才。


 もしこの力を戦争に使おうとするならば、数万のゾンビの軍勢を突然呼び出し、丸一日はこの世に留めて置けるほど。

 その気になれば、一国を滅ぼせるほど。

 だがロロは、その強大な魔法の力を、ただ人々を癒すためだけに使っていた。


 ロロがこれほどの力を持つことを知るのは、ただひとり、学園の教師である死霊術師の老婆だけであった。







「あなた、もうそろそろ時間が来たみたい」


 ベッドに腰かけた、ゾンビの貴婦人の身体が、足元から(ちり)となって消えてゆく。

 その貴婦人の手を取る、夫である貴族の青年。


「カサンドラ。愛しているよ。この世で一番、愛している」


 青年の目からは、涙が(あふ)れている。

 青年と、その妻である貴婦人は、ここ一か月間、墓場の村で共に暮らしていた。

 一か月前、馬車の事故で亡くなった、カサンドラと呼ばれていた貴婦人。

 貴族の青年は、貴婦人の遺体を抱きかかえ、ロロの元へとやってきた。


 青年は、かなり高位の貴族であるようだったが、ロロにとっては、他の人々と差は無い。

 ロロを頼ってきた悲しみに苦しむ人々は、全て救うのだ。


 ロロは、貴婦人を蘇らせた。


 その後、青年と貴婦人は、ひと月の間、一生分の愛を()わし合った。


 そして今、一か月が経ち。

 その時が来たのだ。

 本当の死へと還る時が。


 青年と貴婦人は、もう語る言葉は無い。

 ただ、抱き合っていた。

 貴婦人の身体が、塵へと還ってゆくまで。


 崩れ去る、貴婦人の身体。

 彼女が来ていたドレスだけが残る。

 そのドレスと塵を、抱きとめる青年。


 ロロは、何も言わず、それをただ見つめていた。


 青年は涙を流したまま、ドレスごと塵を抱きしめる。

 高価な服が汚れるのも構わずに。


「ロロ。このカサンドラの身体、持って帰ってもいいかい?」

「はい」


 ロロが(うなず)くと、青年は家の外に(ひか)えていた従者に声をかける。

 従者が家の中に入ってきて、その手に持っていた、真っ白な絹のシーツを床に広げる。

 貴族の青年は、元はカサンドラの身体であった塵を、(みずか)らの手で、絹のシーツへと運んでゆく。

 塵を(すく)い続けながら、青年はロロに告げる。


「ロロ。本当にありがとう。

 おかげで、カサンドラと最期の別れが、きちんとできた」


 ロロは何も言わない。

 それが『墓守』。

 ただ、死者と生者を癒すのみ。


 青年は、塵となった妻の身体をシーツに運び終えると、丁寧に包み上げる。


「ロロ。君は確か、帝立(ていりつ)魔法学園の高等部だったね。

 私が、君の後見人になろう。

 そして、残りの授業料は、全額私が払おう。

 私のような者を、より多くの者を、癒してほしい」


 ロロの生活は、人々の寄付で成り立っていた。

 帝立魔法学園の、初等部からの学費なども。

 ロロが来ている灰色のコートも、村人から貰ったものだった。




 ロロは、小高い丘の上から、邸宅へと帰る、貴族の青年が乗る馬車を眺めていた。

 塵となった、愛しい妻の身体と共に乗る馬車を。


 ロロは心の中で、青年に、残りの人生を幸せに生きて欲しいと願った。


 墓場の村の家には、数々の、死者と生者が暮らしている。

 全ては、悲劇の死。

 その死を、愛で満ちたものにするために、ロロは死霊術を使う。


 ロロは、自分の体内の魔法力だけではなく、大気中に(あふ)れる自然の魔法力を体内に取り込み、自在に扱うことができた。

 そのため、本来ひとりの人間の力だけでは到底(とうてい)不可能な、膨大(ぼうだい)な死霊術が使えるのだ。

 魔法を使うための力を、通称「マナ」と呼んでいる。

 自然のマナを自身に取り込む、その究極の技を、こう呼んだ。


 『マナ・アブソープション』


 その技が使える者は大魔法使いと呼ばれていた。

 世界で数人だけしか認められていない、大魔法使い。

 この世の魔法使いたちが、生涯をかけて必死に身に着けようとしている技。


 ロロは、ネクロマンサーとしては稀代(きだい)の天才であり、さらに幼い頃から墓守として、昼夜問わずの努力も惜しまずに死霊術をひたすら磨き続けた。

 その結果、この若さでその技を会得(えとく)するに至った。


 ロロは、十六歳にして既に、世界で数人しかいないはずの、大魔法使いの一人であったのだ。


 まだ世に知られていない、少年の大魔法使い。

 それを知るのは、学園の教師の老婆ただひとり。




 ロロは、己の持つ強大な死霊術を、ただ悲しみに溺れる人々のためだけに振るっていた。









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