序魂 絶望を抱く命と、光を与えられた命
ようやく踏み出した一歩。
悩んだ末の新作を決意した最後の【魂廻叛逆の碧眼者】前編です!
ぜひ読んでみてください!!
気がついた時には、どれぐらいの時間が過ぎていたのだろう。
自分の視界に光が戻るまでの間に、何がおきていたのだろう。
「……ぁぁ……僕は……いったい……?」
ズキズキと悲鳴をあげる頭を押さえて、僕は立ちあがる。
霞んでいた意識が鮮明になるにつれて、記憶の方は曖昧になっていく。
自分がそれまで何をしていたのか、どうしてここにいるのか、何故体中に痛みを感じるのか。
疑問に感じることの全てが、わからない。答えとなるような記憶が、残っていない。
「……………ッ……!」
ただ、はっきりと映すようになった僕の瞳が教えてくれた世界は。
ただ、どこを見ても色が変わる事のない、灰色が包んでいる死んだような世界は。
「……み、みんなは……僕が暮らしていた、あの町は……⁉」
僕に、今まで僕が知る世界はもう残っていないのだと。確かにそこにあった世界は、もうどこにも存在しないのだと。
――突き放すように、そう告げていた。
生物には、魂が存在する。
運命によって刻まれた時間を持った灯りが、必ず存在する。
どんな人生をその魂が歩むのか、どんな性格の生物が誕生するのかは、魂が目覚めてからじゃないとわからない。
でも、魂は制限時間の中を必死に生きようとする。役目がある限り、灯りを消さまいと頑張っている。
そして、役目を終えた魂は抜け殻となった器から飛び出し、輪廻するこの世界へ帰ってくる。
歩んできた時間を保存され、綺麗になった魂はまた新しい生物へと旅立つ。
それがこの宇宙を統べる神が決めた法則であり、絶対不変の規則である……のだけど。
「やっぱり少ないわね。本来存在する魂の数よりも、圧倒的に少ないわ」
「……そうか」
膨大な量の記録を覗いていた手を止めて、私は少し離れた場所で忙しそうに手を動かしている人物に声をかける。
声をかけられた人物……彼は、振り向いてはくれないけど声だけは返してくれた。
「そうであってほしくないと思っていたが……やはり、俺の予想は的中していたか」
「えぇ。あなたの予想通りっていうのはムカつくけど……これは緊急事態よ。あの時だってかなり問題になったのに、また同じことが起きようとしてるなんて、そんなこと」
「わかってる。だからこうして寝る暇も惜しんでるんだろ?」
「そうだけど……」
急かすような言葉に苛立ちを見せることなく手を動かし続ける彼に、私はそれ以上の言葉を口に出すのをやめた。
今現実となって起きていることがどれほど大変なことかぐらい、彼にだってわかっている。でなきゃ、三日も他のことをしないで同じような作業をするはずがない。
「……私は、私にできることをしなきゃ……」
膨大な量の記録をしまった私は、彼の邪魔にならないように、だけどお願いされたことを果たすために目の前の大きな結晶にそっと手を触れる。
「――《忘却》――」
体の内側から溢れる温かい『何か』を、結晶に触れている右手に集中させる。
温かい『何か』は右手から光の粒になって空中に漂い始め、淡い光を放つ魔法陣を形成し始めた。
「……ごめんね。あなたに対しては、こんなことしたくないけど」
零れそうになる涙をこらえて、私は結晶の中にいる『誰か』に話しかける。
……そもそも、《忘却》は役目を終えた魂がこの輪廻の世界に来た時点で発動する。
というのも、新しい生命を誕生させるために、その魂が過ごしてきた時間を全てリセットさせるのが《忘却》の効果だ。
まぁ、たまにちゃんと発動しなくて前世の記憶が残っちゃうときもあるみたいだけど、ほぼ間違いなくこの世界で魂は新しい『別物』へと変化する。
でも、結晶の中にいるこの子は違っていた。なぜなら、この子は――
「……《忘却》は発動できたみたいだな。どうだ、成功しそうか?」
「わからないわ。初めてやることだもの、生きている魂にこの魔法を使うのって」
「やってみないとわからない、か。いつも以上に予測不能なことが起こりそうだな」
「言わないでよ、そのことは……」
相変わらず作業を続けている彼にかけられた心配そうな声に、私はため息交じりの返答をする。
そう、結晶の中にいるこの子はまだ生きている。凍り付いた火のように時間が止まっているだけで、しっかりと生きているのだ。
「どうかお願い……うまく成功して……!」
彼の心配もあってか、結晶に触れている右手に力が入る。
生きている人の記憶を消すことに怒りを感じる人もいるだろう。
仮にでもまだ残された時間があるのなら、その時間を過ごさせた後に消せばいいと思う人もいるだろう。
……もちろん、私や彼だって生きている状態にあるのに《忘却》を使うのは非人道的だと反発した。その子が生きていた、確かな時間をなかったことにしているようだと。
だけど、その後に聞かされた衝撃な事実に、私も彼も《忘却》の使用を容認するしかなかった。
「――その歩みは小さくとも、歴史を作った大きな軌跡なり。故にその感情も、想いも、願いも……今一度新たな区切りとして、その魂から解放せよ――」
いつもは言わない台詞を、その子の魂に語るように唱える。普段は自動で発動するからやらないけど、本来《忘却》を使用する際に必要な台詞である。
「……あなたが過ごしていた時間、感じた気持ち、大切にしたい願い……全て覚えていてあげるからね……」
台詞に反応した淡い光が、その輝きを強くする。
この子の記憶を覗き見ることはできない。でも、何があったのかは知っている。
誰もがその時間を忘れても、私と彼だけはちゃんと覚えている。いや、覚えてなきゃいけない。
「記憶の消去……完了。感情のリセット……完了」
淡い光が消えていくのにつれて、私の手から温かさが消えていく。
そして、完全に温かさが消え去ったとき。私は結晶から手を離して、まだ空中に残っている魔法陣をそっとかき消した。
「……終わったのか。よかったな、うまく成功したみたいで」
ぼさぼさの髪をかきながら近寄ってくる彼に、私はムスっとした表情で答える。
「さっきも言ったでしょ、生きている魂に《忘却》を使うのは初めてだって。本当に成功したかどうかはこの子が目を覚ましてからじゃないとわからないわ」
「そうだったな、すまなかった」
「というか、あなたの方はもう終わったの? 私のやることが終わっても、あなたのやることが終わってなきゃ意味ないんですけど」
「あぁ、それなら――」
「――!」
振り向く彼に合わせて視点を動かした先には、大きな魔法陣が描かれていた。
「今さっき完成したぞ。普通の転移魔法陣は使えないから、かなり骨の折れる作業だったが……これで無事にこいつを送り届けることができる」
「……そう」
少しだけ嬉しそうに報告する彼に対して、私の心は少しだけ締め付けられていた。
……いよいよこの時がやってきてしまったんだ。話を聞かされたあの日から、訪れないでと無謀な祈りをしていたこの瞬間が。
「……神様。気持ちはわかるが、早く転移しないと。俺達が渋ったせいで、星が一つ滅んじゃいましたはさすがのあいつでも許してくれないからな」
「わ、わかってるわよ」
ためらう気持ちが伝わって……違う。同じ気持ちを抱いているからこそかけられた彼の言葉に、私は気持ちを切り替える。
そうだ。私達がやっていることには、一つの星の運命がかかっている。
だからこそ結晶に封印されているこの子の記憶を消して、その星に送り届けるんだ。
私の我儘に近い感情で大事な目的を、託された約束を果たさないわけにはいかない。
「――時を司る神が命じる。幾千の運命を託され、小さな希望となる魂を送り届けよ――《時空転移》」
《忘却》のときと同じように、久しぶりに口に出した言葉に反応して、魔法陣に綺麗な光が灯る。
普通の転移魔法陣では何回も別の星を経由しないといけないため、特別な魔法陣を用意する必要があった。
だから彼が作った魔法陣は、この世界と対象の地点を繋げる道を作成する。
私が教えた《時空転移》の魔法陣は、一回だけで転移させることができるのだ。
「……あとはあなたが結晶を砕いて、その子を転移させるだけよ」
「あぁ。――《叛逆する牙》」
魔法陣がしっかり発動したのを確認して、彼はその両腕に大きな青い鎌のようなものを顕現させる。
実物を見たことはないけど、どうやら獣の牙をイメージしているらしい。
「――ハァッ!」
ゆっくりと結晶に向けて、彼が手を交叉させる。
次の瞬間、ヒビ一つなかった結晶に大きな亀裂が奔り、バラバラに砕け散った。
「――よっと。よかった、傷一つついてないな」
「あなたねぇ……」
空から落ちてくるその子を抱えた彼の発言に、思わずため息が漏れてしまう。もしものことがあったら、この男はどうするつもりだったんだろうか。
「そういえば、こいつの名前を決めてなかったな」
「……は?」
「あったほうがいいだろ? 向こうの世界でも名前だけ覚えていればコミュニケーションをとりやすいだろうし」
「そ、そう……なのかしら……?」
仮に《忘却》がうまくいっていなかった場合、余計なことをすれば百パーセントの確率で記憶を思い出す。
特に名前の場合、記憶を思い出す一番のきっかけになり得るのだ。
だけど、彼の言う事にも一理ある。自分が全く知らない世界で、何も覚えていないなんて正常でいられる方が珍しいだろう。
……だけど。
「……環境的要因はあるけど、そっち方面の要因はないから大丈夫……? でも、余計なことして記憶を思い出されたら……」
「……よし、お前の名前は『ユウヤ』だ! ……いや、待てよ。地球の日本って場所に転移するんだから、その地域に合わせて……『月神優刃』だな!」
「あっ、ちょっ……勝手なことを」
「行ってこいよ、優刃。この先同じような過酷な運命があったとしても、今度は打ち勝って帰ってこい!」
「あっ……!」
私が立場の問題で悩んでいる間に勝手に優刃と命名した彼は、私の制止の声を無視して優刃を魔法陣の中に放り投げた。
ずっと待機していた魔法陣は、『ようやく出番が来たか』とでも言わんばかりに輝きを増して、中心に優刃が到達するのとほぼ同時に。
「……あ……あぁ……!」
目的地である、『地球の日本という場所の何処か』に優刃を転移させた。
どういうわけか、話をされた時から転移先は日本とこだわりを持っていて、他の場所の話をすると怒られたぐらいだけど。
「……………」
今の私には、優刃が転移されたことも含めて何もかもがどうでもよくなっていた。
代わりに込み上げてくる感情に肩を震わせながら、横で満足そうな顔をしている阿保の胸ぐらを掴んで
「……行ってしまったな、神さm」
「何が『行ってしまったな』よ、この馬鹿っ! せめて……せめて……!」
「な、なんだよ。何か不満なことが」
「もう少し元の名前をいじった名前にしなさいよ、単細胞馬鹿ぁああああああああっ!」
この世界を震わせるぐらい大きな声を出した。