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7.運配者-3



「がっ……!」



 男の鈍い悲鳴と、大木でも砕けたような壊音と共に男の体が宙を舞い。

 そのまま成り行きを見守っていた仲間の男たちの方へと、その体が面白いように吹き飛んでいく。


 慌てた様子で男たちはその体を咄嗟に受け止めようとはせずに、それを避ける事を選び。

 重力に従って、やがて避けられた体は床に打ちつけられ。そのまま弾みながらも床を転がっていた体を振り返って目で追った後に、ピクリとも動かなくなった同胞を確認すると。



「き、貴様ッ! 何をしたのか判っているんだろうなッ!?」



 優が腰を上げる直前、その眼前で少女と母を守るように男を蹴り飛ばした――青年に銃口を向け、リーダー格の男が叫んだ。


 乗客達は、一瞬の出来事に何が起こったのかを理解できずに動揺し。

 反対に優は鮮明に何が起きたのかを理解できているものの、その光景が信じられずに、その光景を作った青年の背に釘付けになっていた。


 純白に金の刺繍を織り交ぜた、ビフレストの制服。

 それを纏った、つい先程まで優の肩を枕に爆睡していた筈の男子生徒の背に。



「てめぇ、何とか言ったらどうだッ!」



 男の怒声に反応すらせずに、それに終わらず気の抜けた大きな欠伸までを付けて。

 更には自らの肩を両手で交互に解し続ける青年に、男は再度怒鳴り声を張り上げたが。

 それでもやはり青年は見向きもしなかった。



「このッ……!」



 頭に血が上った男が、躊躇なく拳銃の引き金を青年へと引いた。

 火薬が炸裂する音が、静寂に包まれる車内を木霊し。



「なっ……、がっ!」



 次の瞬間、男の驚愕に満ちた声が響き。

 間髪入れずに、低い苦痛の声が続けて同じ口から弾け飛んだ。



「ば……、かな」


 

 音を立てて崩れ落ちる男に、ざわめく車内。

 男の傍ら、寸前まで優の目前で欠伸をしていた筈の青年が、つまらなそうに立っている。


 一般人の目から見れば、見世物、マジックとでも言われた方が納得できる馬鹿げた光景だ。

 元の位置から三メートルは離れた距離を、あの青年は誰にも視認させずに移動したのだ。 


 いや、ただ一人を除いては。



(神技じゃない……、純粋な神力による身体能力の活性の結果。の筈だけど、速すぎる。ただ活性しただけじゃこんなに上手く体は動かせない、元となる運動能力がとんでもなく高いんだ)



 優の目から見た青年は、まず自らに向かって来る銃弾を避ける事はせずに、なんと片手を向けてそのまま掴み威力を殺して見せた。

 その後、無駄のない動きで男へと距離を詰め、銃弾を掴んだままの手で腹部に拳を叩き込んでいた。

 その流れるような一連の行為を、優以外の者には一切視認させずに、だ。



「こ、このッ!」



 目前で同胞を訳の判らないまま二人も無力化された男は、咄嗟に銃を構えて青年へと引き金を引いた。

 キィンッ! と、高い金属音が車内に響く。 

 その後、まるで再現のように間髪入れずに男の体はゆっくりと崩れ落ちた。

 終ぞ傍らに立つ、青年の姿に気づかないまま。



(銃弾を銃弾で……、こいつは一体……)



 男が拳銃の引き金を引き、そこから放たれた銃弾を青年は片手に握ったままであった銃弾を指で弾き飛ばす事で、正面からぶつける事で相殺した。

 そのあとは再現、たったの一歩で男へと距離を詰め、先程と同じように拳を腹部に叩き込むことで男を無力化して見せたのだが。


 同い年で、ここまで無駄なく動く青年に優は少なからず驚きを見せていた。

 いくら訓練校の冠を持っていても、所詮は実戦を経験したことが無い子供の集まり、としか考えていなかったからだ。

 だが、あの青年は違う。



(何にせよ、これであっちがどう動くか……)



 とにかく今は青年の事よりも現状を打破する事が先決と、優は思考を切り替える。



(この車両に存在する最低人数のジャック犯は無力化した。にも関わらず、死神からの音沙汰は無い、あっちからはここの様子が見えていないのか……?)



 だとすると、今の現状を打破するのは格段に容易になったと言える。

 車内放送を扱った時点で、おそらく死神が潜伏しているのは先頭車両だろうことは予想できる。

 そこまで一両ずつジャック犯を無力化して進めばいいのだから。



(一人だといざと言う時に対処ができないかもしれない……、念のため、ここはこの人に協力を仰ごうか)



 青年の事を指し、優は計画の一部に加える事を想定に入れる。使える人手は多いに越したことはない。

 考えがまとまった所で。よし、と意気込み優は腰を上げ。


 その時だった。



〈――左方向。最後尾座席のグレースーツの男――〉



 瞬間、頭痛と共に脳内に直接響いた声……、少女と思われる声が優の動きを止めた。



(ッ……! 何だ、今の……?)



 一瞬の、針を刺されたような痛みと共に聞こえた声。一体誰が……、と右、左と辺りを見渡し。



(……! グレースーツの男)



 ちょうど左方向、その奥を見渡したところで、その座席に座る男の姿が目に留まった。

 どこか悔しそうに奥歯をかみしめながらも、男は懐から携帯電話と思われる物を取りだし。



(外と連絡がつかないのはさっき確認済みだ。にも拘らず一体何をしようと……)



 と、そこまで考えた所で、男はそれを自らの右耳へと持って行き。

 それと同時に、それが意味する事に気づいた優は、携帯していた小型投擲用ナイフを懐から抜き、それを躊躇せずに投擲した。



「へ……?」



 寸分の狂いも無く、狙い通りにそれは男が持っていた携帯電話へと突き刺さり。



「ひっ……!」



 次には、優の姿は男の真横、新たに抜いたナイフを男の首元に添えた形で止まっていた。

 笑顔を浮かべつつ、優は恐怖に目を見開く男へと優しく語りかける。



「……お話、聞かせて貰えますよね?」



 徐々に自らの荒肌に沈んでいくナイフを前に、だが男は優の姿を視界に捉えると。



「へ、へッ! お嬢ちゃんに出来るのか? 今離せば嬢ちゃんだけは助けてやらなくも――」



 男の荒肌に、刃が沈む。

 一滴の紅い滴がナイフの刃を伝い、やがて柄から零れると男のスーツに斑点の染みを作る。



「お話、聞かせてもらえますよね?」



 絶えず笑顔を崩さず、お願いとは言葉ばかりの、二度目となる強制の言葉を口にする優に、男は言い得ぬ恐怖を覚えて頷き。



「これから一度でも嘘を吐くたびに、この刃物は貴方の肌に0.5センチ単位で沈んでいきます。よろしいですね?」


「わ、わかった。わかったから!」


「良い子です。ではまず一つ目。この車両に残存するジャック犯は……、貴方を残して他にはいませんか?」


「……あ、あそこで伸びている三人と、俺だけだ」



 優の瞳が男を映す。目の色、表情、そこから嘘は吐いていないと判断すると。



「二つ目。残りの車両を占拠しているジャック犯の人数と、貴方のようなバックアップ、その正確な情報を」


「……他の車両にも、各三名ずつ仲間がいる。装備はいずれも旧式の拳銃が一丁のみ。バックアップの人間は各一名ずつ、特徴は判らない」



 男の荒肌に、正確に0.5センチの幅刃が沈む。刃を伝い、血の滴が絶え間なく男のスーツを濡らし。



「ひ、ひっ! ほ、本当だっ! 特徴は知らないんだ!」


「大まかな配置位置は判りますか……?」


「ぜ、全員俺と同じ席だ。全体を見渡せるよう、後部座席に座っている、と聞いている」



 恐怖に染まった男の瞳を見つめ。優は数秒の間を置く。



「ほ、本当だッ! こ、これ以上は何も――」


「三つ目。貴方方のリーダー、死神の潜伏場所はどこです?」


「せ、先頭車両だッ! 奴は車掌を狙うと言っていた! 居るならそこしかない!」



 おそらく下っ端なのか、男には死神の詳しい居場所は伝わっていないらしい。

 それでも車掌を狙い乗り込んだ、と言う情報は貴重である。



(嘘は吐いてない……。この男が偽の情報を噴き込まれていない限りは、死神が潜伏しているのは先頭車両で間違いない……、か。どちらにせよ、まず向かわなくちゃなのは先頭車両)



 これで一通り現状を打破する上で必要な情報は聞いた。と、優は一息零し。



「最後に……、運配者について。何か知っている事は?」



 優の問いの後、迷った様に男は視線を漂わせるが。優がほんの少しナイフに力を込めると。



「く、詳しくは俺たちも知らないんだ! ただ、そいつが今日この便でサクラノ宮に向かっていると言う事だけ伝えられて……」


「俺たち? 死神と貴方達はお仲間、じゃないんですか?」


「お、俺たちは奴に雇われただけだ。だから詳しい事は何も知らねェッ! な、判っただろ? だからこんな物騒な真似は止め――」


「情報提供感謝します」



 これ以上は何も聞きだせないだろうと、優は首元からナイフを引き。その後間髪入れずに肘で鳩尾を突くと、男の意識を断った。



(雇われた……、ね。最初から切るつもりだったって事か? 嫌な予感がするな)



 優はナイフを左右に払い、血油を落とすと懐にナイフを治め、背後へと振り返った。



(まぁ……、こうなるか)



 案の定、想定していた事だが。乗客の視線が優へと集中している。若干の怯えと、呆然とした視線。



(これでも一応ビフレストの学生、って事になってるし。あんまり目立つ事はしたくなかったんだけどな)



 これから学園に通うにあたって、極力目立つ事は避けたかった。

 目立つと言う事は人目に付くと言う事、護衛をするにあたって行動が制限されてしまう事は避けられない。


 少し気鬱な気分に浸りながらも。事態は一刻を争うと、優は嘆息一つで気持ちを切り替え。



(……あれ?)



 当初の予定通り、先程恐るべき運動能力を見せつけてくれた青年に協力を仰ごうとしたのだが。



(いない……? え、え?)



 青年が先程まで立って居たと思われるその場所に青年の姿は無く。

 見渡しても乗客のこちらを見つめる表情しか目に入らずに。



「あ……」



 右、左ともう一度見渡し、そこから更に二往復を終えた所で、ようやく青年の姿を見つける事が出来たのだが。


 ――青年は、元の定位置、自らが座っていた場所に戻り、信じられない事にこの状況下で寝息を立てていた。



(ね、眠っていらっしゃるっーー!?)



 どうすれば、どのような心境なら、この状況下で再び眠りに付けるのかと。優はじっくり数秒の間引き攣った笑みで呆然としていたのだが。



(き、気にするな権藤 優。世の中には常識では考えられない事をしでかす人間がいる事を君は良く知っているだろ? 落ち着け、落ち着くんだ)



 これまで正樹の非常識さを見て育ってきたのだ。

 これくらいの事で動じてどうする。

 と、優は出来得る限りの柔和な笑顔を浮かべて、青年の元まで歩みを進めると。



「あ、あのー?」



 おそるおそる、青年へと声をかける。



「もしもーし……?」



 結果は、無反応。

 どころか、目の前で盛大に寝息までたて始め。

 その姿が、何故か優の視界の中で……、権藤 正樹と重なる。

 ぷちんっと、優の中で何かが切れた。


 次の瞬間、ゴンッ! と、鋼鉄をトンカチで叩いたかのような音が、車内を木霊した。


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