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6.運配者-2



(本当に節子さんにはお世話になったよなー。最初は心が折れそうだったけど)



 節子には一週間、仕草など女性の身だしなみ等のレクチャーを受けていた。

 羞恥に動けずにいた優に、「自らの裸体に興奮するとか変態の極みですか」と散々罵りを受け。

 一週間の経験で、何とか羞恥を覚えずにお着替え全般熟せる様になったものの。



「もう、お婿に行けない……」



 色々と、男としてのプライドを剥ぎ取られてしまった事実からは、いまだに立ち直れていない。



(大丈夫だ。体は女の子でも心は男だ。ちゃんと女の子にしか興味が無い、大丈夫。ドウドウ)



 と、このように前にも独り言のように屋敷で呟いていた際に、運悪く節子にエンカウントし、



『ちなみに安易に百合の花を咲かせようとしないで下さいね。あくまで男性にしか興味が無いと思わせるよう、というか思って下さい』



 と、無理難題を吹っかけられたのを思い出す。

 その為にキラキラなお星さまが周囲を舞う男性が多く乗った雑誌を押し付けられ、好みのタイプは? と聞かれた時は部屋を飛び出し阿修羅のような形相で追い回してくる節子から屋敷内を逃げ回ったものだ。



「苦い思い出……」



 とにかく、と優はトラウマな一週間の出来事は忘れるように、だが恩義は決して忘れないよう嘆息を吐きだし。



「ん……?」



 と同時に、右肩にぽすっと何か重みが加わった。

 何事かと視線を向けると、そこには寝息を立て優の肩を枕にする、乗客の黒髪に覆われた頭が置かれていた。


 考え事に耽っていたためか、何時の間にやら隣に座っていた乗客に優は気づいていなかったらしい。


 まぁどうせもう五分もしない内に着くし……、と。

 無下に起こしたりはせずに、優はその乗客の足元から上へと視線を流し。



(あれ……、この制服)



 その乗客が、おそらく自らと同じ場所を目的地としているだろう事に気づく。

 身に纏っているのが、ビフレスト学園指定の制服だったのだ。

 ただ優と違うのはそれが男子指定の物であると言う事だが、これだけで目的地はほぼ一つに絞られる。


 同い年だろうか……、顔がよく見えないため詳しい年齢判断はできないが、ビフレストの制服を纏っているのだからそう優と歳は変わらない筈だ。

 と、そんなこんなで優が観察を続けていると、数分の時はすぐに過ぎ去り。車内スピーカーからアナウンスの前触れである若干の電波音が零れた。

 おそらく間もなく到着の知らせだろうと、優は隣の乗客を起こそうと左手を伸ばし。



「あの、そろそろ着きま――」


『大変お待たせしました。間もなく――地獄、地獄。お客様がたのお命は私共が預かりましたので、大変お気をつけてご自分の席にご着席ください。間もなく――』



 周囲の空気が、固まった。

 無慈悲にも、その後何度も繰り返される車内アナウンスに、優も思わず動きを止め。



「え……?」



 聞き間違え、ではなさそうだ。と、左手を伸ばした形で動きを止めていた優は、少しずつ状況の理解を始めた乗客達のざわめきの中、繰り返されるアナウンスへと耳を傾けながらも腕を引き。

 

 その後、本来停車予定であった目的地を減速する事も無く通過したモノレールの中で、乗客たちは今も車内に流れ続けるアナウンスがただの愉快犯ではない事を理解した。



「い、いやぁあっー!!」



 一人の乗客の悲鳴がトリガーとなり、車内に悲鳴、罵倒が木霊を始める。



「な、なんの冗談だよっ! 俺はこの後大事な会議が――」

「ふざけんなっ! だせ、だせよ!」



 乗客たちはパニックに陥り、当ても無く罵倒、悲鳴を叫び続ける。

 そんな中、優は一人冷静に状況の理解に努めていた。



(サクラノ宮行きのモノレールをジャック……? 逆ならまだしも……)



 目的が何にしろ、このレールの終点はサクラノ宮三つの街を周った後の中央地点。

 アスガルズの総本山、世界樹が聳え立つ中央街だ。

 目的を達成後、そう易々と逃走、いや逃走自体が不可能と言える。

 今頃すでに終点である中央街では犯人を取り押さえるべくアスガルズが動き出しているはずだ。



(確実に逃げ切れる自信があるのか……、あるいは最初から逃走を視野に入れていないのか)



 そもそも目的が何なのかが判らないため、優としても解決に動こうにも動けない。

 と、その時。延々と繰り返されていたアナウンスがプツンと音を断ち。



『……あ、あー。テステス。良い子の皆さん、聞こえてるかー?』



 代わりに、場には不釣り合いな陽気な声色の男の声が車内を木霊した。



『さーてさて。とりあえず先にゲロッちまうと、俺が今このモノレールをノンストップで運行させている地獄へのエスコート役……、さしずめ死神って所だぁ』



 黙り込み呆然とアナウンスに耳を傾ける乗客達のこの様子が見えているのかは定かではないが、けらけらと笑い声を混ぜながらも男は続ける。



『もうご存知かとは思うが、この車両は今終点の中央街に向かっている。へたれ英雄気取り共の巣窟だーな。今頃奴らは必死に中央街の駅でこの車両を止めるため、俺を捕まえるためにガチガチに警備を固めて待機してるだろーよ』



 男が一息を吐いている間に、乗客たちは互いの顔を見合わせながら、その言葉に恐怖を和らげている。

 何をするつもりかは判らないが、このまま行けば自分たちは助かる、と。終点で待つ神の御使い達がきっと自分たちを助けてくれるだろうと。

 そう思い込み安堵を浮かべる乗客達に。



『なーに助かったとか思ってんだばーかぁッ!。このままじゃただお縄に係りに行くようなもんだろーが。そんなわけねーわな。目的も無いまま、算段も無しにこんなことはしねー。だから――』



 次の瞬間、優達が乗る最後尾の車両、その前車両とを繋ぐ隔壁が開き。



「動くなッ!」



 先陣を切った男に続き二名、車両内の中央まで駆けると、合計三名の男が片手に拳銃を構えて辺りの乗客を威嚇した。



『――お前ら全員が人質だ。これから一駅通過毎に後部車両から順に皆殺しにして行く。もちろん? 少しでも可笑しな行動を取れば、その瞬間お前ら全員の命は揃って地獄行きだぁ』



 間を置く事数秒後。状況を理解し始める乗客達の中、どこかの車両で悲鳴が上がった。



『怖いかー? 怖いよなー? このままじゃあ全員殺されちまうもんなぁッ! ……でも、俺は優しいんだ。お前ら全員が助かる方法が、一つだけある』



 乗客達が息を呑み呆然と縮こまる中で、優は一人極力存在感を消し。アナウンスの男の声を耳に入れながらも、今自分たちを威嚇する男達三人の隙を伺っていた。



(顔も隠さずに……、服装もただの一般人のそれ。乗車時に一般人に紛れ込むためなんだろうけど。武装は拳銃のみ。神力の匂いも感じない。この程度なら他の乗客の命を脅かす前に無力化できるけど……)



 問題はそこではないのだ。と、優は今一度状況を整理する。



(駅を一つ通過する毎に後部車両から皆殺し。このモノレールの車両は全部で五つ。残る駅は三つ。最低でも第一,第二車両以外は殺す気、と言う事。次の駅まで五分も無い。早いとこ何とかしないとだけど。一般人を装ってこの車両にもまだ仲間がいる可能性は十分ある。それに、もし車両毎の様子があちらに丸見えだとすると)



 最悪、優が動いた瞬間に全車両の乗客が命を落とす事になるのだ。

 奥歯をかみしめ、今は男たちの目的へと耳を傾ける事に集中した。



『俺たちの目的はただ一つ。この車両のどこかに居るはずの、運配者。通称だが、そいつを炙り出す事だぁ』



 死神の言葉に、乗客達が唖然とする。

 運配者。何の事を言っているのだ、と。



『さーてッ! お前らの命は運配者の片手に握られたぞぉ。早く出てこないとーもう次の駅だなぁ。残り四分ってとこかぁ?』



 その言葉を聞いたと同時、乗客達の怒声が爆発した。



「だ、誰だか知らねーが! 運配者って奴はさっさと出てこい!」


「そーよ! 速く出てきなさいよ!」


「お、お前! お前が運配者じゃねぇのか!」



 互いが互いに指を指し合い、または辺りに怒鳴り散らし自らが生き残る為に運配者を炙り出そうとする。

 そんな中優は自らの携帯端末を取りだし、外との交信が繋がるかどうかを確認していたが。



(繋がらない、か。まぁそりゃ対策するよな。にしても、運配者……、何かの暗号か? 通称……、心当たりなしっと)



 外の人間には頼れない。

 いよいよこの状況を打破するために強引にでも動かなければならないか、と優が腰を据えたその時。



「うるさいぞお前らッ!」



 頭上へと引き金を引き。男たちは再度乗客達を威嚇する。寸前まで大声を張り上げていた乗客達が、嘘のように恐怖で黙り込んだ。



「早い所出てきた方が身のためだぞ。さもなければ次にこの弾丸を受けるのはお前達だ。その中に運配者、お前が居ようとこちらは知る由も無い。もう一度言うが。早く出てきた方が身のためだ。お前にも、他の乗客達のためにもな」


 三人の内のリーダー格なのだろう男が周りを見渡しそう告げる。

 だが、当然の如く乗客の中からは名乗りを上げる者は見つからず。



「……ひっく」



 代わりに、ふとどこから少女の嗚咽が浮かんだ。



「あぁん?」



 リーダー格の背を守るように銃を構えていた若めの男が、嗚咽が聞こえる方へと歩みを進めていく。

 それは、優の左斜め前、そこに座っていた母と子、先程まで楽しげに笑いあっていた親子の……、娘の方であった。



「おいおい、うるせぇよ。ピーピー泣いてんじゃねェぞ」



 男の凄んだ声に、少女は一層と泣き声を強めた。

 少女を庇うように抱きしめ、母の方がキッと男を睨み付けるが。



「あ? んだその眼はババァ。殺すぞ」



 銃口を母の眉間へとチラつかせ、男は凄む。

 だが、母はそれでも男を睨むことは止めずに。



「やめてっ! お母さんをいじめないでっ!」


「っせーんだよ糞ガキッ!」



 男は歪に歪めた口元を隠そうとせずに、少女へと銃口を向け。

 引き金へと指をかけた。



(まずい……!)



 咄嗟に優は立ち上がり、目の前で無防備に背を向ける男へと駆けようとする。



「──うるせぇのはテメェだよ」



 だが、それよりも速く。

 言葉一つと、一つの影が優の視界を過て行ったのだった。



長らくお待たせしました。全編改稿が終了しましたので、また少しずつ投稿していこうと思います。


少しでも面白い、先が気になる! という方がいらっしゃいましたらブックマーク、評価の程よろしくお願い致します。作者の豆腐モチベーションに繋がります。

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