27.新たなる非凡な僕私-17
「Roki……」
聞いたことがある、と優は自らの記憶を探っていく。
実際に対峙したことはないが、職業柄何度も耳にしたことがある。
名のある神技使いの殺害から、アスガルズの各支部への強襲まで。
まるで神の御使いその物に、アスガルズに恨みがあるような行動基準。
アスガルズに関わる事柄にのみ手を出す所から、逆にアスガルズには関わらないよう動いてきた優たちE.H.とは決して道を交える事はなかったのだが。
『今回娘を狙っているのはそのRokiの構成員らしいことが判った。
予めこちらも構成員について念入りに調べては見たが、まともな情報は得られずじまいだ。
力になれないのを、心苦しく思う。
だが君ならロキの構成員相手でも正面から戦い、打倒し娘を守れるほどの力があると確信している。
それでも、一つだけ忠告しておく。
Rokiのリーダー、彼とだけは決して対峙してはならない。
君では勝てない。僕であっても、誰であっても。
彼が今回動くとは思えない、だが気を付けてほしい。
彼とだけは戦ってはいけない。
そのことだけは、よく覚えておいてほしいんだ』
ここまで読み通し、優は違和感を覚えた。
構成員について調べ、判らずじまいと言いながらリーダーには気をつけろと言う。
構成員の情報が判らずして、ピンポイントにリーダーだけの情報を得ているという事があり得るのだろうか。
たびたび、景はどこか情報を濁す所があるが、今回はあからさまに情報を隠しているのが判り。
少なからず、景はRokiについて何かを知っていると見た方がいいだろう。
なのに、これから対峙することになるだろう優にはなにも情報を伝えない。
娘を本当に守りたいなら、果たして情報を惜しむなんてことを考えるだろうか。
言葉通り受け止めるなら、景はRokiの構成員の情報を知ったうえで、リーダーを相手にしないのであれば優だけで対処できると言っているのだろう。
だがそれでも、前もって多少なりとも情報を知っておけば、やはりそれだけ危険はぐっと減るのは確かである。
それが理解できない景ではないはず。だが、それをあえてしない。
だとすれば、Rokiには何か話してはならないような、もしくは優には知られては都合が悪い、何かがあるということ。
(考えすぎだ。確かに僕の知らないところで、景さんが裏で何かを企てているのは間違いない。けど、それは全部羽衣のためだ。そもそもが見当違いの疑いだ、最初から疑う理由そのものが存在しないんだから)
景が何を隠そうが、自らは契約した通りに羽衣を守り通せばいい。
ただそれだけ、景に別の思惑があったとしても関係ない、依頼を全うするだけだ。
見当違いの疑いだと、優は頭の中を渦巻いていた疑心暗鬼の心を捨て去り、気を持ち直してメールの最後の文面を目にした。
『ということで、話はこれで終わりになるけど。
以後、なにか僕に聞きたいことがあったらミリカ嬢を通じて僕に連絡を取ってほしい。
すぐに返事ができるとは限らないが、できうる限り即答を心がけよう。
では、優ちゃん、よき学園生活を。
娘を、どうかよろしく頼む。――深山景。
追伸、部屋は気に入ってもらえたかな?』
(うん、景さん。やっぱりあなたを信用できないです)
その最後の文面に、こいつ、遊び半分で部屋をピンク一色に染めやがった、と察した優は頬を引きつらせて。
「どしました? 優様。なんかすごい顔してますけど」
「いや。……一応聞いておくけど、同行者はミリカで間違いはないよね」
「同行者なんて……、奴隷、とお呼び下さいませご主人様ぁ」
腰をくねらせて身悶えて言ったミリカの額に、優は中指を弾き。
「少し真面目に答えて。……ミリカが僕のサポートを命じられたのは、いつ?」
新たに産まれた疑問を、何となく解は想像できる事だが、直接ミリカに問いただす。
ミリカは少し強めに弾かれた額を、まるで喜ぶように愛でながら。
「まず前提からして違いますね。私が今回の依頼の情報を得て、予めビフレストに入園希望を出して置いたんです。それにあいつら勘付いたのか、ちょうどいいからってなんか色々と指示なんかしてくれやがりまして。命令されて来た、みたいになってますけど。違いますからね、私の意思です! 私が優様を置いてどこかに行くわけないじゃないですか! 一年間も会えなくて、私毎日枕を濡らしてました。私がどれだけ苦しい思いをしていたのか……優様に判りますか!? さぁ! 優様、私の積りに積もった1年分の愛を受け入れてくだしゃ――」
PCを畳んでベットの脇に、両手を広げ自らに突撃してきたミリカに、優は腰を上げ立ち上がった。見事に空を切りベッドへと沈むミリカ。
「なるほどね、それで? ミリカは情報を得た、っていったけど。どこで今回の事を知ったの? 次第によっては結構な重要な問題なんだけど」
呆れた表情で腰に手を置き、沈んだミリカを見下ろす優に。ミリカは目元に涙を貯め。
「うぅ……。相変わらず冷たいです。あれですか、その容姿は見かけ倒しですか。純粋そうな顔してえげつないです……」
嗚咽交じりに咄嗟に触れられた容姿の変化に、優は息を詰まらせる。
今の今まで触れられずに居たため、優側からは敢えて触れようとしなかったのだが。
やはり元の自分の容姿を知る知り合いに今の自分の姿を見られるのは、幼少期のアルバムを見られる以上に抵抗があり。
「いや、その、これはね。決して私が望んでやっている事じゃ――」
「私って。もう身も心も女の子ですか。そうですか。あの容姿にコンプレックスをお持ちになっていた優様が……。で? 誰に調教されたんですか?」
どこか枷が外れたように据わった目で尋問してくるミリカに、先程までとは打って変わって立場は逆転する。
「ちょ、調教って。任務中は違和感が無いようにって仕込んでもらっただけで」
「誰にですか?」
「それは……」
深山家のメイドさん。なんて話す訳には行かない。依頼の事は守秘義務だ。少しも情報を漏らす訳には行かない、と言う名目に従い今回は切り抜けられそうだと。
「ちなみにですが今回の依頼の事を含め、優様が女の子をする事になっていたのも前もって聞かされています、なので隠し事無しでお願いします。あ、ボス以外のメンバーで今回の依頼と優様の現状について知っているのは私だけですので、そこの所はご心配なく♪」
考えていた退路をしてやったり顔で断たれ、優はこれ以上の逃げ道が存在しない事を理解すると。
「ま、まず何で知っているのかの確認を――」
「私が組織のメールサーバーの管理をやってるんですよ? 優様の事を指している単語がちらっと見えたのでボスを尋問――問い詰めて見たら簡単に教えてくれました。サポートに選ばれたのも、第一に私が今回のことを知っていたのが大きいでしょうね」
極力情報の拡散を防ぐため、前もって知っていたミリカに口止めも含め、優の協力者として選んだ。それがミリカの推測であった。
前提の情報を聞き出すため、いったいどういった手段を用いたかは気になる所だが。相変わらず優の事になると見境が無くなるミリカに、右京区にいる時と変わらぬ居心地の良さと、どこか言い得ぬ嬉しさを感じてしまった優は。
「相変わらずだねミリカは。なんだかんだ言っても、ミリカがサポートに来てくれたのは素直に心強いよ」
やはり見知らぬ地で一人正体を偽って過ごすとなると、それ相応の不安もあった。
だが、本来の自分を知っている友人が一人でも傍に居てくれると言うだけで、随分と心が軽くなったのは確かであり。
あまり何も考えずに言葉を発したのだが。
次の瞬間、据わった目で笑顔を向けていたミリカの表情が――溶けた。
「でへへ……そんな心強いだなんて。愛してる、だなんて」
「や、それは言ってないからね」
「これは求愛と受け取ってもいいですか。もう受け取りました」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 詰め寄らないで!」
両手をワキワキと触手のように蠢かせながらにじり寄ってくるミリカの表情は、もう涎を垂らさんばかりの美少女台無し顔であり。その両目を真っ赤に血走らせ。
「正直もう我慢の限界だったんですよ。ほら、あれじゃないですか。私ずっと願ってたんですよ……優様が女の子だったらよかったのに、って」
「初耳だよ! え、まさかそう言った趣味がお有りだったので……?」
「男なんて絶滅すればいいのに」
「人類の最後だよ!」
若干悲鳴交じりの優の叫びに、ミリカは鼻息を一層荒くさせ。
「大丈夫です、愛があれば子は成せます」
「無理だよ!? ちょ、本当にストップ!」
壁際に優を押しやり、覆いかぶさるようにミリカが両手を壁に着けた所で。
「そ、そうだお風呂に入らないと! 確か入浴時間も制限が設けられていた筈だよね?」
優の咄嗟に出た言葉に、ミリカは進行を止めた。
確かに入浴時間には決められた時間がある。その時間の範囲外では基本バスルームは使用が禁止とされており。それを以て打開の策としたのだが。
苦笑混じりの優の途切れ途切れだが絞り出した言葉に、ミリカは肩を震わせながら数歩引くと、不意に優に背を見せた。
「どしたの? ミリカ」
「いや……思った以上に女の子してる優様の爆撃力が高かった物で、お鼻の奥が損壊を……」
ポケットティッシュを取りだし、ミリカが鼻を抓んで居る隙にと優は壁際から離れて、安堵の一息を吐く。どうやら一難去ったようだが。
「さすがは優様ですね。前菜を用意してくれるだなんて……。策士ですよ策士」
「前菜ってなに」
「恋人の時間は入浴後にしっぽりとって事ですよね。判ってます、言わずともです。でへ」
本来は大層な美少女である筈のミリカなのだが、どうしようもなく蕩けた表情からは残念感と、身の危険しか感じることが出来ず。
一難去ったと思っていた危険は、ただ先延ばしにされただけだったと優は悟り。
「さて、そうと決まれば動くに限ります。行きますよ優様」
「……ん? 行くって?」
「お風呂場にです」
「うん、二人で行く必要はないよね」
「え、私以外の誰と入るおつもりですか!?」
「その誰かと入るって前提からそもそも間違ってるから、一人でゆっくり入らせて」
そう言って額に手をあてて頭痛を抑える優だが、ミリカはふと思案気に。
「いや、でもそれもありですか。こう優さまが体を清めてベッドへと足を運ぶのを限界まで火照った体で待つ私……、あ、いける」
何やら独り言をつぶやいて歪な笑顔を浮かべているミリカだが、優はその表情を見て勝利を確信する。
風呂場の鍵を閉め、そのまま睡眠をとる。とりあえず今日はそれで乗り切れそうだと安堵に嘆息。
「それじゃ先にミリカが入ってくるといいよ、僕は後でいいしね」
「お? え、ええ。いいんですか? ではお先にいただいて――」
そう言ってミリカは腰を上げるが、ふと何かを思い出したのかハッとなったように。
「そういえば優さま。先日サクラノ宮に向かう途中のモノレールがジャックされたという事件があったそうですが」
「え? ああ……昨日のこと?」
随分昔のように感じてしまうが、それはまだ昨日の出来事。
サクラノ宮に向かう途中のモノレールをジャック、男性神技使いとの対峙、謎の人物運配者の存在。
いったいどのような思惑があっての事件に巻き込まれたのかは定かではないが、そちらの方の真相も近々究明しておかなければならないと優は考えており。
「その件のことなのですが、アスガルズの方で現在捜索状が出ています。名はアンジェリーナ、どうもビフレストの新入生のようなのですが。優さま?」
ジトっとした目を浮かべてミリカが優へとそう疑いの目線を送ると。優は苦笑交じりに、
「えっと、まぁはい。僕だよね」
「だろうと思いました」
ミリカは嘆息を吐くと、一度閉じたノートPCを手に取り、再度開いてキーを叩き始め。
「どうせそんな事だろうとは思いましたが、少し待っていてください。今ちょろっと書き換えますので」
「書き換える?」
どうにもミリカの言いたいことが判らないのか、優は首を傾げ。
「はい、学園のデータベースにはすでに優さまの個人情報が、まぁ夕凪 優としてのものですが残ってしまっているので。そのアンジェリーナと現在の優さまが繋がらないようにちょこっと細工をします。そうですね、証明写真をゴリラにでも変えておきましょうか」
「おい」
「嘘です、ですが写真を撮られた際の優さまはそのモノレール乗車時の優さまそのもののお姿の筈です。ですよね?」
「そう、だったかな。寮に入る前に仮の学生証と引き換えに写真を撮られたから、あれがそうならその時は変装も……。あれって正式な学生証を作るのに必要だったんだよね?」
「ですね、その写真が早ければもうすでに学園のデータベースにアップされている筈です」
そこで優は考えてみる。その写真をもし、優の姿を目撃した誰かに見られてしまえば――。
「……よくよく考えると、まずくないかな。というかそれ見られたらアウトだよね」
「今更ですか。ほんとにたまに優さまは抜けていて、まぁそこが可愛いんですけど……、ね!」
呟き、ミリカは叩き続けるキーを最後に強く一度叩いて。
「見つけました。夕凪 優、生年月日から出身地、そしてスリーサイズまで」
「最後のは嘘だよね?」
「あと、そうですね……、適当に偽って作った経歴も書いてありますし。極めつけに昨日撮ったという写真が――あれ?」
ふとミリカはそう言葉を零し、目を見開いて画面を注視しているが。
「なになに、どうしたの。一体何を見て……」
そう言って優もミリカの隣に、その見つめている画面の先を目にして。
「あれ?」
違和感に気付く。そこには確かに優の写真が乗せられてはいる。
だが、そこに映る姿は本来そこに映るべきはずのアンジェリーナの際の姿ではなく。
――決して撮られた覚えなどない筈の、現在の変装を施した後の……、地味目な女、夕凪 優の今の姿があったのだから。




