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21.新たなる非凡な僕私-11



 次々と迫りくる無数の弾丸。それを足捌きのみを活用し、最小限に体を揺らすことで避けて行く。

 右に左に、体を振り子のように揺らしつつもそこで留まらず、合間を縫っては両手で構えた拳銃のトリガーを絶え間なく引いていく。

 まるで演舞を魅せるかのような彼女のその華麗さは、蝶のように舞い、蜂のように刺す。まさに見る者全ての心中にその言葉を叩きつけつつ。

 次々と集まっていく人の目に、次第に人だかりは無視の出来ない規模へと膨らみ、更に多くの人目を集めていく。


 そうしてやがて、最後に一つ彼女が引き金を引けば。



『Finish!!』



 機械音声の閉幕の言葉と共に、舞台上の彼女――夕凪優は動きを止め。

 同時、それに伴って辺りを静寂が包みこんだ。

 誰もが無言で事の顛末を見守る中。やがて数秒の間、見守る者たちには永遠のような時間の中で。



『You made a New Record!!』 



 瞬間、割れんばかりの歓声が辺りに爆発した。



「すごい、凄いよ優ちゃん!」



 特に喜怒哀楽の表情を浮かべる事もなく、一息吐いて両手に持った拳銃──を模した操作端末を下した優に、舞台下から駆け上がった灯花が飛びかかり。



「と、灯花さん?」


「なになになにさあの動き! 優ちゃんもしかしてこれやり込んでたとか?」



 そう言って灯花が指すのは紛れもない、今しがたまで優がプレイしていたアケードゲーム、ガンシューティングゲームと言われるジャンルであるが。



「え? いや、初めて触れる物ですけど……。えと……、なぜ皆さんはそんなに驚いているのでしょうか」



 辺りを見渡し、優は自らを取り囲むようにできている人だかりに、不思議そうに目を向けるばかりで。どうにもことの重大性が理解できていないらしく。



「い、いやなぜって……、あんな動きしながらこんなハイスコア叩き出したらそりゃ人だかりもできるって」



 引き攣った笑みで灯花はそう答えるが、優自身やはりなにが凄いのかさっぱりと判らず。

 ただゲーム機の液晶に表示された9999999の数字の羅列を見つめながら首をかしげるのみ。


 そもそも、いったいどうしてこうなったのか──それを優は一つずつ思い出していく事にした。





「──決闘よ」


「え……?」



 唐突に、優の視点では突拍子もなく飛び出た羽衣の一言に、優は呆然とすぐには反応できなかった。



「け、決闘……、ですか?」


「ええそうよ」



 そう言ったきり笑顔を崩さず、だんまりとする羽衣。

 状況は読めないがとにかく何かやばいことになっていると、ようやく遅くも悟った優は苦笑を浮かべて。



「えっと……、理由はお聞きしても――」


「あ?」



 びきり、と聞こえぬはずの、まるでガラスに亀裂が入るような異音が、優の耳を木霊して。



(な、なんかとんでもなく怒っていらっしゃる!?) 



 笑顔が引き攣り、頬が震えだした羽衣から感じる言い得ぬ重圧に、優は逃げるように灯花へと目線を向けて。

 その優の懇願の視線に気づいた灯花は、やれやれと一つ嘆息を吐くと、仕方ないとばかりに重い腰を上げ。



「まぁまぁ、羽衣よおちつけい」


「なに? 口を挟まないでくれるかしら。私は今、最高に気分がいいの」



 そう言って優を見つめる羽衣はやはり笑顔であるが。だが、今回はその目が完全に優を捉えて据わり込んでおり。



「いやさ、だから提案があるんだよ」


「提案?」



 灯花のその提案との言葉に、羽衣はようやく優から視線を外し、灯火へと興味を向けた。

 束の間の平穏に、優は安堵に気を緩めるが。



「ちなみにだけど羽衣、決闘って何をするつもりだったの?」


「鉄拳制裁――、じゃなくて、再調教――、じゃなくて。そう、公平な果し合いに決まっているじゃない」



 当然だろう、とばかりに澄ました笑顔を浮かべる羽衣に、優はどうか初めの方に聞こえた物騒な単語が幻聴でありますようにと願いつつ。



「羽衣、それじゃだめだよ。それじゃあ優ちゃんの心は……、折れない」



 折れない所かすでに粉砕骨折寸前なんですが、これ以上一体どこをすり潰す気ですかと顔を青ざめさせる優を、嘲笑うかのように灯花は続けて。



「ほら、優ちゃんなんかマゾっぽいし、羽衣が叩いたらそれだけでエクスタシー感じそうじゃない? ぶひぃ、ぶひぃ、って」



 言いません、だから何を適当なことを言っているんだ、とは口にせず。恨めしい視線だけを灯花に向ける優だが、全く気にするそぶりも見せない灯花。

 そんな灯花の一連の指摘に思うところがあったのか、羽衣は興味深げに頷き。



「なるほど、一理あるわね。なら聞くけど、灯花はいったいどうしたら優を従順な下僕に仕立て上げられると思う?」



 聞こえない聞こえない、何も聞こえないとついには両耳を塞いで項垂れた優。

 そんな優はいざ知らず、灯花はこれぞ名案とばかりに人差し指を一本立て。



「ゲームだ、ゲームで決着をつけよう」


「ゲーム、だと」



 思いもしなかったのだろう突拍子もない提案に、羽衣は目を驚嘆と見開いた。

 そんな羽衣の反応に、灯花はふふんと笑みを浮かべて。



「そう、ゲェーィム。ゲェーィムだよ。ゲェーィムセンター。今時の若者なら誰でも一度は夢中になったことのあるはずの娯楽オブ娯楽。聞くところによると、優ちゃんもゲームのしすぎで視力が低下、眼鏡をかける羽目になってしまったという」



 もちろん優が眼鏡をかける理由とは大違いなのだが、優は外界との交信を完全に閉ざしているためにその適当な言い分を耳にすることができずに。



「あらそうだったの。それで優は不格好な眼鏡をしているのね……」


「うむ、だからね。そのゲーマーとしての自信をさぁ、粉々に砕いてあげればいいんじゃないかなぁ」



 これ以上ない悪い笑顔を浮かべて提案した灯花は、そのまま続けて、



「どう? 羽衣……名案じゃない? ……いーや、ここは紅の妖精さんと呼んだ方がいいかな?」




 灯花の出した提案に、羽衣の中で何かが合点いったのだろう、その表情を喜悦の笑みで染め上げ。



「いいわ、その話に乗った。私の目の前でゲーマーを語ったことを、心の底から後悔させてあげるわ?」





 ──と、そんな経緯があったのが。優自身は最後の方のやり取りは耳にしていない。


 とにかく気付くと優はここ、ゲームセンターなる若者の巣窟に連れてこられており。


 言われるがまま、羽衣と同時にこのガンシューティングゲームを開始、ハイスコアを巡って勝負を開始したのだが。

 如何せん、優はこういったデジタルなゲーム自体が初体験であり、とりあえずホログラムで跳んでくる銃弾を反射的に避け、弾を飛ばしてくる敵キャラクターを条件反射で撃ち抜いた。そういった顛末であり。



「いやー、んでもちょっとこの展開は計算外だったなー。面白いからいいけどね」



 ふと灯花はそう呟いて視線を横に流し、何か企んだ含み笑いを浮かべ。優も追ってその視線の先へと目を向ける。

 するとそこには、隣の筐体でゲームをプレイしていた羽衣の姿が当然あり。



「……どうしたの、笑えば? 笑えばいいじゃない」



 両膝を両腕で抱え込み、外だというのに蹲る羽衣。

 その姿は先ほどまで羽衣が纏っていた凛々しさとか迫力、そういったものを根こそぎ奪ってしまっており。

 あまりの変貌ぶりに優はどうしていいかわからず、ふと羽衣の表示されていたスコアを覗き見て。



「わ、わー、さすが羽衣さんです! やっぱり私じゃこれっぽっちも歯が立ちません、どうやら今回は私の負けみたいですね」



 知らずの内、悪意はないのだが、羽衣の傷ついた心をさらに抉っていく。



「えーと、これって」



 そう言って優は灯花に視線だけ向けて。



「この数字が低い方がいいんですよね?」



 スコアの見かたすら判らない優はそう灯花にだけ、聞こえるように口にするが。



「いやいやいや、何言ってるの優ちゃん。これカンスト、カウントストップ。この数字が多いほどスコアが高いんだよ?」



 え、と優が驚嘆と口から零したときにはすでに時遅く。



「あ、あはは。言うじゃない、これ以上私に恥をかかせようってこと?あはは。いいわ。私も言わずと知れたゲーマー、たった一度の敗北で折れるほど柔じゃない」



 そう言って羽衣は立ち上がり、優を据わった目で捉え。



「第二ラウンドよ」



 そう言って羽衣が次に選んだのはダンスゲームと呼ばれるものだった。

 画面上に流れてくる上下左右の矢印に合わせ、床にある同じ模様のパネルをリズムに合わせて踏んでいくゲームであるが。



「おいおい、何だよこの人だかり」



 ふと、優たちの移動に合わせて同じく後を追ってきたギャラリーの人間の数、その多さに驚いた通行人がそう口にした。



「あれ、紅の妖精がガチで決闘を申し込んでるんだとよ。さっきの試合は負けてたみたいだけどな」


「まじで? あの紅の妖精が?」



 そう言って、通行人はまた一人、また一人と興味を以てギャラリーへと加わっていく。



「あの、灯花さん」


「ん? まだ判らないとことかあった?」



 勝負の前にそもそも遊び方が判らない優に付き添い、遊び方を教えていた灯花に優は小声で疑問を口にする。



「いえ、そこはもう大体覚えたのですが。その、先ほどから聞こえてくる紅の妖精って、もしかして」


「うん、そうだよ。羽衣のこと。羽衣ってば、この業界でもちょっとした有名人でね。恥ずかしい二つ名が飛び交うほどには名のあるゲーマーなんだよ」



 そう聞いて優は羽衣へとふと目を向ける。優が遊び方を教えてもらっている間、羽衣は一人肩慣らしにとゲームをプレイしているのだが。



「すげぇ、さすが紅の妖精だ。あの足捌き、たまんねぇ」


「さっきの試合は見てねぇけど、大方手加減でもしたんじゃねぇの。こりゃ相手がかわいそうだぜ」


「踏まれてえ」



 とても肩慣らしとは思えない、どうやら高度な難易度らしい曲を難なくプレイする羽衣に、ギャラリーは揃って賞賛の言葉を向けている。



「すごい人気ですね高峰さん」


「まぁね、休日に一回は足を運んで暴れまわってるし。でもまぁ、たぶんそれも今日で終わるかもしれないけどね」



 意味深げに口にした灯花に、だがその意図するところが判らず首を傾げた優であったが。



「さて、そろそろいい? これ以上私を調子に乗せると、万が一はあったかもしれない貴方の勝率が限りなく零に等しくなるけど」



 澄ました表情でそう言った羽衣に、優は忙しなくゲームをプレイする配置について。



「は、はい。私の方は大丈夫です」


「なら早速はじめましょう、勝負はさっきと同じ、どちらがより高いスコアを叩き出せるかで勝敗を決めるわ」



 羽衣の出したルールに、優は肯定の意味で頷き。



「それじゃあ、私が選ぶ楽曲は……、これよ」



 そう言って羽衣が画面を操作して選んだ楽曲に、ギャラリーが沸いた。



「おいおい、あれって……」


「ああ、さすが紅の妖精だ。世界を探してもノーミスでクリアできる人間はほんの一握りしかいないと言われる……、あの」



 ギャラリーから聞こえてくる解説によると、どうやら羽衣が選んだ楽曲は相当に難易度が高いらしく。それを平然と選んだ羽衣にすでに勝負は決したと判断するギャラリーだが。



「えっと……、これどうやって操作すれば」


「ん? えーとね、ここをこうして。うん、それでこのボタンを押せば選択できるよ」



 なるほど、と頷く優だが。初めて遊ぶ優としてはどれが簡単でどれが難しいのか、そういったものはちっとも判断できず。

 適当に目に留まった楽曲を選択して、ボタンを押した。

 ぴたっと、周囲の喧騒が止んだ。



「ゆ、優ちゃん?」



 引き攣った笑みを浮かべる灯花に、そんなにおかしなものを選んでしまったのだろうかと首を傾げる優だが。



「へえ、それを選ぶなんて。ただの命知らずなのか、それとも無知なのか。まぁいいわ、私は手加減なんて一切しないから。……始まるわよ」



 そう勝負開始を宣言した羽衣に、はっとなった灯花が舞台から降りて行く。

 やがて、二人は同時にゲームを開始し。



 ──数分後、とてもゲームセンターとは思えない、ライブ会場とでも言った方が的を射るほどの歓声が、二人を包みこんだ。

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[一言] 戦闘職にやらせるとこうなるんかい(笑)
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