17.新たなる非凡な僕私-7
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喫茶店にて美羽と別れ、いざ自らも帰ろうとすれば忘れた頃に運ばれてくる紅茶が二つ。
優としても急ぎであるため、この際品性など気にせずに急ぎでそれを飲み干す事で処理したのち、駆け足で学園へと戻った。
現在は学内に入り、これからの指示を仰ぐために職員室の前までやって来た優であるが。
(まずいよな……、学園に戻れって言われてからすでに一時間以上も経ってるってこれ。どう言いわけすれば……)
本来なら世界樹から真っ直ぐ学園に戻ったとして、徒歩であっても三十分もあれば学園へと戻っては来れる。
それが一時間は疾うに過ぎており。迷ったなどの言い訳など通じる筈も無く。
(入学早々なにやってるんだ……パートⅢくらい? なんて後悔しても仕方ないか)
遣る瀬無さに溜息を吐き、優は意を決して職員室の扉を叩こうと手を伸ばし。
「……姉さん?」
ふと、そんな声が優の耳に入った。女性の声である。
何気なしに声のした方に顔を向けると、そこには二十代前半くらいに見える女性の姿。
栗色の髪は肩もとで切り揃えられており、整っているのだろう顔は赤縁の眼鏡を掛けている事により上手く隠されていて。
だが、それでいて年上の魅力も存分に発揮されており、女性の姿を目にいれた優も一瞬どきっと胸を高鳴らせる。
そんな女性の眼が、確かに優を捉えて呆然と大きく見開かれていた。
「えっと……」
自らを見つめる女性だが、優には一切の心当たりがない。知り合いではないようだが、その纏っている衣服は神の御使いの正装であった。
(ビフレストの教員か……?)
ビフレストの教員は神の御使いで構成されている。
現役の御使いも教員として学園で指導しているために、着用する衣服も総じて御使いの正装となっている。
優は女性に向き直ると姿勢を整え、右拳を左胸に当て敬礼体制、表情を引き締め直すと。
「本日付で正式にミルズ支部の生徒となりました夕凪 優です。入学式後の指示通り学園へと戻ろうとしたのですが、帰りのモノレールに乗り遅れてしまって……。徒歩でここまで戻ってきたはいいものの、その後の指示がわからずここまで訪ねに来たところであります」
呆然としていた女性も優の声を受けると、はっとなったように表情を引き締め。
「そう、あなたが夕凪 優さん。私がその指示を任されていた夕闇 香です。よって指示をお伝えしましょう。あなたはこの場で退学と致します、お疲れ様でした」
冷徹に、ただ簡潔にそう告げる香に、優は一泊反応が遅れ。
「え? ちょ、ちょっと待って下さい!」
姿勢を崩し、一歩踏み出す優に香は表情を崩さずに告げた。
「理由をお伝えしておきましょうか。女神様に選ばれなかったあなたたち、加護無し。貴方たちに下された最初の指令は速やかに学園へと戻ること。これは正式な御使いによって下された指示です、それを守れなかったのなら当然命令違反、懲罰の対象となります。本来ならば今後違反を繰り返さないよう、懲罰一つで済ませる話ではあるのですが。聞くところによるとあなたは神力を授かっていないただの一般人と言う話です」
香はそこで一呼吸を置き、目元を細めた。
「神力を授かっているのであれば、その者はアスガルズの決定で御使い候補生として学園に通う義務が決定づけられます。何年かかろうが正式な御使いとして認められ、卒業を言い渡されるまで一切の自由は与えられない。それはつまり、学園側は卒業するまでの間候補生をビフレストに拘束しなければならないと言うこと。ですが、神力を持たないあなたを拘束する必要性が学園側にはありません。よって、あなたを本日付で退学とします。お疲れ様でした」
息を吐かせる間もないままに言葉を連ね、香は無表情に優を見つめる。
あまりに急な展開に愕然とし。優はただひたすらに自らの考えの甘さを呪い、下唇をかみしめ。
「……ぷっ」
その時、不意に無表情を貫いていた香が笑いを零した。
我慢ならずと言った風に零れた笑みを隠す様に右手を口元に当てて。
「その反応を見るに、どうやら故意に遅れた訳ではないようですね。あの子が面白い奴と言うくらいだからどんな子が来るかと思えば」
目をぱちくりとさせ、優は事態の展開の速さに目を回し。
「少し驚かせすぎたかしら。私には貴方を退学にする権利なんてないわ。でもこれを気に覚えておきなさい、あなたはただの一般人、それも加護なし。この学園にとってはどうでもいい存在に位置するのよ。少しでも問題が発生すれば、あなたの処分はさっき言った通りのまま現実になる可能性が高い。今回の一件は私の胸の内にだけ秘めて置く事にしますが、次は無いと思いなさい」
「あ……はい! 申し訳ありませんでした!」
腰を折りつつ声を張り上げた優に、香は僅かに微笑。
「学生証は持っているわね? そこにすでにあなたが所属するクラスは記載されているはずよ」
ビフレスト学園 ミルズ支部 第一階級 B-26――、夕凪 優。
優はその情報を思い出し、B-26がクラスと名簿番号だとあたりをつけ。
「どうせね、初めから他の加護もちの生徒たちが戻ってくるまであなた達は待機の予定だったの。運がよかったわね。と、いってもそろそろ戻ってくる時間だろうから……、急いでクラスには戻ったほうがいいわね。他に何か聞きたいことはあるかしら?」
「いえ、特にありません。寛大なご処置、ありがとうございました。それでは――」
ぺこりと一礼をし、急ぎクラスに戻ろうと背を向けようとした優に。
「あ、ちょっと待って!」
咄嗟に優を呼び止めた香だが、そのまま言葉は続かない。
どこか口に出すのを躊躇うかのように、何度か視線を彷徨わせ。
やがて香は優を見捉えて首を振り。
「いえ、何でもないわ。忘れて。それじゃ、良い学園生活を……優ちゃん」
訝しげに頷き、優はその場を後にする。最後の呟きは、優の耳には届いていなかった。
――去っていく優のその背を、香はどこか……悲しげな眼で、見つめていた。




