15.新たなる非凡な僕私-5
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世界樹を後にし、訪れる際に乗車してきたモノレールでそのまま学園まで戻れるかと思いきや、すでに乗車場所には物の影もなく。
どうやら優を置き去りに、選ばれなかった新入生たちを乗せたモノレールはすでに発車した後のようであった。
「で、ですよねー……」
出てしまったものは仕方ない。優はとほほと肩を落としつつ、余儀なくされた徒歩での帰り道に一人ミルズの街を歩き始めた。
気持ち早足で、それでいて折角の機会、ついでにミルズの街並みも見ておこうと。
しっかり景色を堪能しつつ、優は学園までの道を真っ直ぐに歩いた。
(昨日も少し歩いたけど……景色を見ている余裕はなかったからな)
昨日も歩いたと言うが、実際は駅から学園寮までの道のりを、いかに人目に──アスガルズの目につかずに駆け抜けられるか、そういった縛りの上での話であった。とてもではないが景色を堪能している余裕はなく。
つまり実質的にはこれがはじめて街をきちんと歩く機会と言えるだろう。
物珍しい目で周囲の景色を眺めながらも、立ち止まらずに街を歩いて進んでいく。
(へぇ、中央街は静かで少しもの寂しい感じだったけど……)
優が今歩いている場所は世界樹が建つ場所、中央街と名称されている区域から跨いだ、ミルズ街と呼ばれる街であった。
中央街は基本的にはアスガルズの職員や、その関係者が住まう居住スペースとしてのみ機能しているため、物見遊山な観光客も少なくどこか寂れた印象を覚えてしまった。
だが一方で、今歩くミルズ街には先程までの寂れた印象が嘘のように人が溢れており。人混みの波に拐われることも屡々あるほど。
(歩きづらい……。でも……)
どこか懐かしむように優は立ち止まり、その場で街中を見渡した。
思い出すのは、今まで住んでいた右京区での生活であった。
そう、こうして懐かしさを覚えるほどに、ミルズ街は優が住んでいた日本の首都──右京都と、そう変わらない街並みをしているのだ。
日本の首都より少し未来を行ったような、そんな街並み。人通りの多さも似たようなもの。そこまで感動するほどの目新しさもなければ、居心地の悪さも覚えず。
(さて、と。でもちょっと……このまま歩いていくのは疲れるな)
このまま道なりに進んでもいいが、人混みのせいかあまり早く歩けない。
なら少し遠回りになろう、敢えて人通りの少ない脇道を通るのも、そう悪い選択肢ではないだろう。
そう考えた優は、予めサクラノ宮に来る前に頭に叩き込んで置いた、ミルズ街全域の地図を頭の中から掘り起こす。
土地勘は無いとはいえ、どこをどう行けばどの道に繋がるか。その程度は地図を頭に叩き込むことによって把握していた優は、今いる場所から学園までの道のりをもう一度改めて組み直すことにし。
(……うん、ちょっと遠回りになるけど。こっちの方が人通りは少なそうだ)
そうして新たに学園までの道を組み直すと、また優は歩き出した。
大通りから脇道へ。それでも少なくはない人の波に乗って、更に脇道へと進み、進み。
そうして景色を堪能しつつ、進むこと暫くして──、
「ねぇ、いいじゃん。暇なんでしょ? 俺たちも今暇しててさ」
──優の足を止めたのは、この17年間の人生で……すでに聞き飽きた常套句であった。
「あれれ? もしかして怖がっちゃってる? 俺たち怖くないよー? ちょう紳士よ?」
「お前顔が怖いんだよ。ねぇ? こんな怖い顔の奴放っておいて俺と遊ばない?」
「な、抜け駆けしてんじゃねぇよ!」
そんな不快極まりない男たちの言葉が、次々と優の耳に入って止まず。
(いるんだな、どこにでもこういう輩は……)
別段、この声は直接優の足を止めた訳ではなかった。
実際にはこの声は優には向けられておらず、ただ通りすがりの優がその声を聴き足を止めた。そういった現状であり。
なら、その声が向けられている先はいったい? となれば。答えは簡単に見つけることが出来た。
聞こえてくる声の方へと視線を向ければ、だらしなく衣服を着崩した男二人の背を見つけ。その二人の対面に女性……らしき人影が見える。
想像に容易く、人影の主である女性に、男二人が強引に声を掛けている状況なのだろう。
(普通は見て見ぬフリしてハイさよならー……なんだけど)
辺りを見渡しても特に人の目が無いわけではない。
だが皆優と同じ考えなのだろう。気付いてはいるが、いずれも見て見ぬフリはしてはそそくさと現場から離れようとするだけ。
面倒事には関わるべからず。決して間違ってはいない常人の考え方だ。誰にも咎められる謂れはないだろう。
「ほらほら~行こうよ。いい店知ってるからさ」
「やっ!」
と、そうやって周りの人間が誰も動かずに無関与を決め込んでいると、男の内の一人が手を伸ばし、おそらく女性の手を掴んだ。
同時に女性の確かな悲鳴が、周囲に散り。
「離して、離してください!」
続いて溢れだした叫び声に、反射的にだろう、周囲の通行人の視線が一度は集まった。
だが、すぐにその視線を外しては、自分は何も見なかったとでも言わんばかりの表情でその場を後にしていく。
こんな状況になってもまだ、周囲の人間は誰も助けに入ろうとはしなかった。それでも、それを咎められる者もおらず。
(ご愁傷様……)
優もまた周囲の人間と同じであった。どう考えてもここで割って入り目立つメリットはなく、助けに入るだけ損をするだけだろうと。
見て見ぬふりをし、真っ直ぐに学園に向かうのが、今行うべき最善の選択である筈だと。
そう自分に言い聞かせ、優は止めていた足を動かし始め──。
「何をなされているのでしょうか?」
──気づけば、そんな思考とは裏腹に、男たちのすぐ背後まで迫っていた。
これが利口な選択ではないことは、重々承知している。
だがそれでも、それでも……優は、同じ苦しみを知る者として、どうしても女性を放っては置けずに。
――そもそも前提として、男に声を掛けられる苦しみを知っている時点で、さて男としてどうなのかという。そんな疑問は今は置いておき。
「ああん?」
優の声に反応し、不愉快そうな声を上げて振り返る男が二人。
そんな男二人に対し、優は臆する事無く続ける。
「そちらの方、どうやらお困りになっているように見受けられるのですが」
男達の間、そこからようやく優は相手の女性──少女の姿を視界に入れることができた。
腰辺りで綺麗に切り揃えた長髪は、鮮やかな紫陽花色に彩られ。
その上に添えられた、控え目なレースで飾られたカチューシャを、恐怖からか僅かに小刻みに揺れしながら。
整った幼い顔立ち──まだ子供とも言い切れるだろう、幼い少女は今にも泣き出しそうな程に表情を歪めており。
それを目にした瞬間、優は目つきを鋭くし、相手方の男二人を交互に睨みつけた。
そんな優に対し男二人は苛立ちを露わにし、内一人は舌まで打ちつつ。
「んだこの女。お前知り合い?」
「いんや、こんな地味な奴に手なんか出さないって。俺の趣味じゃないっしょ」
「いえてる」
本人を目の前に容姿を悉く否定し、馬鹿にしているつもりなのだろう、笑い合う男たち。
一方、優はその会話の内容に傷がつく所か、反対に喜びさえ感じており。
(良かった、きちんと効果はあったみたいだ)
こうやって直接口に出され、言われるまでは確かな実感が無かったが。どうやら自らの変装はきちんと効力を発揮しているようである。
これで少しは動きやすくはなっただろうか、と。僅かに口元に笑みを滲ませた優に対し。
「何かこの女ニヤついてるんですけど、ちっとも可愛くねぇけど!」
「もうちっと見た目を気にしてから声かけようね、君。俺達も女なら誰でも良い訳じゃないからっさ」
小馬鹿にして自らを笑う男たちに、優は反対に気分を高めていく。
どうぞどうぞ貶して下さいとばかりに笑みを深め、しまいにはうんうんと頷き始めた優に。さすがの男たちも顔を見合わせ、何かがおかしいと戸惑い始め。
「ちょっと失礼しますね」
そんな男達の間に優は強引に割って入り。今まで成り行きを見守っていた少女の前に進むと、
「大丈夫?」
縮こまりすっかり怯えた小動物のような少女に対し、今度は安心させるかのように微笑み直した。
「え、え、あの、え」
すると、少女は藍色の目を大きく見開き、驚嘆の情を露わに戸惑いを見せ。
(あれ……この子)
そんな中で改めて目にした少女の姿であったが、翌々見ると、なんとビフレストの制服を纏ていた。
と言うことは、この子は同じ新入生なのだろうか? と優が疑問を浮かべた所で。
「おいおいおい、んだこいつ。何か調子に乗ってねぇかこの女」
「まぁまぁ、俺強気な子は嫌いじゃないよ? ちっとばかし見た目は地味だけど、もうこの子も一緒に連れて行けばいいんじゃね?」
「ああ、それいいな。ってことだ、俺達が直々にファッションってもんを教育してやんよ――」
片方の男がそう口にし、割って入った優の肩に手を回そうと右手を伸ばすが、
「へ――グフッ」
「あ……」
瞬間、その男の身体は宙を舞い、背から地面に叩き付けられた。
伸ばされた手を優が掴み上げ、反射的に投げ飛ばしてしまったためであった。
(ま、まずい……、またやってしまった……)
いくら悪意を感じたとは言え、また無意識に体を動かしてしまった。
先程これでやらかしたばかりだと言うのに、本当に自分は成長しないなと……優は頬を引き攣らせて。
一方残った男は、いったい何が起こったのか判らない、そんな様子で倒れ伏した仲間を見下ろして固まり。
済んだことは仕方がない。優は嘆息一つ零すと残った男へと向き直り。こほんっ、と咳払い。切り替えた表情で男を睨みつけ、
「貴方もこうなりたく無いのなら、ご友人をお連れして早々にこの場から立ち去ってください」
そう口した優に対し、男は視線を向け、呆然とした表情を浮かべるが。
「でなければ、次は容赦しませんよ?」
にっこりと微笑んで付け加えた忠告に、呆然とした表情が、すっと青白く染まりあがった。
「ひ、ひぃ!」
倒れた仲間を担ぎ、脱皮の如く去っていく男。
その様子を尻目に、また一つ小さく嘆息を零した優は、ゆっくりと少女へと振り返り。
「君、大丈夫だった?」
優の再三の声を受け、ようやくハッとなったかのように、少女は口をぱくぱくと金魚のように開いては閉じる。
「な、ななな……」
「な?」
まだ恐怖心でも残ってるのだろうか? と、落ち着かない様子の少女に、優は薄っすらとした笑みでもって、
「どうしたの? 大丈夫、もう怖くないから──」
ね、と。安心させるかのように、優しく語りかけようと、
「なんてことをするのですかぁあああああああッ!」
──したのだが。
次の瞬間爆発するが如く飛び出してきたのは、信じられない、と言った表情から繰り出された怒声であった。
「……へ?」
咄嗟に両手で耳を塞ぐ優だが、なぜ自分が怒鳴られたのか見当もつかずに、間抜けにも表情を固めて。
そんな優に対し、少女はびしりと右手の人差し指を立て、向けると。
「あ、あああ貴方も私も! 神聖なる《神の御使い》を目指す者同士でしょう! それを守って当然の一般市民を傷つける側に回るなんて……、言語道断ですよ!いったいどういうつもりなんですか!」
ムッとした表情で少女は吠える吠える。
突然の事に反応が遅れた優だが、このままでは違う意味で辺りから注目を浴びてしまう事になると危惧し、言葉よりも早く少女の手を掴んだ。
「え? ちょっと何をするのですか! 話はまだ終わってません――」
「い、いいですから。とにかく場所を変えましょう!」
有無を言わさず少女の手を引き、優もまたその場から脱皮の如く立去っていくのだった。




