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12.新たなる非凡な僕私-2




 空を仰ぐ雲よりも高く聳える大樹、無骨だがどこか神秘さを感じさせる鋼の砦、その名を世界樹と言った。

 世界の平穏と平和を願い、女神がその名を持って設立した特使機関――アスガルズの総本山である。



「いい加減口を開いたらどうだ。君が何を話さなくとも、何れ乗り合わせていた人間に聞いていけば真相は割れる。こうしていても時間の無駄だと言ってるんだ、君も私もな」



 その世界樹内部、高さ十五階層に位置する取調室の内にて。

 日本人でありながら天然のゴールドブロンドの短髪が目立つ、アスガルズの若手隊員――近衛真紀(このえまき)の表情は固かった。



「もう何時間になるんだ……、いい加減一言くらい口を開いてもいいだろう。何を頑なに黙秘などしているんだ」



 若干疲れたような声色で、真紀が語りかけているのは対面に座る青年――名を須藤彰人と言った。

 堀が深く整った顔立ちに、長身であり細身でありながら肉付のいいがたいを持つ、真紀の目から見ても素直に異性として賛辞を送れる容姿を持つ青年ではあるのだが。

 彰人がここに連れて来られ、真紀が対面に座り語りかけ始め、すでに()()が明けている。

 初めは目にいれても特に不快感は持たなかった真紀だが、頑なに口を閉じつつ、まるで眠っているかのように目を閉じたまま、人の言葉に全くの反応を示さない彰人にいいかげん苛立ちが積もりに積もり。



「君は本来であればこの時間、ビフレストで開催されている入学式に参加する予定だった。だから君は昨日一日前の内に入寮の手続きを済ませるべくここサクラノ宮へと向かった訳だ。そして、運悪くその時乗り合わせていたモノレールが偶然ハイジャックされた。だが君はそこで臆する事無く、果敢にも私達が介入するよりも前にその主犯を含めた犯人らを無力化し、見事乗客達を全員無事に救って見せた」



 もう何度目かになる語り言葉に、真紀は一つ嘆息を挟み。



「主犯である吉銅吉兼は神技使い、それも《瞬動(ワープ)》と銘打たれた桁外れな神技を悪行に振るう咎堕(とがお)ちだ。それを、だ。まだ正式な教育も受けていないただの神力持ちである君が打倒したと言う。俄かには信じがたい話だが、現場を見聞きするだけでは否定する材料も見当たらなかった。そこでだ、当事者である君の口から詳しい話を聞かせてもらいたいんだ」



 言い終え彰人の反応を待つ真紀だが。やはりぴくりとも反応を示さず無言を貫くのみだった。

 自然と震えだす眉間と込み上げる怒りに、次第に言葉の端にも怒気が見え始め。



「もし、本当に君が今回の件を事実だとし解決に導いていたとするのなら。アスガルズは君をビフレストへと第一階級ではなく……特例として第三階級からの入学にするとの取り決めがあった。それに加えて、数日の間様子を見て即戦力なりそうであるならば、アスガルズに加わると言う条件付きで卒業資格を与えるとの話も出ている」



 真紀が口にしている特例は、ビフレストにこれから入学する者にとっては目から鱗な話である。

 これは出来るだけ彰人から詳しい状況説明を聞いた後に伝えろと事付けされていた事であったが、このままでは一向に埒が明かないと判断した真紀は、口を割る餌として先に伝える事にした。

 根負けしたようで面白くはないが、これでようやく話が進むだろうと、やれやれと肩を竦めて落として反応を待つ真紀だったが。


 ──それでも、彰人からの反応は暫く待てども無かった。



「き、さま……ッ」



 それにとうとう耐え切れなくなったのか、真紀は両手で机を強く叩くと、次に勢いよく立ち上がり──吠えた。



「これは前例に無い待遇だ!! 何がそんなに気に食わない!? それとも何か後ろめたい事でもあるのか!? 何か言ったらどうなんだッ!!」



 密閉された部屋に真紀の怒声が木霊し、室内を震わせた。

 やがてそれも治まり、再度静寂が場を支配するが。

 

 それでもやはり、須藤彰人は反応を示さない。



「この……ッ」



 いよいよ頭に血が上り、真紀が身を乗り出し彰人の胸ぐらを掴もうとした……、その時。

 真紀の背後の扉が、音を立てて開いた。



「──ほう、さっそくか」



 軽めな口調ながら、どこか貫禄もある低い男性の声。

 真紀は咄嗟に背後に振り返り。そしてその男の顔を目にした途端、目を見開いて固まった。



「ん? 君は確か……あの時の武闘会の娘か。いやいや、大きくなった。これはまたとんでもない美人になったものだ」



 老化の代償か、色が抜けきった白髪を前髪から横髪まで後頭部へと流し。自慢の一品なのか、愛でる様に自らの八の字に跳ね上げた口髭を右手で撫でる――気さくそうな男。

 その纏っている衣服は、純白で固めた神の御使いの聖衣。

 なのだが、その胸元には女神の横顔を模した黄金の刺繍が縫ってあり。



「す、須藤鉄軌(すどうてっき)聖務大将……ッ!?」



 真紀は男の二の句を聞くとすぐにはっとしたように姿勢を整え、驚きに緩んだ表情をきっちりと引き締めた後。右手で拳を作ると、それを自らの左胸に当てて敬礼の姿勢を取った。



「いい、楽にしろ。俺の前ではそんなに畏まらなくてもいい。もっとフランクに行こうじゃないか、近衛真紀……、今は聖務中佐だったか?」



「はッ! 近衛真紀聖務中佐でありますッ! 現在は本部にて訓練生たちの教育を一任されております!」



 はきはきとした真紀の対応に、だが鉄軌は目つきを鋭くし一喝した。



「貴様は訓練生に教育を施す時、上官の命令には従わなくても良いと教えているのか? 俺は普通に接しろと言ったはずだが」


「い、いえ。ですが……」


「俺が良いと言った。そもそも俺は肩っ苦しい空気が嫌いだからな。普通に友人と話す気分でいればいい」


「ゆ、友人ですか……、流石にそれは無理があるかと」



 困り切った真紀の表情に、鉄軌はふっと笑みを零し。



「まぁいい、暫く俺は本部に留まるからな。一度食事の場でも儲けようじゃないか。その時に積もる話を聞こう、俺が目をつけた武人がどこまでの成長を遂げているのかも気になる所だしな」


「はッ! お目を掛けて頂き光栄でありますッ!」



 相変わらず硬い表情の真紀に、だが鉄軌は今度は咎める事はせず。ただ頷くと、視線を真紀から外し、今度は彰人の姿を見捉え目を細めた。



()()が今回の件の?」



 鉄軌の言葉に背後へと振り返り、真紀も彰人へと目線を向け。



「はい。ですが、どうも黙秘を徹底している様でして。いまだに何を聞き出す事も――」



 瞬間、真紀の前髪を吹き上げる一陣の風。

 呆然とする真紀の視線の先、今の今まで微動だにしなかった筈の彰人の身体、その右腕が自らの頭を守る形で動いていた。



「……随分と手荒い再会の挨拶だな」



 ここに来て初めて耳にする彰人の声であった。

 落ち着きのある中、何処か牙を剥きだすその声色に、真紀は自分でも気づかぬ内に息を深く飲んでおり。



「これに反応するか。どうやら牙は抜け落ちていないようだ」



 彰人の右腕が阻むのは、真っ直ぐに突き出された鉄軌の右拳。

 ぴたりと静止しているかに見える二人の右腕は僅かに震えており、力が均衡して尚お互いを砕こうと今も衝突し合っているのがわかった。


 ――何が起こったのか。それが近衛真紀の心中に浮かぶ言い得ぬ戸惑いであった。


 その解は今自分の目が映しているこの光景なのだと、真紀は既に理解はしている。

 であっても、アスガルズで七年の時を過ごし、この若さでは異例の階級である聖務中佐を授けられた自分。

 自らに従う部下も多く、ここに至るまで幾つもの経験を積み。そして周りからは<勝利の女神>などと持て囃されていた自分。

 その築いてきたプライドと言うべきものが、その現実を素直に認めてはくれない。


 ”何も見えなかった、捉えきれなかったのだ”。


 自分の実力に確かな自信を持ち始めていた。そんな固まり始めていた自信が、今の一瞬。鉄軌と彰人のたった刹那の攻防で打ち砕かれようとしていた。


 ――この二人の見る世界は、自分が未だに到達しえない高みにあるのではないか。


 真紀は侮っていた彰人の存在と、長年目標としている自らの師との確かな壁に愕然とし。どこか縋る様に真紀は声を絞り出した。



「あ、あの……須藤聖務大将?」



 真紀の言葉に、今しがたの攻防で一通りの満足を得たのか、鉄軌は愉快気に笑みを浮かべて拳を引くと、真紀の方へと体を向け。



「ん? どうした」


「ど、どうしたではなく、一体何をなさって……」



 真紀の困惑したような口調に、鉄軌は彰人へと視線を戻すと口にした。



「ああ、気にするな。ちょっとした教育だ。場も弁えずに惰眠に耽るとは、相変わらず図太い奴だ」


「な……、寝て……?」



 無反応なのは黙秘を貫いているものなのだとばかり考えていた真紀だが、真相はただ眠っていただけだと言った鉄軌。

 どうりでどれだけ声を掛けても反応すらしない筈だと納得する反面、この状況下で堂々と睡眠を取る彰人の常識の無さ、図太さに。真紀は言葉すら浮かばず、ただ頬を引き攣らせて呆れ果て。

 一方、咎めるではなくどこか嬉しそうに言った鉄軌の声色に、彰人は不快そうに舌を打った。



「睡眠中に殴りかかるのが教育ってか、そりゃ教え子もぐれるぜ」



 親しげな二人の会話に、真紀は二人が知り合いなのだと考える。と、そこでようやくある共通点に気づいた。



「須藤彰人……須藤……? 失礼ですが、お二人はどう言ったご関係なのでしょうか」



 真紀の問いに、彰人は居心地悪そうに目線をそっぽへと向け。

 鉄軌はさも聞かれたこと自体が嬉しそうに笑みを浮かべて。



「こいつはな、彰人は俺の息子だ」



 ただ一言、鉄軌の言葉に目を見開いて驚く真紀を置き、鉄軌は彰人を見捉え。



「さて、そろそろ詳しい話を聞かせてもらうぞ。彰人、お前が何を……見たのかをな」



 自らの行動ではなく、何を見たのかを聞く鉄軌に、彰人は意味深に口角を吊り上げ。



「へぇ、わかんのか」


「お前の顔を見ていればわかる。そこはかとなく、何処か嬉しそうだな」



 鈍い籠った笑いを零して後、彰人は提案する。



「何があったか話しても良い、が。条件がある」


「ほう、言って見ろ」



 興味深げな鉄軌の表情に、彰人も僅かな笑みを浮かべて言った。



「アンジェリーナ……だったか。俺と同じ、まぁ新入生だろうな。そいつを俺の前に連れてこい」


「なんだ、聞かない名だな。だが……お前が他人の名を口にするんだ。そいつ、何か持っているのか?」


「さてな」



 心底嬉しげに、彰人は瞼を瞑ると思い浮かべる。

 脳裏に焼き付いてしまった、彼女の姿。

 浮かべて沸いて出た感情を、彰人は内に閉じ込めずに素直に口から零れ落とす。



「ま、けどあれだな。くそったれな学園生活だと思っていたが、思いのほか楽しめそうだ」



 その彰人の、父でありながら初めて耳にした喜悦を隠せない言葉に、鉄軌は僅かに眼を見開き。



「ほう。そこまでか。それは俺でも興味が沸くところだ。いいだろう、条件を呑んでやる」


「公私混同じゃねぇのか。別に呑む必要も無いんだぜ」


「公私混同ではないな、察するに……、吉銅をやったのはそいつなんだろう?」



 鉄軌の推測に、彰人は不満げに目つきを鋭くする。



「俺じゃそいつをやれなかった……、あんたはそう言ってるのか?」



 不服そうに問い返し牙を剥く彰人を、鉄器は鼻で笑い飛ばし。



「拗ねるな。お前じゃ吉銅を退ける事はできても、捕える事は出来ない。だが、現実として吉銅は意識こそ失っているが、今はこちらの管理下にある。吉銅をやった何者かは、神技による逃走を図らせる前に仕留めたということだ」



 一呼吸挟み、鉄軌は続ける。



「もう一人、現場にお前意外のビフレストの生徒がいたそうだな。そいつなんだろう? 吉銅をやったのは。信じがたい話ではあるが」


「は、それが判っていながら俺にわざわざ会いに来たって事は……、なんだ、あいつ逃げたのか?」



 どこか愉快気に口を開く彰人に、同じく愉快そうに口元を吊り上げた鉄軌。



「どうにも乗客に紛れて逃亡を図ったらしい。乗り合わせていた乗客から聞く限りは、女生徒、それも可愛らしい、綺麗、美人、抽象的な褒め言葉の羅列。あまり参考には成らなくてな。そこでお前に聞くが……、どうだった、お前の目から見て」


「は、俺に聞くかよ」



 一度区切り、彰人は瞼を下すともう一度思い浮かべる。

 脳裏に焼き付いた、彼女の姿。

 自らの記憶に残す事を許された、たった二人目の人間の姿を思い浮かべ。



「ま、そうだな。なぐりてぇ顔、してたな」



 僅かな空白を置き、その余りにも予想外で彼らしい表現に、鉄軌は爆発したように笑い声をあげ。



「そうか、そうかそうか、殴りたいと来たか! いよいよそいつは俺も会ってみたくなったものだ」 



 話は聞き終えたとばかりに、鉄軌は呆然と見守っていた真紀へと振り返り。



「近衛聖務中佐。ということだ、ビフレストに出していた捜索条件の改定を行う。的を新入生、名はアンジェリーナに絞る。なお、名の方は偽名の可能性の方が大きい。あまりあてにはせずに容姿の良い、いや殴りたい顔の新入生だったか? それで当たれ」



 鉄軌の指令を受け、真紀は呆然と緩んでいた表情を引き締め直すと敬礼の姿勢を取り。



「はッ! 直ちに伝令を」



 鉄軌は浅く頷き、そして振り返る事はせずに彰人に言葉を投げた。



「彰人」


「あん?」


「……よくやったな。あとで暇を見て褒美を考えて置け」



 返事を待たずして、鉄軌はその場を後にする。

 残された彰人は、特に感情の起伏も見せずに澄ました表情で真紀へと目を向けると。



「おい、そこの女。俺はもう帰ってもいいのか?」



 鉄軌が去って解けた緊張に、どこか疲れ切った表情で真紀は嘆息を一つ零すと。



「須藤大将のご子息だからと言って礼儀を弁えなくてもいい、なんて慣わしは無いぞ。君がビフレストの生徒ならば私はその上官にあたる、口には気を付けろ須藤彰人候補生」



 教官として、部下を躾けるべく振るった筈の真紀の鞭に、だが心底面倒臭そうに彰人は欠伸を零し。



「へいへい。で? 俺は帰っていいのか?」


「なにも判っていないな君は……、まぁ今は良い。とにかく、もう少し君について詳しく話を聞かせてもらわない事には帰すことは出来ないな」


「あん? 口説いてんのか?」


「な、違う! 今回の事件についての君の動きの事だ! 君個人のことじゃない!」 



 息を荒く否定した真紀は、彰人の対面の席に乱暴に腰を落とすと。



「とにかく、もう少し詳しく話を聞かせろ。もう一人の女生徒、についても須藤大将が出した条件じゃあまりにも漠然とし過ぎている」



 落ち着ける様に一度深く息を吐き、真紀は表情を引き締め。



「さて、それでは改めて質問していくが――」


「あ、その前にいいか」


「……なんだ」



 米神を震わせて懸命に何かに耐える真紀に、水を差した彰人は事も無さ気に言った。



「漏れそうなんだが」


「……でて! すぐ! 左だ!」



 その日、終ぞ須藤彰人は帰す事を許されず。

 また、近衛真紀もその日は帰宅を許されなかったらしい。

ローファンタジー日間100位以内に入っているようです……驚きで開いた口が塞がりません、ありがとうございます!


少しでも面白い、続きが見たいという方はどうかブックマーク・評価をお願い致します、作者のモチベーションに繋がります!

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