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9.運配者-5




「おいおい……、何だかあっちが騒がしくねぇか」



 サクラノ宮を暴走中のモノレール、五両で構成される今回の便の、その四両目にて浮かんだ不満げな男の声。



「どうせタイムリミット前の馬鹿騒ぎだろう。放って置いてもすぐに黙らせるさ」



 男達が三人、片手に拳銃をちらつかせて辺りに蔑んだ笑みを向けた。


 ――運配者なる者以外が口を開けたと同時、適当な奴を一人ずつ殺す。


 そう男達に宣言された四両目に乗り合わせてしまった乗客達は、震える体を抱きしめ頑なに口を閉じ続けているが。



「そろそろミルズの駅か。黙る所か雨雨洪水ってな」


「ちがいねぇ」



 一人の男が面白おかしそうに口にすると、他の二人も同じように笑い声をあげ。



「もう……いや、いやぁあッ!」



 そんな殺伐とした空気に耐え切れなくなったのか、ついに乗客の一人が緊張の糸を断ち悲鳴を上げてしまった。 



「ああん?」



 他の乗客達の怒りに染まった見当違いの視線が声の主へと一斉に突き刺さる。

 どうやら女性のようで、自ら頭を押さえて蹲り、その体は大きく震えており。



「あ~あ、約束破っちゃったねぇ、お姉さん。残念だなぁ」



 とても残念そうには見えずに、それどころか楽しげに微笑さえ浮かべて男の一人が女性へと歩み寄った。



「んーと、まず初めに聞いておくけどさぁ。おねーさん、運配者って奴?」


「し、知らないわよ! 何が運配者よ! 勝手に探せばいいじゃない! 私を巻き込まないでよッ!」



 もはや理性を失い泣き喚く女性に、まるで慰めるかのように男は笑顔を浮かべて、言葉一つ一つにうんうんと頷くことで返し。



「そっかー、でもさ。約束は約束だよね。お姉さんのせいで皆死んじゃうかもねぇ?」



 銃口でこんこんと女性の頭を小突き、男は仲間の男二人に目配せをした。

 頷き、歪に笑みを浮かべた男達はそれぞれ適当な方向に銃口を構え、そこに最初に見つけた乗客をそれぞれ獲物に定めて。


 次の瞬間、あまりに軽すぎる発砲音が二つ、同時に車両内に響き渡った。



「がっ……!」


「ぐぇッ!」



 ――そして続けて響いた嗚咽もまた、二つ同時に車両内に響き渡り。



 まるでそれは糸を失った傀儡人形のように、今の今まで歪に微笑を浮かべていた男達二人が……膝から崩れ落ちた。



「は……?」



 間抜けにもその場に一人残ってしまった男がただ呆然と見つめる先には……いつの間にやら、いつからなのか。

 今の今まで何事もなく立っていた筈の同胞たち二人の立ち位置、そこで佇み、自らを突き刺すように見つめてくる──見覚えのない黒髪の青年の姿であった。



「くっ……!」



 一拍遅れて男は銃口を青年ではなく、自らの足元で震える女性へと突きつけた。

 純白を主体に、金色のメッシュが所々に入った特徴的な服装。

 男にも覚えがある、あれは神の御使い候補生の制服だ。



(話が違うぞッ! 今日のこの時間、候補生はすでにビフレストで厳重待機の筈だろう!)


 

 如何に候補生といえど神力持ちには変わりはない。

 一般人と神力持ちでは基本となる身体能力に天と地程の差がでる、たかが武器を一つ持ったところでその差は埋められないという事を男も理解しており。



「動くな! 少しでも動いたらこの女を殺すよ」



 だが、何も勝敗を決するのは個人の力量だけではない。

 物も使いよう、要は最後に地に立ってさえいればいい。人質も立派な武器となる。

 果して男の思惑通りに従っているのか否か、青年はただ無言で男を見つめ続け。



(馬鹿が……、所詮は餓鬼って話だね)



 この瞬間、男は勝利を確信していた。

 先程は不意打ちで二人やられはしたが、まさか人質を犠牲にしてまで行動を起こせるほど割り切れてはいない筈だ。



(どうせ俺が女から銃口を離した隙をと狙ってるんだろうけど……)



 青年は勘違いをしている、と男は不敵に笑みを零す。

 視線を僅かに青年から横にずらして見つめる先、青年の背後の席に座る乗客の男。

 その乗客の目と、男の目とが合った。



(所詮は学生、経験不足だなぁ。こういう時は鉄則として一人はバックに置いておくもんなんだよぉ!)



 勝ち誇ったように口元を吊り上げ、男は頷く。



(そうだそうだ、そもそも話では候補生はビフレストですでに監禁されてるって話だった。ならこいつは、明日入学予定の新入生って訳だ) 



 どうりで爪が甘い筈だと、男は馬鹿にするように鼻で笑いを零し。



「ヒーロー気取りの糞ガキがぁ、神力だが何だかしらねぇが授かったぐらいでいい気になりやがって。所詮てめぇ一人の力じゃ何もできねぇんだよッ!」



 その声を合図に、乗客を装った男の仲間は、スーツの懐から携帯電話を取りだし。



「みっけ、と」



 だが気づくとスーツの男の手から、その携帯電話は忽然と消えていた。



「んー? 見た目はただの携帯電話、かな。使い方も同じなんですか?」


「は?」



 どこから突然湧いて出たのか、そこにはスーツの男の隣に座る、まるで友人にでも話しかけるような気さくさで話しかけてくる一人の少女の姿。

 その手には今しがた男がスーツから取り出した筈の携帯電話が握られていた。



(二人目……! 一人じゃなかったのかッ!)



 そしてその少女もまた、御使い候補生の制服を身に纏っている。

 最初から一人ではなく、二人。

 してやられたのは自分だと、ようやく気付いた男は舌を打った。

 初めから全部バックを洗い出すための茶番だったのだと。



「貴様……ッ!」



 スーツの男は声を張り上げ、隣に表れた少女へと飛び掛かる。

 だが、スーツの男の手が少女に触れるよりも早く、少女の肘がスーツの男の鳩尾に打ち込まれ。

 間もなく、スーツの男はがくりと口元から泡を吹き項垂れ、意識を断った。



(だ、大丈夫だ……、まだこっちにはッ!)



 こちらが人質を取って有利な状況には代わりが無いと、男はそう考える。

 現状、ただ他の仲間に自らの危機を伝える手段を失ったと言うだけの話だ。

 あと二駅も通過すれば、この車両の異変にも仲間が気づくはず。

 ただ、その時までこの茶番を続けさえすればいい。



「動くんじゃねぇよッ! 次動いたら――」



 そう言いかけ、拳銃の引き金に掛ける指に力を込めた矢先、男の意識がぷつんと途切れた。

 訳の判らぬままに暗闇へと沈んでいく意識が最後に捉えたのは、自らを見下ろし嘲笑う、青年の楽しげな表情であった。






「いいねぇー……、聞こえるねぇー……、なごんじゃうねぇ」



 サクラノ宮を暴走するモノレールがちょうど三つ目の駅を通過すると、同時に車両内を木霊する悲鳴が一層騒がしくなった。



「一体何人の叫びが、絶望がこもってんだろうねぇ。おりゃ三から五番目の車両しか殺せと命じていない筈なんだがなぁ」



 先頭車両に着々と近づいてくる悲鳴の波を愉快そうに聞き入れながら、声の主は宛もない問いをぽつりと呟いた。

 ぼろぼろのみすぼらしい緋色のコートを纏い、頭髪も無精ひげも好き勝手に育ち放題。

 見るからに不清潔なその中年らしき歳の男は、車両間を木霊する悲鳴らしき叫び声を耳に入れて、心底面白そうに笑い声を上げている。



「なぁなぁ、どう思うよ車掌さんよぉ」


 その男の目前、モノレールの操縦桿を握りつつ、奥歯を噛みしめ体を震わせている車掌と呼ばれる男は。



「あ、悪魔だよあんた……、こんな惨い事して、それで笑ってられるなんて」



 車掌の右肩に男が左手を置いた。

 びくりと震えて僅かに振り返った車掌に、男は右手の人差し指を立て、それを振り子のように右へ、左へと傾けると。



「のんのん、違うなぁ。おりゃあ死神だって」



 男――死神はそう訂正すると、続けて小さく呟いた。



「そろそろか……」



 死神がそう呟くや否や、木霊する叫び声が一層増した。

 その波はすぐ背後、第二車両にまで到達しており。



 死神は愉快そうに口元を吊り上げ、背後に振り返るとそのまま車掌に釘をさした。



「それじゃ、おりゃちょっとばかし席を外すが……、変な気は起すなよ。ただこいつを終点にまで運べば、お前の命だけは助けてやる」



 だけ、それは案に死神は車掌以外の乗客は誰一人として生かすつもりは無いという、死刑宣告。

 無力な自分、何もできない自分に、車掌は涙さえ零し。

 ただ死神の言葉に従うしかない自分に下唇を噛みしめ、己の無力さに腹を立て。



「あんた……、ろくな死に方しないよ」



 せめてもの意趣返しと車掌が捻り出した呟きに、死神はぷっと笑いを吹きだし。



「しなねーよ。なんてったって――」



 死神は背を向けて歩き出す。

 その目の見つめる先は、第二車両への貫通扉であり。



「おりゃ、すでに死んでるからな」



 僅かに一瞬、そう口にした死神の身体に……淡く黒い光が纏わりついた。





「がッ……!」



 腹部を襲う鉄槌のような一撃に、痛苦な叫び声が噴きだした。

 やがてほぼ同時に崩れ落ちる三つの身体は、いずれも男性の物であり。



「おみごと! よっ我らが……、誰でしたっけ?」


「おい」



 両掌をぱんっと合わせて首を傾げて、あざとく苦笑を浮かべる優に不満気に表情を顰める青年。



「や、そう言えば名前をお聞きしていなかったので。こんな所でなんですけど、名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」



 右の拳を解き、そのまま掌を何度か解すように払い。青年は自らの周りに崩れ落ちた男三人を、まるで道端に落ちるゴミでも見るかのような目で見下ろしつつ。



「彰人だ。性は……須藤だったか」


「須藤彰人さんですね。了解です、覚えました。これでも私、記憶力には自信があるんです」



 にこっと微笑を浮かべてそう口にする優に、彰人は不機嫌そうに舌を打ち。



「で? お前は名乗らないのか」



 何度か目を瞬きさせ。優は僅かに考える素振りを見せた後……ちょうど視界の端に見つけた、広告用のパネルに表示されたとある女優の名を見つけ。



「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。そうですね、アンジェリーナと申します。どうぞお好きにお呼び下さい」


「おいこらお前どう見ても日本人だろ。なんだそのふざけた名前は」



 ふざけた名前とは女優さんも可愛そうだ。どうも彰人のお気には召さなかったようであり。

 何にせよ疑われようが自らの名をここで明かす気は優にはなかった。

 組織での依頼の度自らを偽ることを日常としていたこれは名残であり、優の癖でもあった。このまま押し通すつもりであり。



「……ショックです。私は今大いに傷つきました。やっぱりアキオさんも私の名前を馬鹿にするんですね」



 両手で自らの顔を覆い、すすり泣く素振りに彰人は舌を打つ。

 どうやら一々舌を打つのは彰人の癖の様である。



「だから女と話すのは……、めんどくせぇ。おいアンジェリーナだったか」



 咄嗟に浮かんだ偽名を呼ばれて、優はさも嬉しそうに両手を除けて笑顔を浮かべた。

 深山家のメイド長――節子曰く、気には食わないが優が笑えば大抵の窮地は突破できる、らしい。

 「可愛いは正義です」と、熱く語っていたのを鵜呑みにするつもりは優には毛頭無かったが。

 どうやらそれは的を射ていたようだと、自らの新たな武器に自覚を覚えつつ。……後に、それを自然と扱ったことに自己嫌悪を覚えるのは余談であるが。



「名前呼ばれたくらいで機嫌よくすんじゃねぇよ。気持ち悪い」


「わ、それはひどいですアキオさん。傷つきました」


「いやもうそれはいいから泣いたふりすんな。あと俺はアキオじゃねぇ彰人だ」



 反応が楽しく、ついつい状況も忘れて優は彰人を突いて遊んでいたが。現状を取り巻く空気は未だそう楽観できるものではない。

 表情を引き締め、右手で顎を持ちあげるように、左手で右の肘を支えた思案の体制を優は取ると。



「さて、ではそろそろお遊びも終わりにして。最後の仕上げと行きましょうか」


「俺は遊んでねぇ、てめえが一人で盛り上がってただけだ。で? 次は何をすればいいんだ俺は」



 辺りを見渡す彰人に、釣られて優もここ――モノレール第二車両内を見渡す。

 するとまず目に映るのは、乗客達の唖然とした表情。そこから向けられている視線は優と彰人を射しており、時たまにその足元で意識を断っている男達にも向けられる。

 彰人は優へと視線を戻し、見渡しながらも思案する優に声を掛けた。



「ここでまたこいつらを騒がせるのか?」


「いえ……」



 彰人が言った騒がせる、とは今も隣の車両から聞こえてくるこの悲鳴――を模した叫び声のこと。

 ジャック犯らを油断させるため、乗客達がさも虐殺されていると思わせる様に、優が乗客達に協力を仰ぎ車両毎に悲鳴を上げさせていたのだが。



「その必要はもうないです。残すはもう主犯格である死神だけですので、ですから――」



 優はある一点、そこに座るスーツ服姿の男を見捉えると、不敵に微笑を浮かべつつ。



「今更死神に告げ口されたところで、痛くも痒くもありません」



 今までの会話は出来るだけ声を大きく。

 車両内の乗客の半数が聞こえるように口にしていた。

 つまり、スーツ服姿の男は今しがた優の口にした言葉で、なぜ自分がこうも放ったらかしに遊ばされていたのかを理解してしまった。


 今まさに優と彰人、二人へと『爪が甘い』などと愚かにも勝った気で、耳元に当てようとした携帯電話を手から零れ落とし。

 もう興味が無いと言った風に、優は彰人へと顔を向ける。



「と、いうことで。アキオさんには別にやってもらいたい事があるのですが」


「お前さっき記憶力には自信があるとか言ってたよな、それとも喧嘩売ってんのか?」



 頬を引き攣らせ、僅かに怒りを見せる彰人にも気にする素振りを見せず、優は続けた。



「この車両にいる乗客と、三号車にいる乗客を四号車と五号車に集めてください。ジャック犯は三号車に投げておいといてくれて大丈夫です、どうせ意識は暫く戻らないようにしたんでしょう?」



 彰人は頷き、そうして優の言わんとしている事に気づいたのか、ふっと不敵に笑みを浮かべ。



「なんだ、これからこの車両で暴れようってか。いいのか? 俺がここに残らなくて。助けが間に合わずに潰されても知らねぇぞ」


「そこは心配していません。私一人では怖くて動けませんし、アキオさんが戻って来るまで大人しく待ってます」



 優の言葉に、彰人はさも可笑しそうに言った。



「言うじゃねぇか。ここでこれから暴れようってのに、お前は俺を引かせてここに残るっつぅんだ。今お前が言った通りなら、普通は逆じゃねぇか? 俺を残して、お前が引く。なのにお前は敢えて俺を引かせようとする。つまりは……そういうことだろ?」


「……やだなー何言ってるんですか。万が一ジャック犯が意識を取り戻したら怖いじゃないですか。私は大人しくここで見張りをするって意味です、それ以上の意図は有りません」



 きっぱりと作り笑いを浮かべつつ説明した優を鼻で笑い、彰人は言った。



「まぁ何でもいいが。約束だけは守れよ」


「えーと、全てが終わったら一発殴らせろ、でしたっけ」


「ああ、そしてお前はその一発を全力で防ぐ。手加減なしでな」



 頷き、優は笑みを滲ませる。



「約束は守ります。それではまた後で。お待ちしていますので、彰人さん」


「……名前、覚えてんじゃねぇか」



 眉間を引き攣らせる彰人に、始終笑顔を崩さない優であった。


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