90.おじさん、絡まれる
サラがモンスターの固有フィールドへ向かった頃――
「オーナー……もしかしてサラちゃんって……」
モンスターなんじゃないか……
シゲサトの続く言葉はそれだろう。
「……」
サラはずっと隠してきたその事実を本意ではないにせよ、明かした形である。
「……そうなんだ」
「あはは……道理で可愛いわけだよ! 納得!」
「えっ?」
「あの可愛さは……ちょっと卑怯だよね」
「そ、そうか……?」
「うんうん」
シゲサトは目を細めて、ジサンに微笑み掛ける。
「……有難う……サラちゃん……」
そして、祈るように目を瞑る。
その時であった。
シゲサトの体に激しい斬撃エフェクトが発生する。
「えっ?」
シゲサトは何が起こったのかわからない様子で目を見開いているが、為すすべなく、そのHPゲージは一瞬にして消し飛ぶ。
迂闊であった。ジイニとの戦闘直後、アンからのSOSメッセージが来たことで、シゲサトは減少していたHPを回復することを失念していたのだ。
シゲサトはその場に崩れ落ちるように倒れ込む。
「シゲサトくんっ……!」
ジサンは慌てて、倒れ込むシゲサトに駆け寄る。
そして状況把握に努める。
シゲサトは意識を失っているようであったが、胸部は前後にゆっくりと動いている。
(この状態は……大丈夫……死んではいない)
それはいわゆる“行動停止”状態であった。
ジサンはかつてその状態であったツキハを担いで移動させたことがある。
プレイヤー間の攻撃により、HPがゼロになった場合、プレイヤーは30分間の行動停止状態となる。
「っ……」
そして改めて……ジサンは立ち上がり、そして、まるで待っていたかのように剣を肩に置くような体勢で立っていたその出来事の発生源たる人物を見つめる。
「どーも! 初めましてー、アングラ・ナイトさん」
「っ……!?」
その人物は意気揚々とそんなことを言う。
ジサンはその人物に皆目見当がつかなかった。
全体的に白い装備を身に纏い、短い短剣を両手に持っている。そして、特徴的なウサギのような耳のついた中性的な顔をした人物であった。
自身のことをアングラ・ナイトであると知っていることを不思議に思いつつも、その人物の許し難い蛮行についてジサンは尋ねる。
「どういうつもりだ……?」
「へぇ~、こんな冴えない感じなんだね~、ちょっと意外~。でもあの人もそんな感じだし、人は見た目に依らぬものだね!」
その人物は余裕ありげにヘラヘラした様子で語る。
「シゲサトくんのことは悪かったね。君と戦ってみたくて、ついやっちゃいました! えーと、初めまして、僕は名もなきウサギです。普段は、昨今、ちょっとトレンドになっている上位プレイヤー狩りなんかをしています」
「っ……!」
(例のプレイヤー狩りか……やはり追ってきていたのか……ツキハさんからの情報によると、かなりの強敵……)
“とりあえずこいつを何とかしなくちゃいけない。あとこいつはテイムできない”
理由や過程をすっ飛ばし、ジサンはひとまず正しい解を導き出すことに成功する。
ジサンはテイム武器から通常武器に切り替える。
「はぁ~~、君に巡り会えて嬉しいです」
(……?)
ウサギは恍惚の表情を浮かべる。
「君なら僕をキルしてくれるかな?」
「っ……!?」
「驚くことはないさ! モンスターは殺されるために生きているのだから……!」
そう言いながら、ウサギは猛スピードでジサンとの間合いを詰める。
「ほれ! ほれ! ほれっ!」
ウサギは両手に持つ双剣で以って、五月雨に攻撃を仕掛ける。
「っ……!」
ジサンはそれを後退しつつ、回避する。
しかし、ウサギは攻撃の手を緩めず、更に速く、鋭く、乱れるように攻撃を繰り返す。
(うおっ……! ………………お?)
「ほれっ、ほれっ、ほぉれっ!!」
(…………あ、あれ?)
「…………っ」
両者共に、若干の違和感を覚え始める。
全力というわけではない。しかし、手を抜いているわけでもない。
しかし、二桁は間違いなく繰り出したウサギの攻撃が全く当たっていなかった。
(……確かに速い…………しかし……ジイニと比べると……)
「おらっ、おらっ、うぉらっ!!」
余裕ありげだったウサギの掛け声が語気の強いものへと変化していく。
(……えーと)
ジサンは何か裏があるのではないかと思いつつ、恐る恐るウサギへの反撃の通常攻撃を加えようとする。
「っっ……!?」
[スキル:脱兎]
(お……?)
ジサンの攻撃は空を斬り、ウサギは十メートル程、離れたところに後退していた。
(今のは速かったな……最初のは、気のせいだったか……さて……気を引き締めて……)
「っっっ!?」
ジサンは追撃を掛けようと構えたその時、空間が割れるようなエフェクトが発生する。
(っ!?)
「……え? まさか……ウルトマとパンマが?」
ウサギは口走るように言う。
(え……?)
そして、サラがワープするようなエフェクトと共に出現する。
「ま、マスター! これは……!?」
サラはマスターに褒めてもらえると上機嫌に出てきたのであったが、そういう雰囲気ではないことをすぐに察する。
「大丈夫だ。それより無事だったみたいでよかった」
「マスター……」
「う、うーんと……邪魔が入っちゃったか~……な、なら、今日はこのくらいで……」
「何じゃ、この者は……」
「サラ、待て、今はシゲサトくんの安全が第一だ」
「…………はい」
「さらばだ……」
ウサギは去り際に何か言い残すかと思いきや、案外、あっさりと去って行ってしまった。




