08.おじさん、隠しボスとエンカウント
サラから放たれた漆黒の闇が茂木彩香を包み込む。
「い、いやぁああああああ゛ああああ゛ああ」
◇
「ああああ゛あああ゛ああああ…………! …………あ゛?」
「…………えっ、どうした、サイカ……」
「…………」
「えっ……ってか、ちょ……それ……どうした……?」
「っっ……!!」
茂木彩香は本来のパーティメンバーの待つ30階の生活施設に転送されていた。
◇
「……なんちゃって……冗談ですよ。殺しはしません。マスターがそれをしなかったのだから……よかったね。無事に仲間の元に帰れて♪」
サラは独り言を呟く。
こんな女で穢しちゃダメだよね。
なんたって、今日はマスターとパーティになって初めての夜があるのだから。
一人、テンションが上がっているサラであった。
◇
翌朝、ジサンは他にやることもないので、ダンジョン攻略を再開しようと考える。
サラはパーティメンバーとなったため、モンスターは別途、一体使役可能であった。
(少し騒がしくなりそうだな……)
ジサンは少々、未来に不安を覚えつつ、ふと、サラの方を見ると、何やら少し頬を膨らませていた。
(……何だ?)
据膳食わぬは何とやらですよ……マスター……! などと思っているとは想像もつかないジサンは……
(って、もしかして……この子は外の世界に行きたいのか? 俺は保護者として、この子に外の世界を見せてあげなきゃいけないのでは……?)
と、あらぬ方向に思考が向かっていた。
「サラ…………」
「は、はい! マスター」
「…………ダンジョンを出るぞ」
「はい! …………って、え!?」
◇
――2041年7月
(眩しっ……暑っ……)
世界がゲーム化しても変わらなかったもの。
太陽の光。
季節もあり、その強い朝陽をジサンは久方ぶりに浴びる。
なんとゲームが始まってから二年三カ月もの月日が経っていたのだ。
(って、なんだこれ……)
初めて使用したダンジョン脱出アイテムでワープした場所はカスカベ地下ダンジョンの入り口。
カスカベ地下ダンジョンの入り口はまるで登山口のように賑わっていた。
これからダンジョンに挑むのであろう武装をしたプレイヤー達がたくさんいた。
ある者は希望に満ちた顔、ある者は不安そうな顔で出発を待っている。
そのプレイヤー達の浮かれた気分に付け込むかのように行商人らしき人達が屋台を展開し、それなりに繁盛しているようだ。
(このダンジョン……こんなに挑戦者いたのか……?)
と、少し驚きながらもジサンはサラを連れ、そそくさとその場を離れる。
ダンジョン入り口を離れると住宅街が広がっていた。
ダンジョン形成地域以外はそれ程、劇的な変化があるわけではない。
AIは雰囲気作りを大切にしているのか、街は全体的に緑が多くなっている。
目に付く違いとして、乗用車が走っていない。
交通はかなり制限されており、ボスを倒すことで解放されるバスが主な移動手段となっていた。
ジサンは人の視線を感じ、あることに気づく。
(住宅街では皆、私服を着ている……!)
なお、街中にも頻繁ではないがモンスターが出現する。
衣装についてはワンタッチで変更可能なため、ダンジョンに挑む時などを除いて、人々は私服で生活しているようであった。
仕方がないので、ジサンも慌てて私服へと変更する。
やれやれ……と思ったのも束の間、先程よりも強い視線を感じる。
(……な、何だ?)
「マスター……マスターが着ている初期服は、かなりアバンギャルドなファッションのようです」
「な、なるほど……」
思えば、この初期服のままダンジョンに潜り、以降はドロップ品の装備でやりくりしてきたからな……
ダンジョンの生活施設で借りたパジャマも使えなくなっていた。
どうやらダンジョン限定で使用できるもののようだ。
いや、仮に使えたとしてもパジャマはまずいだろ……などと考えながら、ふと先ほど助言してくれた少女の方を見る。
(………………いや! それ以上にお前の服装がやばい!!)
まずは服を買わなければ……
そう決意するジサンであったが。
(服ってどうやって買うんだ……!?)
◇
「マスター……ここです!」
サラに連れられ、やってきたのはショッピングモール。
(サラに外の世界を……と連れ出してきたが、もしかして俺はサラより世間知らずなのでは?)
「サラ……お前っていつ生まれたんだ……?」
「ご存知の通り、生後三日です」
「ほ、本当か!?」
「えぇ……まぁ、勿論、データアーカイブと……あとは僭越ながら多少のGM権限がありますので……」
(えっ? データアー……なんて? GM権限?)
ジサンはふと考える。
そう言えば、こいつって何者なのだろうか。
アンドロイド? ホムンクルス?
機造人間的な何かか?
魔族と言っていたが、あれは設定か?
(…………まぁ、何でもいいか)
サラの正体が何であっても、彼にとって現在、『唯一の何か』であることは確かであった。
◇
「す、すまんが、自分で選んでくれないか? 無難な奴な」
「承知しました! マスター」
女の子の服装を選ぶことなど不可能と判断したジサンはサラ自身に私服を選択させる。
そして、ジサンはジサンなりに無難な服を買う。
(……余裕で服を買うだけの金がある)
ダンジョンに潜っていたおかげでモンスターがドロップする新通貨『カネ』がそれなりに貯まっていた。
ジサンはゲーム開始前、生きていくことのみが許される金しか持っていなかった。
そんなジサンにとって、そこで生じた何とも言い難い感情は決して小さくなかった。
「マスター……こんな感じでどうでしょう?」
「っお……?」
ジサンが考え事をしている間にサラは自身の私服を選んだようだ。
サラは薄手のパステルパープルのパーカーに黒いスカートという格好をしていた。
ジサンはそれが年相応の恰好であるのかはイマイチわからなかったが……
「……悪くない」
ジサンにとって精一杯の褒め言葉であった。
「あ、ありがとうございます……」
ジサンの遠回しではあるものの”褒め”の要素を含む言葉を受けるとは想定していなかったのか、サラは豆鉄砲をくらったように目を丸くする。
◇
「マスター……! いい景色ですね!」
(…………)
好天に恵まれ、車窓からは美しいリアス式海岸、そして、雲間から差し込む光で色合いを微妙に変える海、太平洋が望める。
今はこの海岸の少し先に不可視領域があり、日本から出ることはできない。
外の世界はどうなっているのだろうか……などとジサンはふと思う。
「バスの中ではあまり燥ぐなよ」
「はい……マスター」
車窓に貼りついていたサラはシートに真っ直ぐと座り直す。
二人は、バスに揺られて、海沿いの道を行く。
ジサンとサラがカスカベ外郭地下ダンジョンを後にしてから二か月が過ぎていた。
ジサンは、サラが想定していた以上に外の世界を知っているようであった。
なので、地下ダンジョンに戻り、100階層を目指そうかとも考えた。
しかし、その際、ふとモンスター図鑑の低ランクがあまり埋まっていないことを思い出す。
というのも、地下ダンジョンの地下低層には、プレイヤーがいることが想定できた。
人にあまり会いたくなかったジサンはAやBといった低ランクモンスターのテイムを諦め、深部へ向かったのである。
カスカベ外郭地下ダンジョンには棲息していない、あるいは配合では生成できないモンスターもいるようで図鑑はかなり空白が目立っていた。
そこで、ジサンはこれを機にカスカベ外郭地下ダンジョン以外のダンジョンにも進出することを決めたのである。
ジサンはカスカベから北上する旅を始める。
ウシク巨像ダンジョン、オオアライミリタリーダンジョン、ナミエ疾走ダンジョン、ザオウカルデラダンジョンなどが訪れたダンジョンの代表例だ。
これらのダンジョンを周遊した結果、三日もあれば一つのダンジョンの隅から隅まで探索できることにジサンは驚いた。
そんなこともあり、ジサンはサラにカスカベ外郭地下ダンジョンがどこまで続くのかを訊いてみた。
しかし、サラは平謝りしながらもプレイヤー時に”秘匿度の高い攻略情報”の提供は禁止されている旨を伝えてきた。
ジサンはこれに納得する。
むしろ、普通のプレイヤーが知り得る一般的な情報は提供してくれたため、助かっていた。
いずれにしても、モンスター収集は極めて地道であった。
一つのダンジョンで、新種は2~3匹。
1匹ということも珍しくはなかった。
更にカスカベ外郭地下ダンジョンに比べ、モンスターのレベルが低すぎた。
全ての敵を一撃で倒せてしまい、被ダメージは雀の涙、自身のレベルは全くという程、上がらなかった。
また、茂木彩香が言っていたように『魔物使役』の知名度はほぼ皆無であった。
ジサンは目立ちたくなかったため、使役モンスターを使用するのも控えていた。
それでもジサンの中に憤りはなかった。
それは、きっと日本中を変な山羊娘と旅するのが純粋に……
それはジサンが久しく忘れていた感情であり、まだ、その感情を上手く解釈することができなかった。
◇
「マスター……このダンジョンは無数の小島があるようです。地図埋めが結構大変そうですね」
「そうだな」
本日、二人が挑むはマツシマイニシエダンジョン。
カスカベ外郭地下ダンジョンは無骨な岩肌が続く、典型的なダンジョンであった。
しかし、他のダンジョンは必ずしもそうではなかった。
地上ダンジョンの多くは大地から空へと向かう階層構造となっていた。
各階層は緑豊かな森林となっていたり、メタリックな宇宙基地のようになっていたりと多種多様であった。
「ま、またここか……」
「まるで嫌がらせですね」
マツシマイニシエダンジョンは小島と小島の間をワープ床により移動できるギミックになっていた。
時々、トラップがあり、地下の小さな小部屋に飛ばされたりもした。
そこには他より少し強めに設定された敵がいたが、二人にとっては誤差にすぎなかった。
42になっていたジサンは記憶力の衰えが多少、見られ、何度も同じところを行き来してしまった。
だが、夏から秋の変わり目、空は蒼く、気温も平均気温よりは冷涼で冒険日和、何より美しい景観のおかげでそれ程、苦にはならなかった。
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メカカモメ ランクA
コマッチャン ランクB
スカイ・フィッシュ ランクB
ウミイヌ ランクB
マッチャン ランクC
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「マスター……! 大量です!」
「そうだな」
三日間の探索により、これまでのダンジョンでは最大でも3体だった新種のモンスターが5匹も発見できて、ジサンはそれなりに満足していた。
(……マッピングコンプリートもできたし、そろそろ次のダンジョンへ……って、ん?)
「どうしました? マスター」
「…………なんかマップのこの部分、表示が二重になってないか?」
「……確かにそうですね。まるで下に何かがあるような……」
「下……」
(!!)
よくよく見ると、他にも一か所、二重になっている箇所があった。
その場所は小さく、ちょうど何度かトラップで飛ばされた小部屋と同じくらいのサイズ感であった。
「ひょっとして、これ……地下か……?」
「そ、そうかもしれないですね」
(……仮に地下だとして、どうやって……。……っ!!)
「サラ、試してみたいことがある」
ジサンは思い付く。どういう結果になるかは分からないが試してみる価値はある。
「マスターがやることなら何だって……! 例え、火の中、水の中、草の中♪ 森の中、土の中……」
「それな」
「え……?」
地下1階には一度、行っているのだ。どこに出るかはわからないが……
「特性:地下帰還」
◇
そこは確かにマップで確認したくらいのサイズの大部屋であった。
辺りを見渡すとポツンとある大型の派手な椅子に人間の女性の姿をした何かが座している。
赤いロングヘアにオリエンタルな衣装に身を包み、スタイル抜群のグラマラスボディ、特徴的な蝙蝠のような羽が頭についており、妖艶な雰囲気を放っていた。
そして、ジサン達を視認し、言葉を発する。
「よくぞ参った、旅の者。我は隠魔王:ディクロ……問おう、其方らは我に挑みし者か?」
(い、淫魔王……だと……!?)




