70.おじさんとピクク
「ピクク様は女性でありながら、勇龍の役割を担っており、鉄の女龍と呼ばれ、そのあり様はまさに清廉潔白。そしてとにかくお強い」
邪龍ドラドをテイムした一行は、魔龍ピククのポイントへ向かう。その道すがら、ロワはピククについて熱弁する。
「本当にそうかぁ?」
「……」
ロワは先ほどまで崇め奉っていたドラドの横やりを無視する。
シゲサトはせっかくなのでということで、早速、ドラドを使役していた。
シゲサトの特性によりサイズダウンしており、ドラドはニョロニョロとウナギのように宙を漂っている。
「何じゃ、ロワ! へそを曲げおって、それだから主は一皮剥けぬ青二才なのだ」
「貴方の言葉は聞きません」
「まぁまぁ……」
シゲサトは苦笑いしつつ、二人の間をとりもつ。
「もうすぐ着きますよー」
ミズカはその状況をあまり気にしていないのか、のんびりとしたトーンで目的地への到着を告げる。
そこにはドラドの時と同様に、森の中としては異質な建造物があった。
見た目は和風の温泉宿のような佇まいをしていた。
そして、建造物の入口付近には、またしても看板が設置されていた。
[本ダンジョンにおいては男性は水着着用でないと入場できません。本ダンジョンのボスは必ずテイムできる。]
「ど、どういう……」
ロワは驚きというより、失意に近い表情をしていた。
「ロワ、お前はなにもわかっとらんのぉ」
◇
「で、何で主も水着になっておるんだ?」
サラは先ほどに引き続き、ウェットスーツ姿となり、そわそわしていたシゲサトに声を掛ける。
「べ、別にいいだろ! せめて心だけは男でいさせてくれよー!」
シゲサトはそのように主張する。
「そんなものか……って、ん? ってことは、主……我の身体を見て、興奮したりするのか?」
「えっ……うん、まぁ、多少はね……」
「えぇ……」
サラは白い目をシゲサトに向ける。
「で、でも、自己評価ではあるけど、多分、他の人よりはそういうのは鈍感なのかなと思うよ! あ、あと、自分の身体では興奮しないからねっ!」
「別にそこまでは聞いていないのだが……」
「っ……!」
シゲサトは微妙に頬を染めている。
それにしてもサラはシゲサトとはよく話をするなぁなどとジサンは思っていた。
生意気な小娘に弄られても気を悪くする素振りを見せないシゲサトが優しいのかな、などと彼なりに考察する。
「って、あれ……? 入れない!」
ダンジョンに入場しようとした際、想定外に入口境界線ではじき返され、ミズカが尻餅をつく。
(え……その見た目で男……でも前職の魔女は女性しかなれないはずだ……いや、それ以前に、さっきのダンジョンでドラドの出現条件を満たしたことから正真正銘の女性のはずだ……)
「な、なんででしょうね? バグでしょうか……」
シゲサトが心配そうに反応する。
「ん~……心当たりがなくもないので……少しだけ待っててください」
そう言うと、ミズカは自動販売機でおもむろに男性用の水着を購入し、ダンジョン近くの木の陰に消えていく。
「ぐが……! な、何!? わ、私もか……!?」
もう一人の人物も、いや、龍人物もさも当然のように水着に着替えずに入場しようとし、入口付近ではじき返され、やはり尻餅をつく。どうやらロワも水着になるべき対象であったようだ。
その後、ロワは水着となり、無事に二人とも入場に成功する。
木陰から戻ってきたミズカは特段、何も変わっておらず水着ではなく、騎士風の装備のままであったのだが、二度目はなぜか普通に入場することができた。
なお、男性陣の水着姿については割愛する。
◇
和風スパのような内装のダンジョンはドラドのいたダンジョン同様に一本道となっており、一行は、ダンジョンの突き当りにて、既視感のある温泉に到達し、既視感のある看板を発見する。
「嫌な予感がするんだけど……」
ミズカがそのように呟く。
ロワはすでに絶望の表情を浮かべる。
[勇栄の湯]
[ここは伝説の龍が封印されし、霊湯である。伝説の龍は身体に占める布の表面積の割合が20%以下である”男性”三名以上が湯に浸かり贄を捧げることでその美しくも勇猛な姿を顕現すると言い伝えられている。なお、20%はあくまでも最低基準であり、スパッツタイプではなくブーメランタイプがむしろ推奨される。]
「ほらなっ! ピククも似たようなもんじゃろ!!」
「”美男”指定じゃないだけ、貴方よりマシです」
「ぐ、ぐぬ……」
勝ち誇るドラドに対し、ロワが一矢報いる。
(……その点は助かった……しかし……)
「こ、この条件は……」
看板の条件を改めて確認し、皆、言葉を失う。
「男性三名以上って……」
それもそのはずだ。現在、この場にいるプレイヤーの中で、議論不要の男性はジサン一人であったからだ。
「ここまで来て、ギブアップかの?」
サラがそのように言う。
「い、いや……ちょっと待って!」
ミズカがそれを制止する。
「私、男性になります」
「え……?」
皆が彼女を頭がおかしくなったのか? というように注目する。
「ま、まぁ、そうなりますよね……こ、ここは論より証拠です…………」
ミズカは目を瞑り、覚悟を決めるように一呼吸置くと、聞きなじみのない魔法名を宣言する。
「魔法……チェンジ!」
「「「!?」」」
その魔法を宣言した瞬間、ミズカは発生した謎の暗黒空間に吸い込まれるように消えていく。
代わりにその暗黒空間から頭を掻きながら一人の人物が出現する。
その人物は男性用の水着。
鍛えられた引き締まった身体。やや中性的で端整な顔立ちをしていた。
「み、ミズカさんが男に変身した……?」
「……?」
シゲサトがわかりやすく驚きを言葉にする。サラも不思議そうな顔をしている。
「どうも始めまして、”ミテイ”と申します」
「………………あ、どうも、初めまして……」
「初めまして……」
シゲサト、ジサンは戸惑いつつも、反射的に挨拶だけはする。
(……ミテイ……確か、ツキハさん達がその名前を時々、口にしていたよな……)
「あ、えーと、説明します。実は……ミズカと俺は”とあるバグ”により、共存関係になっているんです」
「な、なんと……」
(何だそのバグ……俺のバグよりやばいな……)
ジサンは自身に存在するという死亡フラグ破損より、遥かに複雑なバグを抱えている人物が目の前にいることに驚く。
人類初の魔王討伐戦、第四魔王:アンディマとの戦いで月丸隊の一員として参加し、不運にも死亡したミテイは、人類初のコンティニューを適用された。
しかし、初回の不具合により、ミテイはミズカの中に魂だけ、ぶち込まれてしまったのである。
その後、紆余曲折あり、肉体は取り戻し、今は入れ替わることが可能になったのであった。
「……そうだったのですね」
ジサンはひとまず納得を示す。
「想像以上にご理解が早くて逆に驚きです」
「そ、そうですかね」
このゲームは無茶苦茶なことが平然とある。
ジサンは既にそのことに慣れつつあった。
「すごいです! これで男性が一人増えました! で、でも……これじゃあまだ……一人足りな……」
シゲサトは唇を噛み締めるようにしながら、そう言いかける。
「えっ、いるじゃないですか……」
そう言ったのはジサンであった。言った本人も少し驚いていた。
「あっ! た、確かにロワさんが……」
だが、ドラドのため……いや、本当はきっと皆のために一肌脱いだあの漢が、漢じゃないなら何なんだ……そう思えた。
「いや、シゲサトくんですよ」
「えっ……!」
「上手くいかなかったら、申し訳ない……でも、試してみる価値はあるかと……ロワさんはその後でもいいかなと……」
「お、オーナー……」
「面白いですね! ミズカの中から見てたので、だいたい、事情は分かります。勝算はなくはないですよ」
ジサン、シゲサトのやり取りを見ていたミテイがそのように言う。
「えっ……?」
「皆さん、AIの大好きな二つのアドバイス知ってますよね?」
それはAIがゲーム開始時にプレイヤーに提供した二つのゲーム攻略に関するアドバイスである。ご丁寧にいつでもメニューから確認可能だ。
「一つ目はこのゲームは”フェア”であること。そしてもう一つは……」
ある意味、一つ目のアドバイスと矛盾するこの言葉。
「「「”先入観を抱くな”」」」
◇
三名は意を決して湯に浸かる。
あんなこと言ってしまったが、うまくいかなかったら逆にシゲサトを傷つけてしまうかもしれない。
ジサンはその時になって、そのことを考慮せずに衝動で動いてしまった自分を少し責める。
だけど、それ以上にあの時のシゲサトくんは格好良かった……! その感情に偽りはない。
『そういうの嫌いじゃないわ……特別に合格とする』
「「「っ……!?」」」
妖艶を思わせるねっとりとしたトーンの女性の声が響き渡る。
そして、巨大な生物が湯の中から飛び出してくる。
その生物はドラド同様に蛇のような長い胴体、可視性の黒紫のオーラを放っていた。
ドラドと異なり手足はないが、ステンドグラスのような美しい鱗がところどころに散りばめられ、その姿からは美しさが感じられた。
『我は魔龍ピクク……我に挑みし、益荒男は汝らか……』
水着姿の男達を前に龍は囁くようにそう告げる。
「ピクク様……! 鉄の女龍と呼ばれた貴女がなぜそのようなお姿に……!」
『ロワ……いたのね……』
「っ……」
『ロワ……隠していてごめんなさい……でもね……龍人、誰しも一つや二つ、裏の顔を抱えている物よ……本当はいつも……貴方のその屈強な上腕二頭筋を食べてしまいたいと思っていたのよ!』
「っっ!?」
ロワは言葉を失う。
「そんなもんだよ、ロワさんよ。強い奴ってのは癖が強いんだよ」
ミテイがロワにそんなことを言って慰める。
(……確かにそんな気がする)
「さぁ、シゲサトくん、頑張りま……っ!?」
ジサンがシゲサトに声を掛けようとして驚いてしまう。なぜなら、シゲサトの頬には一粒の雫が零れていた。
「あっ……なんだろこれ……恥ずかしい……」
「……」
「……たかがゲームのイベントかもだけど…………認めてもらえたのが……」
(……)
「当たり前ですよ……シゲサトくんは人間として、格好いいですから……」
「っ!? お、オーナー……有難うございます」
「お二人さん、好きだ……!」
「「えっ……!?」」
ジサンとシゲサトは、急な告白の方向に首を向けると、ミテイが目元を前腕部で拭っていた。そして胸に手を当てるような仕草で続ける。
「なんか久しぶりにやる気出てきた。ここは一つ、ピククは俺にお任せください」
「「えっ……?」」
「特にジサンさん……貴方には恩もあるので……」
(……? なにかしたっけ……)
ミテイはジサンらの応えを待つこともなく、一人、ピククに突進していく。
『あら……いい男……』
「そりゃどうも……!」
ミテイは剣でもって、ピククに攻撃を加えていく。
見たところ通常攻撃である。
ピククのHPが着実に減少する。
ただし、スキルでガンガン攻めていくタイプのミズカほどの派手さはない。
ピククも黒紫のオーラを触手のように伸ばし、ミテイに対し、攻撃を加える。
その攻防がしばらく続く。
(……弱体化くらいした方がいいのだろうか……しかし、任せてくれと言っていたし、それも野暮だろうか……)
ジサンはそのように考え、しばらく戦況を見つめることにする。
「すごい……」
隣りで同じように戦況を見つめていたシゲサトがそんな風に零す。
「そうですね……」
ピククのHPは少しずつではあるが、着実に減少していく。一方、ミテイのHPは全く減っていない。
『っっっ……』
ピククからは焦りの表情が見て取れる。
『何が……何がどうなっているの……?』
何もトリックなどない。ミテイが全ての攻撃を”プレイングで”回避しているだけであった。
『だ、だが……このままでは終わらぬぞ……』
「何か来るか……」
ミテイは警戒するようにバックステップで距離を空ける。
『無駄だわ……! なぜなら”これ”は回避不能……!』
そう予告するピククの両眼が怪しく輝く。
「っ……!」
『スキル:インパクト・アイ』
「くっ……」
打撃エフェクトがミテイを襲撃する。
本戦闘において、初めてミテイのHPゲージが減少する。装備が水着であることもあり、一撃はそれなりに大きく、半分程度のダメージを受ける。
『どんどん行くわよ……スキル:ドレイン・アイ』
「っ……!」
今度はミテイのMPゲージが激しく減少する。
『”魔眼”の力はどうかしら? 貴方がどんなに避けるのが上手でも、このスキルは私が視認すれば必ず命中させることができる』
「なるほどな……確かに効いた」
「ミテイさん……! 大丈夫ですか……? そろそろ加勢しま……っ!」
シゲサトが心配そうに声を掛けようとするが、ミテイがそれを手で制止する。そして、アイテムの使用を宣言する。
「魔具:薬草」
(や、薬草……!?)
ミテイは薬草の使用により、HPが僅かに回復する。
だが、ジサンもシゲサトもその出来事については驚いていた。
リアル・ファンタジーの仕様上、戦闘中に薬草を使用するようなシーンはほとんど見られないからである。
リアル・ファンタジーは戦闘に持ち込めるアイテムにおいては非常に渋い設計となっており、その貴重な枠を薬草などの僅少回復の道具に使用するなど有り得ない行為であった。
『ふふふ……かわいいわね』
ピククは幼子のいたずらを見守るような目線をミテイに向ける。
「そうだろ……? なら、もっと使ってやるよ……魔具:薬草、魔具:薬草、薬草……」
『え……? 何……?』
「薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草」
(……!?)
『な、な、な、なんて……』
「あ、こんな使わなくてよかったか……えーと、MPはまぁいいか……そもそも俺はMPを消費するスキルも魔法も持ってないからな……」
相手を煽るようにそう言うミテイのHPは戦闘開始時と同じものとなっていた。
「俺は1ターンキルでないと倒せない」
「ど、どうなってんのこれ……!」
シゲサトが興奮気味に言う。
(……全くわからん)
「えーと、少しだけ説明すると、俺はとある特性により、アイテムの持込が無制限です」
「「っ……!?」」
ミテイが齎した唯一の個人情報であったが、それでもジサンとシゲサトは十分に驚く。
それはリアル・ファンタジーのプレイヤーであれば規格外であることがすぐに分かる。
ミテイのクラスは”トライアル”であった。
トライアルとは全プレイヤーが最初に与えられるクラスである。
ちなみに、ジサンは初日にしてトライアルから剣士のクラスに変えてしまった。
しかし、ミテイは今日に至るまで、一度もクラスチェンジをしなかったのであった。
クラスチェンジは無暗にしない方が良いというのが、掲示板開始以降の通説であったが、その極致がミテイであった。
雑魚クラスであるトライアルはスキル、魔法等はほとんど使えないが、ある点を超えると、興味深い特性を覚える。
それが“試供品コレクター”と“モノは試し”の二つである。
試供品コレクターにより、戦闘への道具持込が無制限になり、そしてモノは試しにより、アイテムの使用後に再びアイテムを使用できるまでの間隔が短くなるのである。
それを応用したのが、彼お得意の多重薬草である。
初期クラスのトライアルであり続けた。
ジサン同様、ある意味、狂気と言える行動がこのゲームにおける”強さ”を生み出していた。
「んで、ピクク様、大変申し上げにくいのですが、大方、詰みです」
『えっ……』
ミテイは手に持っていた地味な銀の剣から、紫の派手めな斧へと武器を変更する。
『何を……』
「この武器に付与された効果は”視覚スキル無効”」
『っ……!?』
(……なんとマニアックな武器を……)
「この意味、わかりますよね? 要するにも貴女の切札らしき、魔眼はもう効きません」
『な、なんてこと……』
視覚スキル無効……その効果が付与された武器は、通常は外れ武器扱いされている。あまりに限定的な場面に特化した性能であるからだ。
リアル・ファンタジーは事前に敵の情報を収集できるケースとそうでないケースがある。
強いボス戦やイベント戦では、情報収集が困難であり、大抵の場合、対策は難しく、どんな敵にも対応できる応用力が要求される。
そのため、こういった特化性能の武器は武器屋で叩き売りされているものも珍しくない。
だが、アイテムの持込無制限のミテイはそういった武器も大量に仕込んでいるのであった。
(ミズカさんの時、半分チートだと思ったが……これもう完全にチートだろ……)
ジサンはそのように思うのであった。
「それでは、続きをしましょうか。魔眼以外に何かあれば、まだ分からないけど……」
『っっっ……!』
◇
シゲサトのメニューにポップアップが発生する。
ミテイはとどめはしっかりとシゲサトに譲ってくれたのだ。
[ピククが仲間になりたそうだ]
[テイムしますか?]




