69.おじさんとドラド
ミズカ、シゲサト、そしてサラがパーティを編成する。
サラは「マスター! 一時も離れたくありません!」などと抵抗を示したが、シゲサトの覚悟を無駄にしたくなかったジサンはサラに頼み込み、なんとか納得させた。
その際、サラを納得させるため、この私がこんな下級ダンジョンごときでサラの助けが必要だとでも? という気障ったらしいことを言ってしまい、ジサンは幾分恥ずかしい気持ちになっていた。
そして三名は意を決するように湯に浸かる。
「…………どうだろう…………何も起きないね……」
ミズカがそのように言う。
ミズカとシゲサトは自身が条件を満たしていないのでは? と考える。サラはそもそも必死度が低いためか純粋に温泉が思いの外、気持ちよかったのかマイペースに目を細めていた。
「……っ」
シゲサトは原因が自身にあると考え、湯の中で、厳重に巻いた晒の一部を緩める。
そのかいあってか、変化が起こる。
突如、温泉が泡立ち始め、次第にその勢いが増していく。
ミズカとシゲサトは慌てて、温泉から出る。
「「く、来る!!」」
ミズカとシゲサトがそう叫ぶと同時に、巨大な生物が湯の中から飛び出してくる。
その生物は蛇のような長い胴体に手足が付いている。その姿はニホン風(大陸由来)の龍のそれに近く、可視性の漆黒のオーラを放っていた。
『我は邪龍ドラド……我に挑むかわゆ……ゴホン……勇敢なる者は汝らか……?』
「え……? 嘘……これがドラド様?」
ミズカは困惑と驚きの表情を見せる。
「こ、これは……確かに……ドラド様の龍のお姿だ……!」
ロワが黒龍を見上げ、驚きの表情を浮かべる。
「し、しかし、本来は神々しい聖なる光を放っていらっしゃった。なぜこのような邪悪な姿に……」
『ロワか……』
「ど、ドラド様……!? 意識があるのですね!?」
『いかにも……』
「なぜそのような姿に……何か……邪悪な力に操られて……」
『それも確かにあるかもしれん……どうも解放的な気分になっている……それは事実である。だが、本質は違うぞ……ロワ……』
「えっ……?」
『龍人誰もが……隠し事の一つや二つ、抱えているものなのだ……』
「……ど、どういう……?」
『わからぬか……それだからお前は未熟なのだ……つまるところ、これが我の本来の姿だ……! 我は時間さえあれば……女性の前から見えるお尻はなぜこれ程までに私の心を苦しめるのか……について考えていたのだ! どうだ! 驚いたか!!』
「っっっ!!」
『あー、すっきりした。皆の前で賢龍ぶるのも結構、しんどかったのでな……』
「……っ」
ロワは言葉を失い、茫然とする。
「ロワさん……」
憧れの人が割とアレな人だった。その事実にショックを受けるロワを見て、いつの間にか短パンを着用したミズカは心配そうな顔をする。
だが、それはミズカだけであった。
サラはこれくらいのことではいちいち動じない。というか一人だけまだ湯に浸かっている。
そして……
「喋るドラゴンだぁあああああ!!」
『え……?』
先ほどまでのローテンションはどこ吹く風。
生贄の予想外の煌めく瞳に邪ドラゴンさんは幾分、たじたじとする。
◇
巨大な黒く逞しい龍が三名の前に大山のように屹立する。
「さて……念のため確認ですが、シゲサトさんとサラちゃんはヒーラーではないですよね?」
ミズカが開幕一番、急造のパーティメンバーに確認する。
「俺はドラグーンなので違います」
「違う」
シゲサトとようやく湯船からノソノソと出てきたサラがそれぞれ応える。
「だよね……私も違う……ってことはちょっと慎重めにいかないとね……」
「とりあえず……魔法:オル・ガード」
ミズカがパーティ全体への防御強化魔法を使用する。
パーティメンバーに上昇流のリング状のエフェクトが発生する。
「有難うございます!」
「一応、感謝する」
シゲサト、サラがお礼を言う。
「とんでもない! さて、それじゃ、頑張りましょう!」
「よーし! 行くぞ! スキル:龍雷砲……!!」
シゲサトが初手から積極的に攻めていく。シゲサトの抱えるボウカンの銃口が蒼い光を放ち、強い発射音と共に稲妻のエフェクトを纏った弾丸が複数発、ドラドに向けて放たれる。
『グギャアア……!』
攻撃はしっかりと命中し、ドラドのHPが目に見えて、減少する。
「スキル:雪華一閃」
『っ!?』
シゲサトの攻撃の間にしっかりとドラドとの間合いを詰めたミズカも初手からスキルを宣言する。
素早い動きで一瞬にして邪龍との間を詰めたミズカは駆け抜けるように一太刀を邪龍に浴びせる。
一筋の斬撃エフェクトが発生した後、その切り口から美しい真っ白な花が一輪、咲く。
直後、その花を中心に派手な氷結エフェクトが乱発生する。
ドラドのHPが再び減少する。
(流石、速いな……)
最上位クラスのプレイヤーであると知っているとはいえ、ジサンはミズカの動きの速さに改めて驚く。
しかし、魔女と公表されていたが、その戦闘スタイルは明らかに魔法職ではなく、近接職のそれであった。
すでにクラスチェンジしたのだろうか? とやや面食らう傍観者ジサンであった。
『グギャァアア!』
邪龍はカウンターで、黒い鱗を拡散するように撃ち返す。
「っっ!」
ミズカは素早く、そして最低限の動きでその多くの回避に成功するが、近くにいたこともあり、僅かに被弾してしまう。
「うわっ……!」
その僅かな被弾により、ミズカのHPは1/8ほど減少する。
「こんなにダメージ受けちゃうか……」
ミズカが呟くように言う。
リアル・ファンタジーではプレイヤーには防御力は存在せず、装備品によりその数値が決まる。
戦闘条件である水着により、普段、愛用している装備より遥かに防御力が劣る。
ただし、水着のような見た目の防具でも防御力が極めて高い装備も存在するため、必ずしも現実の素材の硬度に即した数値設定がされているわけではない。
「慎重にいくってより、むしろ一気に決めた方がいいか……」
ミズカが呟く。
「ふん……一応、手を貸してやるか……」
ミズカの呟きを聞いていたのかは不明であるが、そんなことを言いながら、サラは掌を邪龍に向ける。
サラの周囲に漂い始めた無数の黒い光弾が邪龍を目掛け、出発する。
『グギャァアアアア!!』
光弾の着弾と同時に、邪龍は激しく悶絶し、苦悶の表情を浮かべる。
「サラちゃん、すごっ!」
「めっちゃかっこいいんだが!」
「えっ!? そ、そうか……?」
ミズカとシゲサトの素直な誉めにあい、意外にもサラは少し照れるような仕草を見せる。
「彼女らは一体……」
その戦いぶりを観戦していた龍人ロワは驚きを漏らす。
「あのような醜悪な姿になられているとはいえ、元は三守龍の一角、賢龍のドラド様……そのドラド様が一方的に……」
(……醜悪って……)
三名のそれぞれの初撃により、邪龍のHPはあっという間に減少し、すでに残り半分になっていた。
『よくぞ我をここまで追い詰めた……』
ドラドは戦闘のクライマックスを匂わせる言葉を吐く。
「ふん、まだ始まったばかりではないか?」
『っ……!』
それに対し、サラは嘲るように返答する。
確かにこれからクライマックスというにはややあっさりし過ぎであった。
しかし、こういった台詞は戦闘の終盤に攻撃パターンが変わる合図でもある。
『貴女らは確かに強い……しかし、不運であったな……』
「な、何……?」
『ふふふ……スキル:龍の守り……じゃ!』
「「っ!?」」
その言葉と同時にドラドの周囲に亀の甲羅のようなエフェクトが発生する。
聞くからに、そして見るからに守備的なスキルであった。
「ガードスキルか……厄介ではあるけど、もう半分は削れてる! このまま押し切る! スキル:速射砲!!」
シゲサトはドラドの言葉に怯むことなく積極的に攻撃を仕掛ける。
素早く放たれた弾丸はドラドに向かって、飛翔する。
「っ!?」
しかし、全弾がドラドの周囲に現れた防護フィールドにより搔き消される。
「うっそー! ダメージゼロ!?」
「ならっ、近接攻撃ならどうかな……!」
ミズカがその言葉の通り、ドラドに斬りかかる。
(……)
しかし、結果は同じであった。
『ふっふっふっ……残念であったな……我には魔力なき攻撃は通用しない』
「えっ……!?」
シゲサトが焦りの表情を浮かべる。
「もしや……あのスキル……通常攻撃とスキルダメージ無効か?」
サラが呟くように言う。
「えっ、そんなのありなの!?」
「あっ、確かに前にもそういうことありました! あれは忘れもしない第一魔王のロデラ戦でした!」
シゲサトの驚きに対し、ミズカが過去の実績を述べる。
「もしかして、結構まずい……?」
リアル・ファンタジーには、攻撃技として、スキルと魔法が存在する。
ドラドの”龍の守り”はそのうちのスキルを無効化する物である可能性が高いということであった。
自身のドラグーンは魔法による攻撃技を有さない。
サラはよくわからないがこれまで魔法を使っているところを見たことがなかった。
ミズカはかつては魔女であったというが、今はどう見ても近接職。
近接職は勇者や聖騎士に代表されるように魔法ではなく、強力なスキルを主体に戦う職業であるのが通常である。
つまり、このパーティも誰もドラドに攻撃を加えられないのではないか? シゲサトは焦りを浮かべる。
『じっくりと楽しもうではないか……』
「っ……!」
その現状を読んだのか、ドラドは笑みを浮かべ、ねっとりとした口調でそのように言う。
そんな彼の周囲に光のエフェクトが発生し、クルクルと回転を始める。
『ん……? 何じゃこれ?』
「魔法……マギ・グレア」
『ギャアアァアアア!!』
結果として、ドラドの余裕、優越感は一瞬にして終了する。
光は中心であるドラドに吸収されるように猛スピードで、次々に着弾し、白い爆発を発生させる。
「え……!? ミ、ミズカさん……!?」
「ふっふっふっ……残念だったね!」
ミズカが若干の得意顔で、ドラドの先刻の余裕めいた口調を真似するように言う。
「ミズカさん、近接職じゃないの!?」
シゲサトが驚くように言う。
「え、えーと、じ、実は……両方、使えまして……」
「りょ、両方……!? つまり両刀ってことですか……!?」
「はい……」
両刀とは、このゲームにおいて、スキルと魔法の両方を使いこなす職業である。
有名であるのが勇者の前職とするプレイヤーが多い魔法剣士である。
実際にスキルが効きやすい敵、魔法が効きやすい敵が存在するため、両刀職が有利に働くシーンがあり、多少の需要はある。
しかし、結局のところスキルか魔法に特化した職業に見劣りすることが多く、上級者になるほど使用率は低下する傾向にある。
要するに両刀職は器用貧乏になりがちであるということだ。
(しかし……今の威力……)
ミズカが使用した魔法はどう見ても器用貧乏の破壊力ではなく、上級職のそれであった。
シゲサトは眉をひそめて確認する。
「失礼ですが、ミズカさんのクラスって何なんですか……? 魔法剣士にしては……」
強すぎた。
「え、えーと……僭越ながら”魔勇者”と言います……」
「魔勇者……? 聞いたことない……」
それもそのはずであった。クラス:魔勇者はアングラ・ナイトと同様に、最初に条件を満たした者にのみ権利を与えられるユニーク・クラスであった。
『ま、魔法も使えたか……ならば、お前を捕らえてくれよう……!』
「っ!?」
ドラドの体から触手のようなものが飛び出て、高速でミズカの方に迫る。
タイミング的には回避は間に合わないかに思われた。
が、次の瞬間には、ミズカはその場所にいなかった。
『ど、どういう……!?』
ドラドの目からは物凄い速度でミズカが移動したように見えただろう。
プレイヤーの目からは異なる現象が起きていた。
触手がミズカを捕らえるかという瞬間、ドラドの動きが急激に減速する。
いや、ドラドだけではなかった。
その場にいたプレイヤー以外の速度が緩慢になる。
それはまるで時がゆっくりと流れるかのように。
「魔法……マギ・スロウ」
それがその事象を発生させていた魔法であった。
「う、嘘でしょ……じ、時空系魔法!?」
シゲサトは更に驚く。
それは特定の対象の速度を遅くする弱体化の魔法でもなく、明らかに空間そのものを減速させる効果であり、シゲサトもその恩恵を受けたのであろう。
「は、はい……」
「高度に両刀を使いこなし、時空系魔法まで使えるって……」
(これもう半分、チートだろ……)
ジサンはそのように思うのであった。
「で、でも……どうしよう……通常攻撃もスキルも使えないんじゃ、俺の攻撃が入らない……肝心のテイムができない……」
「うーん……龍の守り……通常攻撃、スキルが無効って、明らかに効果が強力だし、ランク魔王ってわけでもないし、しばらくしたら効果が切れるんじゃないかな……とミテイさんが言っております」
『っ……!』
ミズカの予想の通り……なんともタイムリーなタイミングでドラドから防護エフェクトが消滅する。
(だからミテイさんって誰だよ……)
「ビンゴ!」
ミズカは嬉しそうにそう言う。
「ドラド様がまるで子供のようだ……」
ロワは自身の憧れたドラドの苦戦する様に驚きを隠せなかった。
『おのれぇええ!!』
後輩から子供のようと評されたドラドは最後の足掻きを見せ、凄まじい量の邪手がまるで防護壁のように発生する。
「ミズカさんにほとんど持っていかれちゃったから、最後くらい頑張ります!」
「はい! シゲサトさん、お願いします!」
「了解です! いけぇええええ! スキル:撃滅貫通砲!!」
シゲサトの砲台からはレーザーのように残像を残す弾丸が放たれる。
その反動はシゲサトを数メートル後退させる程である。
激しく揺らめくレーザーの閃光は邪手の防壁をまるで豆腐のように容易く貫通し、ドラドの雄々しい胴体へと到達する。
『グギャアアアィグゥウウゥゥ……――』
ドラドは激しく咆哮し、次第に果てるように静かになる。
そして、シゲサトのメニューに歓喜のポップアップが発生する。
[ドラドが仲間になりたそうだ]
[テイムしますか?]
「やりました! 皆さん、有難うございます!」
シゲサト見事、ドラドのテイムに成功する。




