68.おじさん、讃える
「へぇ~、中はこんな感じになってるんだ~。なんか南国みたいでいい雰囲気だね!」
温暖な気候、南国の植物、広々とした美しい砂浜、そしてエメラルド・グリーンの海。
中はまるで南国のビーチのようになっていた。
ミズカは水着姿であり、初心なジサンはやや目のやり場に困るような状況であった。
ただ、水着の上から、ラッシュガードという羽織るパーカーのようなものを着ており、露出控えめであったのがジサンにとっては救いであった。
「どうです? マスター!」
そして、もう一人、水着姿の者がいる。サラだ。
「お、おぅ……」
「おぅって何ですか!?」
サラは白いビキニ姿で、ミズカのような羽織ものもなくノーガード。
上背の割に出るところは出ている。
褐色の肌との対比もあり、かなりのパンチ力があった……が、少々、罪悪感を覚えるような危うさもあり、ジサンは何とも言えない複雑な心境であった。
ミズカ、サラが水着であるのは言うまでもなく、このダンジョンの入場条件であったからだ。
ご丁寧に水着の自動販売機まで設置してあった。
そのインパクトが大きく、見逃しそうになったが、入口の看板にはもう一つ記載されていることがあった。
[本ダンジョンのボスは必ずテイムできる]というものであった。
ボス=邪龍ドラドであろうか? と皆、予想し、ロワにもボスがドラドであった場合、テイムすることで、取り戻すことができるかもしれないと伝えた。
ロワはテイムについて、よくわからない様子であった。
さらに、ボス=邪龍ドラドであった場合の旅の者達の身を案じる。
しかし、災厄の襲来が明日に迫っているということもあり、やむなしというように納得するのであった。
さらに、この件について、シゲサトは大はしゃぎするかと思いきや、何やら動揺しており、それどころではないようであった。
「で、何で、主はそんな恰好をしておるのじゃ?」
「えっ!?」
サラが挙動不審の人物に問う。
「え、えーと……ビキニ水着はちょっと……俺も海パンで砂浜を闊歩したいよぉ」
「はぁ……」
サラは”何言ってんだこいつ”とでも言いたげにシゲサトに訝しげな視線を送る。
それもそのはずだ。
ダイビングならまだしも、この美しいビーチにおいて全身を包み隠すようなウェットスーツ姿のシゲサトはかなり不審であったし……何より少々、残念であった。
「えーと……」
ミズカも不思議そうにシゲサトを見る。彼女にとってみると、今、初めてシゲサトの性別が分かった状態である上に、謎のウェットスーツである。
「隠しているわけではないので、この際、言いますが、俺は生物学的には女性なんです。そこは事実として仕方ないんです!」
「生物学的に……と言うと……あっ……」
ミズカは一瞬、不思議そうな顔をしたが、何かデリケートなことであると悟ったように口をつぐむ。
「しかし……なぜ女性だけ水着……? 本当にこんなところにドラド様はいるのだろうか……」
ロワは眉間にしわを寄せ、悩ましげに言う。
「看板を見る限り、ボスがいるみたいだし、とりあえずそいつを探しましょうか」
ミズカが音頭を取り、皆、了承する。
◇
ダンジョン内は一本道になっており、次第にビーチエリアから外れ、スパ・リゾートのようなエリアに変わっていた。
「ま、マスター! あれは何ですか!?」
サラが前方に出現した巨大な滑り台を見て、ジサンに質問する。
「ん……? ウォーター・スライダーじゃないか?」
「ウォーター・スライダー!?」
「滑り台みたいなものだ」
「す、滑り台!?」
サラは子供のように目を輝かせる。
「行って来ていいぞ」
「はわぁあああ」
サラは素直に喜びを表現する。
「というか、あのウォーター・スライダー、ダンジョン奥に行くには通らないと行けないみたいです……」
横にいたシゲサトが言う。
「ほ、本当ですか……」
確かにダンジョンの進行方向はウォーター・スライダーへの入口で塞がれていた。
(ってことは、自分も滑らないといけないのか?)
「あっ、でも見てください」
ミズカが何かに気付く。
(……ん?)
ウォーター・スライダーへの入口の脇に小さな扉があった。
[男性用入口 フェア・ウェイ]
(ご丁寧に男性用入口があるのか……なんだフェア・ウェイって……)
「本当にこんなところにドラド様はいるのだろうか……」
ロワは額に手を当て、悩ましげに言う。
「あれ……? シゲサトくん、そっち行くの?」
「え……?」
とぼとぼとウォーター・スライダーへと足を運ぼうとしていたシゲサトはその声掛けに虚を突かれたような表情を見せる。
◇
「ここは一つ、誰が速く滑れるか勝負といこうではないか……」
「わ、わかったわ! でもお姉さん負けないよ!」
「ちょ、えっ? 勝負……!?」
サラ、ミズカ、シゲサトは横並びのウォーター・スライダーのてっぺんに腰掛け、サラがフライング気味に滑降を始め、ミズカもすぐに反応する。
シゲサトは少々、考え事をしていたのか反応が遅れてしまい、出遅れてしまう。
サラの一言により、レースは突如、勃発したのである。
「滑ってきますね……」
「そ、そうですね……」
男性用入口 フェア・ウェイを抜け、すでにウォーター・スライダーの終着点地点で待機していたロワとジサン。
二人ともどちらかというと寡黙なタイプであり、特に会話が弾むこともなく、レースの様子をぼんやりと眺めていた。
水着姿の二名、およびウェットスーツ姿の一名が巨大な直滑降の滑り台を猛スピードで降りてくる。
「わぁい! 私の勝ちぃ!」
「二人とも速いよ!」
滑り台レースはミズカが勝利したようであった。
サラは僅差で敗れ、スタートの遅れが響いたのかシゲサトはやや遅れてゴールする。
「ふん……重量の差が出たか……」
サラは悔しかったのか負け惜しみを言う。
「ちょっ! 待って! 例の斜塔の実験知らないの!? 重力による物体の落下速度は、その物体の質量の大きさに依存しないんだよ! QED!」
ミズカは意外とむきになって反論する。女性にとってその質量の多寡は重要事項のようだ。
◇
「これは……ひょっとして温泉ですかね?」
「ひょっとしなくても温泉ですね」
ミズカが確認し、シゲサトが応える。
ウォーター・スライダーの先へ道なりに進むと、岩で囲まれ、湯気が立つ温泉らしき場所に辿り着く。
「だよね。この先は道が途絶えているし、ここがダンジョンの最奥かな……」
「そのように見えますが……でも、何もいませんね……俺はドラドがいるかなーと思ったのですが……」
「……」
龍人のロワは神妙な顔付きをしている。彼は当初から何か下心を感じさせるダンジョンに本当にドラドがいるのかと疑っていた。
そのため、ある意味、安堵したような、それでいて、数少ない手掛かりが潰えて、安堵している場合ではないというような微妙な心境であった。
「って、あれは看板かな?」
と、シゲサトが温泉の脇に設置してある看板を発見する。
「なになに……」
[賢才の湯]
[ここは伝説の龍が封印されし、霊湯である。伝説の龍は身体に占める布の表面積の割合が20%以下である”美女”三名以上が湯に浸かり贄を捧げることでその猛々しい姿を顕現すると言い伝えられている。なお、20%はあくまでも最低基準であり、それ以下である分には問題なく、むしろ推奨される。]
(……随分、具体的な数値を提示する伝承だな……そして、最後の一文がどことなく気持ち悪いのは俺だけだろうか……)
女性の平均的な表面積は約1.4平方メートルである。
ここで、ビキニスタイルの水着のおおよその面積を算出する。
まずはボトムである。底辺(ルビ:ウェスト)を30センチメートル、腰から恥骨までの高さを20センチメートルと見積り、前後2枚の三角形として近似する。
一方、トップスの布部分はやや大きめに半径10センチメートルの2つの円であると近似する。
また紐部分は十分小さく、ゼロであると仮定すると、
(0.3×0.2÷2×2)+(0.1×0.1×π(3.14)×2)≒0.12平方メートルである。
これを百分率で表示した場合、
0.12÷1.4×100≒9%
となり、邪龍出現条件の身体に占める布の表面積の割合が30%以下を十分満たせそうである。
「な、なんて邪悪なの……!?」
龍の出現条件を確認したミズカが焦燥の表情で呟く。
「え? 俺達の邪龍さんって何? 何言ってるの? ミテイさん……! ちゃんと聞こえてたよ!」
(……)
ミズカがまた何やら呟いている。
「ずっと疑っておりましたが、やはりここにはドラド様はいらっしゃらないようです」
「えっ? ロワさん、どういうことでしょう?」
「あの明鏡止水の賢龍、ドラド様がこのような条件を提示するはずがありません」
「そ、そうですよね……ちょ、ミテイさん、ドラド様はむっつりなんかじゃないよ……! きっと……!」
「……」
「あっ、いや、何でもないです」
真顔でミズカを見つめるロワを見て、ミズカが焦るように否定する。
ミズカは一見、とても普通な女の子であったが、時折、一人で何かと話しているような素振りを見せており、不思議だなぁとジサンは思っていた。
「まぁ、ドラド様じゃないにしても、ここまで来たのだから試してはみたいよね……えーと……身体に占める布の表面積の割合が20%以下である美女三名……」
ミズカは改めて条件とメンバーを照らし合わせるように各人を目線で追い、そして思考を巡らせる。
美女かどうかは置いておいて少なくとも女である自身は候補になるだろう。
少し恥ずかしいが、ラッシュガードを脱げば、表面積の条件も満たせそうだ。
サラは美女以外の何物でもなく、絶対に大丈夫……もう一人は……
明らかに布の表面積の割合が80%以上のシゲサトに目線を送る。
シゲサトは無言で俯いていた。
「……ロワさんもドラド様はいないって言うし、今回は止めておこうか」
ミズカはそう言う。ジサンも頷き、その意見に合意する。が……
「ちょっ……! ちょっと待って!」
俯いていたシゲサトが声をあげ、皆がそちらを向く。
「……俺がやればもしかしたら条件を満たせるかも……」
シゲサトは少々、辛そうに言うのでジサンは心配になる。
「シゲサトくん……無理はしない方が……もしかしたらフレアとかでも代替できるかも……」
(フレアなら特性:応援で俺がいないパーティに参加することができる。精霊に水着を強要するのはそれはそれで気が引けるが……)
「お気遣い……有難うございます、オーナー。ですが、俺、このドラゴンに会いたいんです!」
「……!」
「こんなレアっぽいドラゴンを前にして、こんなことで引き下がってはドラグーンの名が泣きます!」
シゲサトの目に力が入る。
「俺、やります……! 漢なら一肌脱がなきゃ!」
◇
「……美しい」
どこかへ去り、再び現れたシゲサトを一目見てそのように呟いたのは意外にもロワであった。
「……」
シゲサトはやはり恥ずかしいのか少し俯いている。
シゲサトは短パンタイプのボトムスを履き、胸部には割と厳重に晒を巻いていた。
(う……こうしてみるとやはり元は女性なのだな……)
シゲサトの身体のラインは男性にはない曲線美を描いていた。
(しかし自己を犠牲にしてまでのドラゴンに掛ける思い……果たして自分にそれができるだろうか……? シゲサトくん、何という漢なんだ……)
「シゲサトくん、君はかっこいいよ! 男の中の男だ」
ジサンは自然とそのような言葉をシゲサトに掛けていた。
「え……!?」
シゲサトは虚を突かれたように目を丸くする。
(あ……変なことを言ってしまっただろうか……)
「あ、有難うございます」
シゲサトは、はにかみ笑いを見せる。




