65.おじさん、迷い込む
「お、オーナー……」
「へ……?」
バスの中で爆睡していたジサンは通路を跨いで反対側の席に座っていたシゲサトによって目を覚ます。
(えーと……)
確か、グロウがバス停に向かうのを阻止してきたが、それをウォーター・キャットのミズカに助けられ……バスには乗ることができて……
「ま、マスター……! らめれすそんなのぉ……!」
「!?」
唐突な身に覚えのないイヤヨにジサンはびくっと肩を揺らす。
「マスター……むにゃむにゃ」
「……」
ジサンの隣、窓側の席ではサラが未だ眠っている。
気付けばバスは停車している。
「申し訳ない、寝てた。着いたのかな?」
「あ、いえ……実は俺もオーナーが気持ちよさそうに眠っているのを見ているうちに寝ちゃってまして……」
「そうでしたか、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
「いえいえ……そんなことは……でも、ちょっと妙ですね……」
シゲサトが周りを見渡しながら言う。
「ん……?」
ジサンもシゲサトに倣い、周りを見渡す。
そして確かに少し妙だなと思う。
元々、バスに運転手はいないのでその点は不思議ではないのだが、バスの扉は解放されており、外はまるで森……いや、ダンジョンのようであった。
そして時間は早朝……バスに乗ったのは夕方くらいであったから、つまるところ一晩眠っていたことになる。
「うーん……とりあえずミズカさんも起こしてみますか……」
「……えぇ……」
同じバスに乗り合わせた唯一の乗客……ウォーター・キャットのミズカもバスの中でスヤスヤと眠っていた。
◇
「な、何ですかーー! これぇええ!!」
バスの外に出たミズカは分かりやすく驚きの表現を示す。
ジサンはこれまでのミズカを見て、感情豊かな人だなぁと思う。
「うわぁあ! どうしよう! 更に遅刻だ……! 連絡しなきゃ……!」
ミズカはいそいそとメニューを弄り出す。
「うーん、全国マップ位置、表示されませんね……何でだろう」
メニューをいじりながらシゲサトが言う。
見た目は森風のダンジョンのそれであったが、シゲサトの言う通り、全国マップの位置が表示されていないのは確かに不気味であった。
「ふわぁ~~」
一方、サラは未だ眠そうに目を擦っている。再起動まで多少時間が掛かりそうだ。
「うわっ! 困りました! なんか、連絡が遮断されてます!」
「えっ……!? あ……本当だ……」
ミズカからもたらされた連絡遮断の情報をシゲサトも確認する。
「うーん、何かのゲーム的なイベントに巻き込まれてしまったのかもですね……となると、何とかクリア条件を突き止めて、満たさないと……ですね」
シゲサトが呟くように言う。すると、ミズカがそれを拾う。
「困ったなぁ、でも、こんなのに巻き込まれたのも何かの縁、一蓮托生、一緒に頑張りましょう!」
◇
「改めまして、初めまして……ミズカです。遅刻して今はソロですが、普段はウォーター・キャットというパーティで活動しています」
「あ、わざわざご丁寧に……こちらこそ初めまして、シゲサトと言います」
基本的には常識人である二人は急に畏まって挨拶を始める。
「えっ!? ってことは、今更だけど、もしかしてこの方が……ジサンさん!?」
「っ!?」
急にミズカがジサンの方に向き直し、比較的、大きな声でそんなことを言う。
「え、あ、はい……」
「やっぱり……! ってあれ? どこかで見たことある様な……」
(カスカベ外郭地下ダンジョンの出入口でのことだろうか……)
「あっ、そうだ、そうだったね! 確かにカスカベ外郭地下ダンジョンのところだ、有難う!」
(……?)
ミズカは自身で思い出す。が、何となくまるで誰かに教えてもらったような反応を示す。
「でも、まさかもう会っていたなんて……!」
(……?)
ジサンは急に自分の名前を呼ばれた上、ミズカのテンションが上がったことに戸惑う。
ジサンが戸惑っていたのを察したのか、ミズカが補足してくれる。
「あ、ごめんなさい……急に大きな声を出してしまって。実はですね、月丸隊のツキハさんから少し情報を貰っていて……すごい人がいるって……」
「なんと……」
ツキハが自分のことをすごいと第三者に対して評価していることを聞き、ジサンは少し嬉しく思う。
「あの、ほら……えーと、恩を売るわけではないですが、以前、ボスを倒した時に匿名にする件、あれって実は私達がしたんですよ?」
(……! そう言えばそうであった)
「その節はお世話になりました」
「いえいえ、それはいいんですけど、少し前にツキハさんと電話で話をした時に、今はシゲサトさんと行動してるって伺ったんですよ。えーと、確か……見た目は知的でインテリ……だと……」
(……インテリとは?)
ミズカはジサンをチラッと見ながら、その情報には多少、偽りがあると感じたのか語尾が弱くなる。
一方、ジサンの傍らにいるサラはなぜかウンウンというように頷いている。
「サラ、あの人はシャチの人のパーティの人だ」
「マスター、知っておりますよ」
「お、そうなのか……すまなかったな」
「とんでもないです!」
サラは他人にあまり関心がなさそうであったため、それは少し意外であった。
「あ、話変わりますが、この詳細マップに表示されている”邪龍ドラド”と”魔龍ピクク”って何だろう?」
(ん……?)
シゲサトがマップを見ながらそんなことを呟く。全国マップには表示されていなかったが、詳細マップにはそのエリアの情報がいくつか表示されていた。
「止まれ、貴様ら!」
と、突如、あらぬ方向から制止命令を受ける。
「へ……?」
挨拶をしていたところへの唐突な第三者の制止命令に、シゲサトが素っ頓狂な声をあげる。
「何だ……?」
ジサンは辺りを見渡す。
いつの間にか数名に取り囲まれていた。
取り囲んでいた者達は威嚇するように掌をジサンらに向けている。
「貴方達は何者でしょうか? 見たところ人族に見えますが……いや、そちらの娘は魔族でしょうか? 魔物……ど、ドラゴンも使役している……?」
取り囲った者達の一人、赤髪の男性が神妙な顔付きで質問を投げかける。
(……?)
しかし、ジサンは質問の意図を理解できなかった。
ジサンらを包囲した者達の姿はリアル・ファンタジーの世界にどっぷり浸かっている、あるいはゲームを構成する要素そのものであると感じられたからだ。
故に、何者だと問われることに少々、違和感を覚えたのだ。
取り囲む者達はやや特徴的な姿をしていた。
ベースは人間の姿をしているものの頭から角、背中からは爬虫類のような翼が生え、そして、脚の後ろには、にょろりとした尻尾が見えた。
その姿はファンタジー世界ではしばしば登場するある種族を連想させた。
龍人だ。
加えて、一点、視覚から入る情報で、確認できることがあるとすれば、名称が表示されていない。
このことから一般的なモンスターではないことが分かる。
名称が表示されないのは人間、NPC、またはGMに近しい高ランクのモンスターのいずれかである。
この中で、もっとも有力なのはNPCだろうかとジサンは予想する。
「あなた方、先程、ドラドとピク……」
「うぉおおおおおおおおお!」
「「「!?」」」
突如、叫ぶ人物がおり、ジサンは勿論、ミズカ、そしてドラゴニュートの方々も驚く。
「な、なんだ……?」
「ど、ドラゴニュートですよ! ドラゴニュート! そんな装飾品、どこで手に入れたんですか!?」
「そ、装飾品? 何のことでしょう!?」
「えっ? 装飾品じゃないってことは……NPC? まぁ、何でもいいやっ! どっちにしても超かっけぇことに変わりはないんだからっ!」
シゲサトは鼻息を荒くする。
取り囲んだはずのドラゴニュートの方々はシゲサトの勢いに押され、むしろ動揺している。
「ちょ、ちょっとシゲサトさん、落ち着いて!」
ミズカが興奮したシゲサトを冷却する。
「あっ、はい……す、すみません……つい……」
「先程、皆様は私達に何者かと聞きましたが……プレイヤーです。で、伝わりますか?」
「プレイヤー……? どういう意味だ……?」
「うーん……じゃあ、一旦、人族ということで……」
「一旦……?」
ミズカの意外と適当な回答に、赤髪の龍人はやや腑に落ちない表情をしている。
「逆に、貴方達は?」
「ご存知ないのでしょうか? ここは”龍人の森”。他族の無断での出入りは禁止されております」
「やっぱりドラゴニュートだ!」
シゲサトのボルテージが上がっている。
それを程々にいなして、ミズカが龍人に問い掛ける。
「出入りが禁止されているってことは我々は追い出されるのでしょうか?」
「本来であれば、そうするのが法なのですが……」
「……?」
「実はこちらも少々、問題を抱えておりまして……」
龍人達は顔を見合わせるようにしてアイコンタクトを取り、お互いに合意し合うように相槌を打つ。
「実は皆様は、探索の末、ようやく見つけることができた”部外者”でもあります」
(……?)
「少し事情を伺いたい。立ち話も何ですし、我々の集落までご同行願えないだろうか? 客人として、お迎えしたい」
◇
「おー、なんか雰囲気あっていいですねー」
シゲサトが上空を見上げながらそんなことを言う。
「た、確かにそうですね」
連行されてやってきた龍人の集落は巨木の中腹に木版を敷き詰めて、空中に居住空間を実現していた。
空中”都市”と呼ぶには少々、大袈裟であるかもしれないが、それでも高所恐怖症でもない限り、男というものは本能的に高いところに惹かれる生き物なのかもしれない。
ジサンとシゲサトは少なくはないワクワク感を抱きつつ、樹上へのゴンドラに乗車する。
「わぁ~~! なんかビル建設の足場みたいで面白いですねー」
(……)
サラのよろしくない例えにジサン、シゲサトの浮かれ気分は少々、減衰する。
(だから、なんでサラがそれを知ってるんだ? ゲーム開始以降、そんな原始的な工事はされていないだろ……)
「我々の集落が気に入っていただけたでしょうか?」
「はい……! とても……!」
赤髪の龍人の質問にシゲサトは笑顔で応える。
「あー! ロワ! ついに部外者を見つけたのか!?」
(……?)
気が付くと龍人族の子供らしき少年が赤髪の龍人に話し掛けていた。
子供と言ってもしっかりと龍人らしく角と尻尾、そして翼が小さくとも立派に生えている。
「グピィ……! 部外者は失礼だぞ、止めなさい……!」
「ってか、すげぇ! なんかかっけぇドラゴンがいる!」
グピィと呼ばれる少年の龍人は、赤髪の龍人の言葉を無視して、シゲサトが使役していたヴォルちゃんに興味を示す。
「どうしたの? このドラゴン?」
「あの方が従えているそうです」
「えっ!? あの軟弱そうな兄ちゃんが!?」
(ちょっ……!)
「そうだぞー! すごいだろー!」
(……)
シゲサトは軟弱そうと言われてもあまり気にしている様子はなかった。
「す、すごくなんかないやい!」
そう言うと、グピィは風のような去っていった。
「あっ……」
「す、すみません……怖いもの知らずで困ったものです」
「い、いえ……大丈夫ですよ」
シゲサトは本当に嫌な顔一つせず、爽やかに対応し、赤髪の龍人もほっとしたような表情を見せる。
◇
ジサンらはとある人物がいるという部屋に案内されていた。
「長老……旅の方々をお連れいたしました」
部屋の外から赤髪の龍人が声をかける。
「入ってくれ」
部屋の中からしゃがれた声が返ってくる。
「それでは、恐れ入りますが、お願いします」
そうして、ジサンらは部屋の中に案内される。石造りの部屋は決して大きくはなく、質素な造りをしていた。そして、部屋の中央には、対面で会話可能なソファが用意されており、一人の龍人が立って待っていた。
「旅の方々、ご足労いただき、申し訳ない。ワシはこの部族の長老である」
腰は曲がり、赤髪の龍人と比べると、体格は小さく映る。
皮膚には皺が目立ち、まさに長老という姿をしていた。
そして、ソファに座ってくれというようなジェスチャーを見せる。
ソファに座れるのは三人であったため、ジサンらはお互いに譲り合おうとするが、最終的に断固拒否したサラ以外のジサン、シゲサト、ミズカの三名がソファに座ることとなる。
「すまぬが……、ワシも座らせてもらってもよろしいか……?」
そう長老が言うと、ミズカらがアワアワとしながら、許可を示すように手のひらをソファに向け、それを待ってから長老がゆっくりと席に着く。
赤髪の龍人がその脇に立っている。
「それではこちらから少し話をさせていただきましょう」
そう前置きして、長老はゆっくりとした口調で語り出す。
「我々、龍人族はこの集落で細々と暮らしていたのじゃ。いや、今もこうして暮らしているわけではあるのですが、半年ほど前から奇妙な変化が起き始めたのじゃ」
(……半年ほど前というと夏頃。ちょうど仕様変更でNPCが実装された頃か……? その少し後にルィに遭遇したんだったかな)
とジサンは最近、再開を果たしたぼったくり価格でゲームの情報を提供してくれるNPC……ルィのことを思い出す。
そう言えば、エルフやらシルフというのもファンタジー物では定番のキャラクターだよなぁとジサンは思う。
「その変化とは具体的に何でしょうか?」
ミズカが聞き返す。
「まず一つ目ですが……この森の外に出られなくなったのじゃ」
「!?」
「それまではこの森の外には穏やかな平原が広がっており、人族や亜人族の国境とも接していたのじゃが、変化が起きてからというもの森の境界に到達すると反対側の森へとループしてしまうようになってしまったのじゃ」
「マジですか……これはちょっと俺達もまずくないですか?」
シゲサトが同意を求めるようにジサンの方を見る。
「確かに……」
それは即ち、ジサンらもこの森を脱出できない可能性があったからだ。
「そちらも状況は似ているのかもしれないですね……」
長老は少しトーンを落とす。
「そちらからの情報提供の前に、まずはこちらの説明を最後までさせていただきましょう。森の外に出られない以外のもう一つの変化……それは強力なドラゴンの発生じゃ」
「ど、ドラゴン!?」
「そう……ドラゴンじゃ。変化が起きてからというもの……これまで森に存在しなかったドラゴンが出現し始めたのじゃ」
長老は神妙な顔付きで説明を続ける。
「龍人の森にはこれまでも少なからず……リザードやパンサーといった魔物はいた。しかしそれらは我々、龍人にとって脅威となる存在ではなかった。本来、龍人はドラゴンとコミュニケーションを取ることができ、彼らとの関係は良好であった。しかし、最近、出現したドラゴンについてはそれを行うことができないのじゃ」
(モンスターがNPCを襲撃するということだろうか)
「これは一大事であると感じた長老は龍人の頭首にのみ使用可能な”龍玉による予言”を行いました」
隣りにいた赤髪の龍人が神妙な顔付きで言う。
「結果は……?」
シゲサトが息を呑むように確認すると、長老はふぅと溜息をつき、そして口を開く。
「……”災厄の襲来”じゃ」
「えっ!?」
「龍玉は災厄が訪れることを示している」
「災厄……それはいつ来るのですか?」
「ミズカさん、流石にそんな都合よく……」
ぐいぐい切り込んでいくミズカをシゲサトが窘める。
「明日じゃ」
「マジですか……」
「そして、更に困ったことがある。我々、龍人には三守龍と呼ばれている三人の龍人がいる、そのうち、ワシ以外の二人が最近になり、集落から忽然と姿を消してしまったのじゃ」
「三守龍とは、その名の通り、我々の集落を守りし、強力な龍人です」
長老に代わり、赤髪の龍人が三守龍について説明する。
「な、なるほど……それは困りましたね……ですが、申し訳ないですが、私達も先ほど、この森に迷い込んだばかりで、こちらから提供できる情報は……」
「そんなはずはないです……!」
ミズカが謝ろうとすると、赤髪の龍人はやや強い口調でそれを否定する。
「えっ!?」
「先程、あなた方は呟いていたはずです! 賢龍ドラドと勇龍ピククと……」
(確かにマップには表示されていた。邪龍ドラド、魔龍ピククと……)
◇
「なるほど、十分に理解するには至っていませんが、そのような事象が起きていることは認めざるを得ない……という状況ですね」
赤髪の龍人はシゲサトが展開したマップに表示された文字を見て、驚きを隠せない様子であったがその事象についてひとまず納得する。
「ってか、龍人さんは、ニホン語が読めるのですか?」
「ニホン語……? いや、ここには我々の言語が表示されていますが……」
「!?」
AIの謎技術の賜物なのか、どうやらそのようであった。
「情報提供有難うございます。ひとまず私は急いで彼らの元へ向かおうと思います。何しろ災厄の日は明日なのですから……」
赤髪の龍人はそのように言う。
「ついて行かせてください!」
と、シゲサトが当然のようにそう主張する。
「えっ? だ、大丈夫ですか?」
「俺達もここから出られない問題は同じと思います。それにマップに表示されている以上、何らかのゲーム的なイベントである可能性が高いです」
ミズカもシゲサトに協調するように言う。彼女も付いていくつもりのようだ。
「ど、どうしましょう……長老……」
赤髪の龍人は少々、困ったように長老に意見を求める。
「ロワ……ここはお言葉に甘えよう」
「……承知しました」
「ワシも協力したいところじゃが、龍人族はエルフなどと違い、老いる。三守龍と言われているワシであるが、戦闘はすでに引退済み……単純な腕っぷしなら、そこのロワの方がずっと上じゃ……役立ててくだされ……」
ロワと呼ばれる赤髪の龍人は会釈するように頭を少し下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
シゲサトはキラキラと目を輝かせる。
先にお伝えしておきますが、ミズカはジサンと恋愛関係になったりはしません。あしからず。




