56.おじさん、会話する
「ターゲットはミミック・ホタテでいいのかな?」
レイク・ダンジョンに足を踏み入れるとヒロが確認してくる。
「そうです、そいつのテイムです」
シゲサトが答える。
「なるほどなるほど」
付いてくると言っても、パーティは分かれたままだ。
ジサン、シゲサト、サラの三名とヒロとネコ耳の少女の二名は別パーティである。
「ところで君達ってどういった方々なのでしょうか?」
シゲサトが今更ながら尋ねる。
ジサンはてっきり彼らは有名であり、シゲサトは知っていたのだと思っていたので少し驚き、そして少し安心する。
「おっと、知らないですか……これでもまぁまぁ有名になってきていると思っていたのですが……」
ヒロは苦笑いするように言う。
「す、すみません……」
「私は自治部隊エクセレント・プレイスのヒロというものです」
「あ……噂の自治部隊さんですか」
「それでこっちは……」
ヒロは傍らにいるネコ耳の少女に視線を送る。
「ニャンコと呼んでくれニャ」
ネコ耳少女はそんなことを言いながら招き猫のようなポーズを取る。
この少女はすっかり猫になりきっているなぁ……と思うジサンであった。
上背はサラと同じくらいであった。
しかし、サラの方は全体的にぽにょぽにょと柔らかそうな体型をしているが、ニャンコはどちらかというとスレンダーで身体のラインにあまり起伏がない。
「まぁ、付いていくと言っても邪魔はしませんので、私達のことは気にせず、ご自由に行動ください」
「いや、付いてくるだけで結構、気になるんだけどなぁ」
「あはは。確かに……まぁ、そこは許してくださいよ」
ヒロはまた苦笑い気味に言う。
「わかりましたよー」
シゲサトは不満そうに少し唇を尖らせながらも納得する。
◇
季節は冬。ホッカイドウの北東端に位置するサロマの寒さは厳しいものである。
ダンジョン内は季節に左右されないものも存在するが、ここサロマコ・レイク・ダンジョンは季節によりその様相を変えるダンジョンであり、冬においては湖上を歩けるくらいに凍結している。
湖上には見渡す限り遮るものは何もなく、空の青と交わり、どこか青白く輝いている。
そんな湖上に無機質な動力音が響き渡る。
「マスター……! すごーい! これ楽しいです!」
「そうだな……」
湖上を軽快に走るスノーモービル上で、ジサンの背中に張り付くサラがわぁわぁと嬉しそうに声を上げている。
サロマコ・レイク・ダンジョンでは、冬季はスノーモービルをレンタルすることができた。ターゲットであるミミック・ホタテはミミック系のモンスターであり、つまるところトレジャーボックスに擬態していると予想できたため、ジサンらはスノーモービルに乗り込み、トレジャーボックスを探すことにしたのである。
(……)
見渡す限り色彩の少ない世界、幻想的な中にどこか物寂しさを覚え、ジサンは何となく茫然としてしまう。
と。
「く・ら・え!」
「ひゃんっ!?」
「ん……?」
どうやらシゲサトが投げた雪玉がはしゃぐサラに命中したようだ。
サラは変な声をあげ、元々大きな目を更に大きく見開き、びくっと身体を縦に揺らす。
「あははは、サラちゃんかわいい……!」
「主……やってくれるではないか……退場の覚悟はできておるのか?」
サラはムッとした表情を見せる。
「ごめんよ……でもやっぱり雪を見たらこれをやらないのは雪に対する冒涜だよね」
「そ、そうなのか……?」
「そうそう!」
「……アーカイブにはそんなものないようだが……」
サラは腑に落ちない表情をしている。
「へ?」
「い、いや……何でもないよ!」
今度は慌てて何かを誤魔化す。
「ならば今度は我の番だ……! しぬがよい」
(あ……ちょっ……)
サラはスノーモービルから飛び降りると、湖面から雪の塊を削り取る。
「ちょっ! それは雪玉じゃなくて、もはや氷塊……!」
「覚悟ーー!」
「うわぁああ…………あははは!」
サラとシゲサトはわいのわいのと雪をぶつけ合う。
「うむうむ、若いっていいねえ……」
ジサンがスノーモービルを止めて、その様子を眺めていると、同様に足を止めた緑のおじさんも穏やかな笑みを浮かべながらそのように呟く。
(……ところでそれは一体……)
緑のおじさんの搭乗するスノーモービルの後方には縄で炬燵(ルビ:こたつ)が括り付けられていた。
(……)
恐らくニャンコはその中だろう。
(いや……気にしないでいいよと言いつつ、それは流石に気になるだろ……何だそのアイテムは……)
ジサンはスキー炬燵を眺めながら思う。
(あったかそうだな……)
「あのぉ……」
「はい!?」
炬燵に見蕩れていたジサンに緑のおじさんが話しかけてきていた。
「あなた……何者なんです?」
「えっ?」
「シゲサトさんってソロで魔王を倒した人ですよね? 何で貴方みたいな冴えなそうなおじさんがパーティ組んでるのでしょう?」
(いや、だから貴方もおじさんでしょ。俺が言うのも何だが、割と冴えなそうだし……)
「いや、実は私もシゲサトさんもテイマーでして……それで協力して、仙女の釣竿を目指す流れになった次第です」
「へぇ……そうなんですか……」
「えぇ……」
「でも、いくらシゲサトさんと一緒とはいえ、魔帝に挑むってことは、あなた相当、腕に自信があるの?」
(っ……!?)
ジサンはドキリとする。
「ん……やっぱり貴方どこかで見たことあるような……あー、えーと……その時は確か……」
初めてヒロに職質された日、ジサンはツキハと共に会っていた。シゲサトだけでなく、ツキハとも居たとなれば流石に偶然いた普通のプレイヤーでは済まされないだろう。
ジサンの心拍数は上昇する。
「まぁ、それはいいんだけど、否定しないってことは腕に自信があるのは確かなんでしょ? どこで鍛えたんだい?」
「えっ……? カスカベ外郭地下ダンジョンですが……」
「へぇ~、あの有名なねぇ~」
「そんなに有名なんですか?」
「そりゃそうでしょ……知らずに潜ってたんですか?」
「えぇ……まぁ……」
「面白い人ですね……ちなみに……参考までに聞きたいのですが……どうして、そんなにゲームを攻略したいんですか?」
「え? いや、別に攻略とかは特に……」
「え? じゃあ、目的とかは?」
「目的? これと言ってないですが……」
「はぁ……」
ヒロは呆れた……というよりは面食らったような顔をしていた。
(攻略というか、ただ、のめり込んだだけだ。目的……いくつかやりたいことはあるけれど、絶対に果たしたいわけでもなく断固たる目的と言うにはやや語弊があるだろう。地下ダンジョンの100Fには行ってみたいが、それもせいぜい目標くらいか……)
「なんかすみません……そちらは世界の平和のために戦っているというのに……」
「あ、いや……はい……まぁ、そうですね……えぇ……でも、ちょっと予想外の返答だったもので……」
「そうですか」
「「…………」」
しばし沈黙が流れる。
「いや、いいと思うよ……君みたいな目的も信条もない、失うものもない。故に怖いものもない。命知らずの無敵の人……素晴らしいと思うよ!」
「はぁ……」
ヒロは割と力強く言う。
褒めているテンションで言うが、流石のジサンもこれ、全然褒めてないだろ……と思ってしまう。そして少しだけ誤認されていると思う箇所もあった。
(失うものはない……とは言っていないんだが……)
しかし、ツキハやシゲサトがそれぞれの目的のために戦っていることに比べると、そのように言われても仕方ないと感じる部分もあった。
(まぁ、どっちにしても遠からずか……)
と、その時。
「オーナー……! モンスターだよ!」
「!?」
シゲサトがそう言うと、魚のようなモンスターが凍り付いた湖の小さな穴から次々と飛び出てきた。数は10体程で、6体はジサンら、4体はヒロとニャンコにエンカウント状態となる。
(トツゲキ・ワカサギ……初めて見たモンスターだ……しかし……)
トツゲキ・ワカサギは湖から出た瞬間、自滅するように氷漬けになり、その場にぽとりと落ちる。
「……? 何なんですかね……」
シゲサトが唖然とする。
「まぁ、戦わなくていいなら…………って、えっ!?」
が、しかし、氷上に落ちた氷漬けのトツゲキ・ワカサギがフワフワと浮遊する。
「ええっ! 何なんですか、こいつ!?」
「マスター! 襲って来ます!」
サラの言う通り、トツゲキ・ワカサギがジサンらに狙いを定めるように頭を向ける。
そして、一斉に突撃してくる。
ジサンはヒロ達の様子が気になる。
が、ヒロに慌てた様子はない。
スノーモービルを降りると、剣を取り出し、その名の通り突撃してくるトツゲキ・ワカサギを的確に捉え、次々に斬りつけていく。
トツゲキ・ワカサギ達は一撃でHPがゼロになる。
ニャンコは全く心配していないのか、単に寒いからなのか、炬燵から出てくる気配がない。
(おぉ……流石に結構やるな)
「オーナー……! あと一体ですよ!」
「あ……」
ヒロの様子を見ていると、こちらもすでに掃除が終わっていたようだ。
どうやらジサンがテイムできるように一体残しておいてくれたようだ。
「ぎょぉぉぉぉ……!」
「あ……! 逃げる……!」
最後の一体は怖気づいたのか背中……いや、尾びれを見せて、逃げようとする。
(あ……! 待て……!)
ジサンは咄嗟にトツゲキ・ワカサギを追跡する。
ジサンが踏み込んだ氷上はひび割れ、十メートルはあった距離を一瞬にして詰める。
「へぇ……速いな……」
ヒロはその様子を見て、素直な感想をこぼしていた。




