118.勇者さん、トウキョウ②
トウキョウ トウキョウ学園――
大講堂前にて。
「スキル:ブレイブ・キャノン……!」
勇者ツキハが手に持つ剣を前方に突き刺すと、剣先から青白く光る大きなエネルギー体が放たれる。
そのエネルギー体はターゲットであるウサギに向かって勢いよく進んでいく。
「よっと」
ウサギはそれを軽い身のこなしでひらりと回避する。
「……速いわね」
「お褒めに預かり光栄です……あの月丸隊のツキハさんにお褒め頂けるなんて……ただ、この程度で……?」
ウサギはにこりと微笑む。
「っ……! 言うわね……だったら……!」
「っ……!?」
ツキハはウサギとの距離を一気に詰め、両手持ちの剣を叩き込む。
「「っ……」」
ツキハの攻撃をウサギが左手に持つ短剣で受け止めたことによる生じた金属音が鳴り響く。
二人が力比べをするかのように、剣同士がせめぎ合う。
「ほれっ!」
「っ……!?」
ウサギがツキハの剣を受け流し、反対側の右手に持っていた剣を横に振る。
「らっ!」
一時的に体勢を崩されかけたツキハであったが、常人離れした速度でしっかりと受け止め、再び、剣がぶつかり合う。
「おぉ、なかなかやるじゃないか……ツキハさん」
「……上から目線で余裕ぶってると痛い目見るぞ! せやぁ!」
その掛け声と共にツキハは連続で何度も斬りつける。
ほんの数秒の間に何度も金属がぶつかり合う音が響き渡る。そして……
「ぅらっ!」
「っ!?」
ツキハから繰り出された下から上へすくい上げるような一撃がウサギに命中し、斬撃エフェクトがウサギの胴体に生じる。
「っ……」
ウサギはステップバックし、ツキハとの距離を取る。
今の一撃でウサギのHPゲージは1/8ほど減少しているようだ。
「お見事……」
ウサギは微笑みながら、拍手をするような仕草を見せる。
短剣を両手に持っているので拳をぶつけるような動作である。
かと思うと、二本の剣を左手に集約し、おもむろにメニューをポップし、確認し始める。
「っ……!」
戦闘中にも関わらず、あまりに堂々とメニューを見ているため、月丸隊の面々も戸惑う。
「あ、君達も見ていいよ。他所の状況が気になるでしょ?」
「え? ……まぁ……」
実際に少し気になっていたので、ツキハも警戒しつつ、メニューを確認する。
「うーむ、他所の状況はあまり芳しくないかな……」
ウサギは呆れたようなトーンでそんなことを口走る。
「そうみたいね……」
ツキハもフレンドリストから協力しているプレイヤー達の生命情報を確認し、脅威に晒されている者達がいないことに安堵する。
「貴方もさっさと諦めたら……?」
「さて……そろそろかな……」
ツキハの進言を無視するように、ウサギはやや俯き気味にそんなことを言う。
「……そろそろ?」
「そう……そろそろ……”モンスター化”しようかな……」
「っ!? ……モンスター化?」
「あれ……? もしかして君達、知らなかった? 僕達がプレイヤーをキルできる原理を……」
ウサギはニヤリと微笑み、嫌味ったらしく言う。
「っ……」
「ちなみに僕は他所のメンバーよりも一段階、上のステージに到達している……」
「えっ?」
「つまり君達……大当りだよ」
「っ!?」
その言葉と同時にウサギの姿が変質していく。
体長や体格は大型化し、筋肉が明らかに増加する。
頭部や脚はウサギのそれへと変化させ、獣人のような姿となった。
一方で持っていた二本の剣は消失する。
「人の姿をしたボスも多いけど、やっぱりモンスターってのはこうでないとね……」
そのように発言する獣人の近くには、大量のHPゲージと”ウサギ”という名称が表示されている。
「驚いたかい……?」
「…………確かに驚いた。つまりあなた達って最初からモンスターだったってわけ?」
ツキハらは特定のボスが本来、モンスターに表示される名称を秘匿できるということは知っていた。
「いや、逆だね」
「っ……!?」
「僕達は元々、プレイヤーだったが、モンスターになる力を得た」
「つまり後天的にってことか? 何でまたそんなことを……」
聖騎士のユウタが思わず口に出す。
「何でって……そりゃ、プレイヤーをキルできるからでしょ? 話の流れ的にわかるでしょ……」
「分かってたまるか!」
ツキハは憤慨するように言う。
「そのニュアンス的に、理解はできるが共感はできない……そんなところかな? まぁ、価値観の相違ということで……」
「人命を脅かすような価値観を相違で済ませられるわけないでしょ!」
「言う程、大切なものかい? 人命って……」
「っ!?」
「じゃあ、モンスターはどうなのか?」
「えっ……」
「君が使役しているそこのモンスターと君がゴミのように切り捨てているその辺のモンスターに一体、どんな差異があるっていうんだい? それにさぁ……昔だったら確かに悪だったのかもしれないけど、今は別にゲームにそんなルールないでしょ? プレイヤーをキルしてはいけないって……」
「っ……」
ツキハは言葉に詰まる。
「まぁ、いい……僕はここに論破をしに来たわけじゃないんだからね……いいんだ……君達は君達でいい……」
そう言うと、ウサギは一歩前に出る。
一歩前に出ることでその巨体による威圧感はいっそう増す。
「……別にあんたがモンスターで、ボスのように大型化したからって怖くはないわよ」
「……?」
「大型のボスなんて過去に何度も戦った!」
「あぁ……そうかもね……でも君達、魔帝ランクとは一度も戦ってないよね? 三強と呼ばれているパーティで唯一……」
「っ……! それが何か?」
「今の僕はその魔帝より上なんだけど……」
「っ!?」
「だが、ワンランク上に挑むことは初めてじゃない……! 魔公爵だろうが、魔王だろうが、必ず、初めてを乗り越えて、今があるんだよ!」
ユウタが反論する。
「過去の成功体験というものは、根拠のない自信をもたらす。その一回が偶然であったかもしれないのに……」
「っ……」
「まぁ、やってみればわかるさ……!」
その言葉と同時にウサギは両手を広げる。
すると、ウサギを中心地として、広がるように絵本のような世界が展開される。
「な、なにこれ……!?」
「スキル…………フェアリー・ワールド」
「い、一体……」
「たはは……! なんだそれツキハ!」
「なに? ユウタ! 戦闘中に笑ってる場合じゃ……!」
「だってよ、お前……その耳としっぽ……」
「耳としっぽ……? はっ! 何これ!?」
ユウタに指摘され、ツキハは頭部を触り、お尻の辺りを確認する。
すると頭部にはフワフワとした丸みを帯びた耳とお尻からはずんぐりとしたやはり丸みを帯びたしっぽが生えていた。
「なに? 何なのこれ……!?」
「たはは……! ツキハ。そりゃ、タヌキだろ」
「た、タヌキ!? って…………そう言うあんたも……」
「え……?」
「背中になんか付いてるけど……全体的になんか緑っぽいし……」
「な、なにぃいい!?」
ユウタは首をひねって背中を確認しようとする。
「あんたはカメね……」
「カメだと!? じゃあ……チユとライは……」
二人は後方にいるチユとライの方を振り返る。
「…………」
そこには静かに佇んでいる二人の姿があった。
「…………サメだな……」
「えぇ……サメみたいね……」
ツキハとユウタは身体から動物の身体の一部が生えていたが、チユとライは手足がヒレのようになっており、そしてなぜか頭部もサメになっていた。
つまり、二匹のサメ人間が無言で佇んでいる。
「楽しんでくれているかい?」
ツキハらの反応を楽しむかのように、ウサギはにやけ面をしている。
「っ!? な、何なのこれ……!?」
「寓話だよ……」
「寓話……?」
「君達も昔、読んだことがあるだろう? ウサギが登場するいくつかの寓話を……」
「まぁ、あるにはあるけど……」
「つまり……ウサギとは遥か昔から人々にモンスターとして親しまれてきたというわけだ……」
「いや、モンスターではないだろ……」
ウサギはユウタの指摘を無視するように話を続ける。
「君達にはその作品達のゲストになってもらったというわけだよ」
「ゲスト……?」
「ほら……そろそろ始まるよ……」
「えっ?」
ウサギがそう言うと、ツキハはカチカチという不思議な効果音を耳にする。
「熱っ……」
次の瞬間、背中に熱を感じる。
「ツキハ……! 背中から火炎エフェクトが……!」
「っ……」
ユウタの言う通り、ツキハの背中からは炎が発生していた。
「HPが……」
確認できる範囲の効果として、ツキハのHPが徐々に減少していく。
「おいおい、ツキハ、やべえじゃねえか……! 急ぐぞっ!」
ユウタはそう言うと、ウサギに向かって歩き出す。
「…………」
急ぐ……という本人の言葉とは裏腹に随分とのんびりとした仕草だ。
「…………遅っ!」
本人も気づいたようだ。
「そうか……! カメだからか!」
「そうみたいね……要するに寓話をモデルにした弱体化ってところね」
「そうやってすぐ要約するのやめなよ……興がそがれる……」
「っ!?」
ツキハは驚く。なぜなら、そのウサギの声がすぐ耳の近くで囁かれたような感覚であったからだ。
「きゃっ!」
「ツキハっ!」
ツキハはいつの間にか接近していたウサギが振り降ろした右腕により、十メートルほど弾き飛ばされる。
「だ、大丈夫……」
ツキハは受け身を取り、戦闘姿勢は崩していない。
しかし、HPゲージの方には打撃の結果が如実に表れている。ツキハのHPは半分程度となっている。
「一撃が重いわね……」
それに火炎効果も……などと考えているツキハは一つの異変に気付く。
いつもならこのタイミングで入るはずのものが入らないのだ。いつもなら回復魔法が入る。いつもなら寸分違わぬタイミングのHP管理により、リスクをかけて前線へ出ていけるはずなのだ。
「ち、チユ……?」
ツキハは絶大な信頼を寄せるその人物の方を確認する。
「…………」
そこにいるのは沈黙するサメである。
「サメが魔法なんか使えるわけないだろ……」
「っ!?」
再び耳元で囁かれるような感覚に襲われる。
「魔法:リパルション!」
激しい破壊音が地面を抉る。
その破壊はツキハが一瞬、判断が遅れていた場合の自身の姿を予期しているように感じた。
「っ……」
「残念……」
ツキハは斥力を発生させる魔法でなんとか難を逃れる。
「どんどん行くよ……」
「っ……」
ウサギは再び、距離を詰め、両腕による攻撃を五月雨に繰り出す。
「くっ……」
疾い……!
ツキハは後退しながら紙一重でその剛腕を回避する。
「……」
やばい……火炎効果のせいでHPがどんどん減っていく。ジリ貧だ……
状況は間違いなく芳しくなかった。
「ふふふ……月丸隊さん……もっと僕を楽しませてくれるんだよねぇ?」
「っ……」
ウサギは不敵に微笑む。
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