110.おじさん、釣り上げる
三人が釣りを始めてから二時間程の時が経過していた。
サラは少し飽き始めたのか、先程からジサンに出してもらったパンダ型のモンスター”ドミク”を枕にしてウトウトしている。
釣果は……そこそこであった。
浅瀬を好む魚を中心に十匹程度の生体を釣り上げていた。
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アイテム生体:
メバル×2
カサゴ
クロダイ
アオリイカ
モンスター:
クラゲ・スライム ランクC ×2
タカハシガニ ランクE
ゴブリン・フィッシュ ランクG
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釣れるのはモンスターばかりではない。
自然生物と呼ばれる世界がゲーム化する前から存在する生体も対象となっている。
こういった生体もアイテム化することができ、水族館での展示対象である。
「オーナー、大丈夫ですか……?」
「えっ?」
サラとドミクを挟んでジサンの向こう側で同じように釣りをしていたシゲサトが少し心配そうに尋ねる。
「えーと……何がでしょう……?」
何か挙動不審なことでもしてしまっただろうかとジサンは不安になる。
「あの……ご満足いただけているのかなと……」
(……?)
「確か、さっき水族館の大水槽のメインとなる生体を探していると仰ってましたよね……」
「あ、はい……」
「今までの釣果ではその……少し物足りないのかなと……」
これまで釣れたモンスターはクラゲっぽいスライム、蟹、鬼のような形相の小型の魚であった。
小型といっても六十センチ近くあり、自然生物基準で言えば、それなりのサイズであるのだが、モンスター基準でいうと小型の域を超えないだろう。
「そうですねぇ……私は結構、満足していますよ?」
「えっ……?」
「メインとなる生体については確かに探していますが、別に今日、必ずというわけでもないですし……このクラゲ・スライムはかなり気に入っています」
「え……そうなんですか……?」
シゲサトは微妙な反応をする。
(うーむ、クラゲ・スライムは……やっぱりダメだろうか……)
ジサンは釣り上げたクラゲ・スライム ランクCを結構、気にいっていたのだが、これをメインに据えると言ったらジイニに叱られるだろうなぁ……などと、ぼんやり考える。
「どっちにしても、今日は水族館のメインうんぬんよりもシゲサトくんとの釣りを楽しみに来ているわけなので……」
「っ……!!」
「のんびり楽しみましょう……」
「…………そ、そうですね……」
シゲサトはそう言うと、一瞬、俯いた後、また浅瀬に漂う浮きに目線を向ける。
ジサンも再び、水面に視線を送ろうとしたその時、ウトウトしていた大魔王さまがパチリと目を開ける。
そして、仰向けに横たえた身体の首だけを自身の左側にいたシゲサトの方に向ける。
「ん……?」
シゲサトはサラの挙動に気付く。
しかし、サラはなぜか自分の方ではなく、もっと向こう側に視線を向けており、シゲサトも無意識にサラの視線の先を追う。
「!?」
その先には、いつからそこに居たのか……熊がいた。
かなり大型の茶色い……そして、まるでぬいぐるみのような熊だ。
そして、その熊も釣りをしていた。
「お、お、お、オーナー……! え、ちょ、サラちゃん、何で寝直してるの!?」
「ん?」
シゲサトはあまり大きい声にならないように、ひそめた声で、しかし勢いのある口調でジサンに話かける。
「熊です……! 熊……!!」
「へ?」
(熊……? ドミクは熊というよりパンダだと思うが……)
「あっち……! あっちに熊が釣りを……!」
「え……? っっ!?」
シゲサトに促されて確認すると、確かに熊が釣りをしている。
(……あれ?)
そして、ジサンはすぐに奇妙なことに気付く。
熊が釣りをしていること自体、十分、奇妙ではあるのだが、彼の視点ではそれよりも気になることがあった。
それは、その熊が使用している釣竿が”仙女の釣竿”であったからだ。
(……仙女の釣竿は、俺とサラ、シゲサトくんとツキハさんが持っているはず……ということはまさか……)
ジサンは消去法で熊=ツキハという可能性に到達する。
しかし、その熊は”ツキ”ノワグマというよりはヒグマに近いデザインをしていた。
(……ということはやはりツキハさんじゃない……となるとあの熊は一体……)
釣りをしているということは流石に野生の熊というわけではないのだろうが、名称が表示されているわけでもない。
そのため一般的なモンスターではなく、プレイヤーかNPC、はたまた高度なモンスターのいずれかである。
「…………釣れますか?」
「え……?」
ジサンとシゲサトがやきもきしていると熊の方から話しかけてきた。
「あ、えーと……ぼちぼちですね……」
「そうですか……」
「「…………」」
「あの……皆さんは何をしに、この島に……?」
熊は意外にもそんな質問をする。
「え……? 見ての通り”釣り”ですが……」
シゲサトが答える。
「あ、そうなんですね……その釣竿を持っていたので、てっきり別の目的かと……」
「別の……?」
(釣竿を持っているなら、釣りが普通じゃないか……?)
「あ、お気になさらず……本当にただ純粋に釣りを楽しみに来たのですね……」
「そうですよ……!」
「なるほど…………」
熊は頷くと、何かを考え込む様にしばらく沈黙する。そして……
「貴方達……ちょっと不思議ですね……」
「あ、え……? そうですかね? ははは……」
熊の唐突な物言いに、シゲサトは驚きつつも苦笑いする。
不思議の塊のような存在に不思議と言われるとは思ってもいなかったようだ。
「で、純粋に釣りに来たのであれば……もしよければですが……少し沖に出てみませんか……?」
「え……!?」
その瞬間、熊が突然、巨大な魚を釣り上げる。
「シーバスだ」
◇
「わぁ~~! なんだ、この魚船は~~!」
先程までウトウトしていたサラは新しい刺激に、大はしゃぎする。
ジサンらは現在、熊が釣り上げた巨大な魚の船に乗り、沖に出ていた。
四人を乗せた魚の船はかなりの速度で進み、湾を抜け、外洋にまで至る。
「さぁ、この辺りですかね……」
熊がそう言うと、船はゆっくりと停止する。
「さぁ、あとはご自由に……」
熊自身も竿を取り出し、釣りを始める。
「この釣竿は万能ですから、どこででも釣れますよ……」
「あ、ありがとうございます……」
ジサンらも釣り糸を垂らす。
「オーナー、ワクワクしますね!」
シゲサトがにこりと微笑みながら、ジサンに語りかける。
「は、はい……!」
(……~~!)
ジサンは正直に言って、かなりワクワクしていた。
なぜなら、こんな沖で釣りをする機会はなかなかに貴重であるからだ。
リアル・ファンタジーの移動手段は基本的に自力かバスのみ。
海上のバスはほとんどないし、バスから釣りをすることはできない。
つまりどうしても沖で釣りをしたいなら普通は自力で泳いで沖までいかなければいけないわけで現実的でない。
そういう意味で沖で釣りをするには、ゲーム的なイベントを利用する他ないのだ。
(……恐らくこれもゲーム的なイベントの一環だろうな……)
岸からでも釣りはできるが、やはりターゲットは浅瀬に集まる生体に限られる。
といっても実際には沿岸部の方が生物の種類には富んでいるわけだが、沖に出れば、回遊魚やそれを狙う大型魚、プランクトンを主食とする大型魚も期待でき、ジイニの言う大型水槽のメインへの期待も高まる。
◇
沖釣りを開始して一時間程度……
期待したように、大きいサイズのものがいくつか釣れていた。
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アイテム生体:
イワシ×2
カツオ
アオザメ
モンスター:
人面回遊魚 ランクH
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特にシゲサトが釣り上げたアオザメは4メートル程あり、これもうモンスターみたいなもんだろ……と思うジサンであった。
実際、アオザメは唯一、釣れたモンスターである人面回遊魚より大きかった。
人面回遊魚は少々、疲れた顔をしていた。回遊魚とは泳ぎ続けなければ息ができなくなってしまい死んでしまう魚だ。泳ぎ続けるのも大変なのだろうかと思うジサンであった。
「ちょっと気になっていたのですが、熊さんはどうしてその釣竿を持っているのですか?」
ふと、シゲサトが熊に質問を投げかける。
「どうしてと言われても、この釣竿は元々、私の釣竿として設計されたものですし……」
「えっ、そうなんですか?」
「えぇ……」
「そうなんですね……」
結局、よくわからず終いであった。
「ところでこのポイントって大きいモンスターとかって釣れるんですか?」
「大きいモンスター? そうだねぇ……」
(っっっ……!?)
その時、ジサンの釣竿に物凄い引きが発生する。
「いるんじゃないかな……とんでもないモンスターが……」
「うぉお……!」
「っ!? オーナー……!?」
シゲサトもジサンの当たりに気が付く。
「す、すごい引きだ……」
その引きは凄まじい力で、海に引きずり込まれそうな程であった。
「マスター……!」
ひとしきりはしゃいだ後、のんびりとしていたサラも心配そうにジサンの方を見つめる。
「くっ……」
驚異的な張力により、糸がギシギシと軋むような音を立てる。
「糸が……」
ジサンは歯を食いしばる。が……
「仙女の釣竿の糸は絶対に切れない」
(……!)
近くで佇んでいた熊がぽつりとそんなことを呟く。
(…………だったら……!)
ジサンは力の限り、竿を引く。
「すごい……! すごい……! でかいぞ……!!」
巨大な魚影が浮かび上がってくる。
「うぉおおおおおおお……!」
ザバーンという音と共に、ターゲットが水上へと引き上げられる。
「クゥウウウウン」
「ど、ドラゴン……!?」
そのモンスターは碧く美しい蛇のような姿をしており、体長は8メートル程はありそうだ。
そして、そのままエンカウント状態となる。水面エンカウントだ。
水面に半透明の足場が出現し、この時ばかりはプレイヤーも水面に立つことができる。
モンスターは釣り上げた後、戦闘にてテイムする必要があるのだ。
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