105.おじさん、素材集め
「ずずず」
「マスター、これ美味しいですね」
「あぁ……」
異国ではマナー違反と思われようとここニホンでは、すすって食べるのが一般的であり、サラもそれを真似ている。
ジサンらはシンシュウ名物のざる蕎麦をすすり、舌鼓を打つ。
各地のご当地グルメをいただくのは旅の醍醐味でもある。
「さて……」
腹ごしらえを終え、店を出る。
ジサンらはナガノはキリガミネ高原ダンジョンにあると言われる"とある素材"を探しに来ていた。
「師匠と姉さんにまで来てもらわなくても大丈夫だったのですが……」
店を出ると、ジサンとサラの他にもう一人その場にいた人物がそのようなことを言う。
ブラック・ストーンなる素材アイテムがキリガミネ高原ダンジョンにあるという情報を齎した人物であった。
鍛冶師のミストである。
「だからその姉さんというの止めろ!」
サラがミストからの呼ばれ方に対し、抵抗を示す。
「いえ、姉弟子の姉さんは姉さんです!」
「弟子じゃなくて、従者だと言っているだろ!」
(……)
ジサンは何度かこのやり取りを見たが、ミストは変えるつもりはないようであった。
「逆にミストくん一人に行かせるわけにも行かないよ」
「師匠……なんかすみません」
ミストは申し訳なさそうに頭を下げる。
(……それにしても出会った時とは大分、変わったな……)
などとジサンは思う。
そして、ふとその時のことを回想する。
◇
一月ほど前の出来事――
「あのぉ……すみません……」
「らっしゃい! 付与かい? それとも生成かい?」
「はい?」
掲示板でなんとか情報を拾い、トウキョウのとある繁華街の一角にある鍛冶屋を訪れたジサンは、気の良さそうな店員……いや、鍛冶師の第一声に面食らう。
「お? 兄さん、鍛冶は初めてかい?」
「あ……はい……」
そこで初めて、ジサンは鍛冶の説明を受ける。
既存武器に対する付与による強化と素材を利用した新しい武器の生成。それが鍛冶によりできることであった。
「なるほどです……ありがとうございます」
「お安い御用! それでいかが致します?」
「えーと、それじゃあ、とりあえず付与で……」
「合点承知! それじゃあ、付与対象の武具を見せてください!」
「はい」
ジサンは言われるがままに、強化して欲しかった武器を鍛冶師に見せる。
「どうも……!」
鍛冶師はジサンから渡された黒剣を確認する。
「ふむふむ……ふむ…………むむむむむ!?」
(……!?)
「え、AT+428!? に、兄さん!? 何だ、この武器は!?」
「え……? えーと……」
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■ノーブライト
AT+428
【効果】
攻撃対象に確率で命中率ダウン効果
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「…………盗品じゃねえだろうな……?」
「えっ!?」
「い、いや、すまねぇ、逆に盗品だったとして誰からこんなもの奪うんだって話だ……それこそ月丸隊やウォーター・キャットのような魔王討伐パーティ……そのレベルじゃねえと……」
「あ、あはは……たまたま……」
ジサンは下手な笑みで誤魔化そうとする。
「あんた只者じゃねえな……」
「え、えーと……」
「が、しかし、顧客の詮索は鍛冶屋のポリシー違反だ……」
(ほ……)
「だが、すまねぇ……俺では、このレベルの武具の付与はできねえんだ……い、いや、俺ではというか、ほとんどの奴ができないと思う……」
「そ、そうですか……」
(……残念だが、そういうことなら仕方ないか……)
「……見ていただき、有難うございました……」
そう言って、ジサンは去ろうとする。
「…………お、お客さん、ちょっと待ってくれ……!」
「はい?」
◇
(……ここか……)
ジサンは、少々、物々しい雰囲気の酒場に踏み込む。
酒場は席を確保した後、自身でドリンクを取りに行くタイプであり、特に店員による案内などはされない。
というわけで、ジサンはキョロキョロと周囲を確認する。
慣れないガヤガヤとした雰囲気に挙動不審になっているわけではない。
いや、多少、それもあるかもしれないが、人を探しているのだ。
(…………あの人か……)
ジサンは店内の奥の方で、テーブルにへばりつくように突っ伏している金髪の男性を発見する。
そして恐る恐る近づく。
そぜならその人は先程の鍛冶屋で教えてもらった人物であったからだ。
(……多分、この人だよな……)
近づいても本人は気付いていない。突っ伏して何やらしくしくと泣いており、完全に教えてもらった特徴と一致している。
(この人で間違いなさそう…………なんだが……うーむ……)
目的の人物が目の前にいるわけだが、彼を目の前にして、ジサンはたじろぐ。
元来、彼は人に話し掛けるなど、他人を巻き込むような能動的な行動が得意な方ではない。
(……どうしよう……やっぱり帰ろうかな……)
そんな風に躊躇していると……
「おい、お前……」
(……っ!?)
「何をメソメソと泣いておるんじゃ」
「ちょっ……サラ……」
ジサンの同行者……つまりサラが若干、ツンとした口調で、突っ伏した青年に話し掛ける。
「あん?」
そう言われると、青年は顔だけこちらに向ける。
表情は……良くはない。
ジサンらを睨みつけるように目を細めている。
「なんだ……ガキか……なんでガキがこんなとこにいるんだよ……」
「ほほう……この私をガキ呼ばわりとは……活きがいいじゃないか……」
「なんだと……?」
サラの尊大な態度に青年は顔をしかめる。
「あ、あの……すみません……」
ジサンはサラの態度を謝るように言う。
「ん? なんだ、おっさん。このガキの親か? 親なら失礼のないようにしっかり見とけ……」
「え、えーと……」
「貴様、マスターに向かって……!」
「ちょ、ちょっと待て、サラ……」
「は、はい! マスター……!」
ジサンが制止すると、サラはぴたりと背筋を伸ばして止まる。
「マスター……? 何のごっこだ……?」
(…………そう思われても仕方ないか……)
「あの……実は貴方が腕のいい鍛冶師だと伺って……」
「っ……!?」
青年はその言葉で、肩をぴくりと揺らす。しかし……
「他を当ってくれ……鍛冶師なら他にもいるだろ……」
「すでに当ったが、マスターの武器は貴様にしか付与できないと聞いてな……」
「はっ? このおっさんが……?」
「マスターに対しておっさんとは何だ!? ちゃんとおじさんと呼べ!」
「なっ!?」
(……あんまり変わらないのでは……)
「…………俺にしか打てない……となると、"おじさん"がかなりの腕の持ち主だと言うことはわかる……そうは見えないが……」
(ちゃんとおじさんと呼んでくれるんだ……)
「当たり前だろ」
「……そうだとして、付与をやることで俺に何のメリットがあるのか?」
「メリット……えーと、代金はお支払します」
「金なら腐るほどある……そして見ての通り、俺自身も腐ってる……」
青年は自嘲気味に言う。
「っ……」
(……うーむ、難しそうか……まぁ、ダメ元で……)
「この"珠玉槌"を差し上げます……」
「っ!? じゅ、珠玉槌だと? 本物か……!?」
「え、えぇ……一応……」
ジサンは珠玉槌をポップし、青年に見せる。
「……ま、間違いない……ってことは、まさか貴方……あのアングラ・ナイトか……?」
「っ……!」
(あ、しまった……ばれて当然か……!)
珠玉槌は魔王:ネネをソロ討伐した時の報酬であった。
「……腐っても商人の端くれ……顧客情報をばら撒いたりはしない……」
「……!」
ジサンはほっとする。
「驚きはした。しかし、違うんだ……」
(っ……!)
「根本的に俺は腐っちまってんだ……」
(……)
「……失礼ですが、なぜですか?」
「っ!? もしかしておじさん、俺が誰だか知らないのか?」
「え、はい……」
「…………俺は"哨戒商会"、ブラックスミスのミツミだよ……」
「っ!?」
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◆2043年1月
魔王:マリキチ
┗討伐パーティ<哨戒商会>
┝ツビ 【死亡】 クラス:マネージャー
┝ミツミ クラス:ブラックスミス
┝ズウホ【死亡】 クラス:盗賊王
┗ソナタ【死亡】 クラス:ジェネラル・ヒーラー
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(……仲間を失って……そうか……悪いことをしたな……)
「なぁ、貴様……」
ふいにサラがミツミに声を掛ける。
「ん……?」
「仇討ちがしたいなら、いい方法があるぞ」
「っ!?」
◇
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◆2043年4月
魔王:タケルタケシ
┗討伐パーティ<哨戒商会>
┝ミツミ クラス:ブラックスミス
┗匿名希望 クラス:アングラ・ナイト
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その後、彼はクラス:魔王となり、魔具"改名石"により、プレイヤー名を"ミスト"に変更した。
これが一月ほど前の出来事である。
ついでに仇討ちの手段を提供したことに加え、タケルタケシとの戦闘で魔王を圧倒する姿を見て、ジサンに心酔し、ジサンを師匠、サラを姉さんと崇めるようになったという。
◇
「さて、行きますかね……」
時は戻り、現在――
キリガミネ高原ダンジョンの入口付近にて、ミストが気合を入れるように呟く。
すると……
「あー、困りました」
(ん……?)
「さ、師匠、行きましょう!」
「あ、あぁ……」
「あー、困りました。困りました」
(んん?)
困っている人がいた。
「師匠……?」
「あ、えーと……」
ミストは足を止め、ダンジョンに入ろうとしないジサンの方を気に掛ける。
「っ……!」
(あ、やべ……)
ジサンは困っている人と視線がぶつかるのを感じる。
困っている人はこれ幸いというような表情でそそと近づいてくる。
「あの……ちょっとお話を聞いていただいてもいいでしょうか?」
「え、あ……はい……」
「実は私…………困っておりまして……」
(でしょうね……)
困っている人は、ショートカットの少女。
中肉中背で、歳は十代後半くらいに見えた。
特筆すべきは雨でもないのに、カエルをモチーフにしたレインコートのようなものを羽織っている。
「なんだこの女」
ミストは訝しげな視線を困っている人に向ける。
「あ、えーと……私、コマリといいます」
(ん……? プレイヤー名がコマリというのか……)
「はぁ……」
ミストは興味なさそうに応える。
「あの、私、困っておりまして……シック状態の……えーと、妹の治療にどうしてもこの山にある"レンゲ草"が必要なんです……居ても立ってもいられなく、こうして足を運んだわけですが、いざ来てみると、足がすくんでしまい……」
(……なるほど)
シック状態とは、ゲーム的に病的な状態異常になっていることである。AIの技術により通常の病気は克服されており、旧来の病気は比較的容易に治療することができるため、現在では、実質的な病気がこのシック状態というわけだ。ちなみに、ジサンの知っているところで言うと、かつて月丸隊のユウタがオーク肉を食べすぎたせいか、腹痛のシック状態になったことがある。
「あの…………貴方達はこれからこのダンジョンに入られるのでしょうか? どういった目的でしょうか?」
(……特別、隠す様なことでもないからいいか……)
「えーと、ブラック・ストーンという素材を探しに……」
「なるほど……そうであれば、差支えなければ、私も連れて行っていただけないでしょうか?」
「どうします? 師匠……」
ミストの声のトーンは多少、嫌そうではあったが……
(……まぁ、いいか……困ってそうだし)
「かなり寄り道もすると思いますが、大丈夫でしょうか?」
コマリという少女の表情はぱっと晴れる。
◇
コツコツコツと小気味よい足音が静かなダンジョン内に響く。
三人とゲスト一人の四人は木道を歩いていく。
「うわぁ~~、綺麗ですね! マスター!」
「そうだな」
キリガミネ高原ダンジョンに入って、一時間程経つと、巨大な湿原を囲うような木道が始まった。
時刻は昼前――
天気は良好、空は碧く、強くなってきた陽光がどこまでも続くような若草色の湿原を照らす。
それを見て、サラは目を輝かせている。
と……
「ん……? これ……」
(ん……?)
木道の脇でミストが揺らめく植物を見つめている。
「レンゲ草じゃね?」
(え……?)
「あっ、た、確かにレンゲ草です!」
ちょこちょこと列の一番後ろに付いて来ていたコマリが反応する。
(お……? そうなのか? やけにあっさり見つかってしまったな……)
「えーと、これで大丈夫そうですか……?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます……! これで母を治せます……!」
(……さっき、妹って言ってなかったか?)
「よかったな、じゃ、お前は下山すっか?」
「え゛っ!?」
ミストのドライな発言にコマリはわりと大袈裟に驚愕する。
「え? だって、用が済んだろ……」
「ひ、ひどい……下山時に凶悪なモンスターに襲われたら……困りました……」
(言う程、弱くないから大丈夫な気もするが……)
ダンジョンに入ってから数回、モンスターと遭遇したが、ジサンから見て、コマリはそれほど弱いと感じていなかった。ひとまずこのキリガミネ高原ダンジョン入口付近においてはソロでも安全に脱出できそうだ。
ミストも同じようなことを考えているのだろうとジサンは思った。
「すぐに妹だか、母親だかのシック状態を治してやらなくて大丈夫なのか?」
「あっ……えーと、そうですね。すぐにどうこうっていう奴ではないので……」
「え、じゃあ、付いてくるのか?」
ミストが聞く。
「で、できれば……」
「むしろこれからが大変かもしれないですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です……! 皆さんがいるので大船に乗ったつもりでいます……!」
コマリはえっへんとでもいうように言い放つ。
(あまり過信されても困るのだが……)
◇
「…………あのぉ」
「なんだ?」
「あ、いや、なんでも…………」
ミストのやや高圧的な返答にコマリは口を噤む。
彼女は思う。寄り道するとは言っていたけど……それにしても、事あるごとに寄り道し過ぎじゃないか?
「あっちへ……」
「はい、マスター!」
「こっちへ……」
「了解です、師匠……!」
「…………」
ジサンらは、新しいモンスターがいないかダンジョン内を入念に探索し……
「池だ。釣りしよう」
「承知しました!」
池でもあれば、突如、釣りを始め、小一時間セルフ足止め……
やべえ奴らだ。
ブラック・ストーンはどうした……? とコマリは安易に付いてきたことを後悔し始める。
「…………って、あれ?」
と、コマリは道の脇で何かを見つける。黒光りする石のようなものだ。
「み、皆さーん、見つけました! 見つけましたよ!」
「おっ……?」
「これ……! ブラック・ストーンです!」
「「「おぉ~~!」」」
三名はそれなりに良い反応を示す。
「やるじゃねえか、女」
「手柄じゃな」
「有難うございます、コマリさん」
「へ、へへ……それ程でも……」
「師匠……量も十分です。これで目的の強化は可能かと」
「おぉ……! それはよかった」
ジサンは満足気だ。
「そ、それじゃあ……」
コマリは一安心し、確認しようとする。
「残りの行ってない場所に行きましょうかね!」
「「はい!」」
「………………」




