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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第6章『執事も決心しなければなりません!!』
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memorys,99

「亜矢!」


 耳元で叫ばれ我に返る。そこには美しいの一言では足りないほど綺麗になった奏の姿があった。


「何回も呼んだんだよ! 大丈夫? まだ緊張してる?」


「……奏、やっぱり美人」


「何言ってるの! もう出番近いから早くスタンバイするよ!」


「えっ! もう始まったの!?」


「もう、目を開けたまま気絶してたの!?」


 そう言っておかしそうに笑うも、直ぐ様わたしの手を引き立ち上がらせる。


「さあ、行くよ! 亜矢、楽しもう!」


「うん!」


 いつの間にか変な緊張感は全てどこかに消え、わたしは普段通りの笑顔を奏に向けた。


「いい笑顔……それでこそ亜矢だよ」


 そして、わたしはステージへ繋がる扉を潜った。



 ステージに立った瞬間に沸き起こる鳴り止まない拍手とフラッシュの嵐。ライトアップされたランウェイをわたしはレッスン通りに歩き、決められた位置でポーズをとる。初めは決められた事を忠実にやろうと必死だった。けれど、いつしか動きは自然と軽やかになっていく。


 楽しい。

 その一言がわたしを自由にしていく。


 ただ衣装を着て歩くだけのことなのに、どうしてこんなにも心が踊るのだろうか。

 初めて感じる言い表しようのない胸の高鳴りに、目の前がさらに輝いて映る。


 最後のポーズを奏と一緒に決めたと同時に沸き起こる歓声。数分間の出来事がまるで夢のように感じて、身体が感動のあまり震えだした。こんなにもすごい経験をしてるのだと、遅れた感情が涙腺を刺激する。泣くのを我慢しながら最後までやり遂げた途端、奏が優しく手を握ってきた。


「亜矢、綺麗だったよ」


 いつもクールな奏の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


「奏、わたしモデルやってみて良かったよ!!」


「でしょ? けど、まだショーは終わってないよ! 幕が閉じるまでわたし達はモデルでいなくちゃね」


 わたしは満面の笑みを奏に向けて頷いた。

 そして、最後を締め括るステージに立つ。



 こうして、わたしのモデルデビューは幕を閉じた。




 メイクも落とし、普段の服に着替え終えても尚、耳に残る歓声と瞳に残る残像に浸る。まだ耳に光る蝶のイヤリングを名残惜しくも感じながら取ると、近くにいたスタイリストさんに渡した。


「あの、九条さんっていますか?」


 控え室にスタッフの女性がきょろきょろ見渡しながら顔を出す。


「はい、わたしです」


「あ! 居て良かった。お兄さんが呼んでますよ」


「お兄ちゃんが?」


 お父さんや涼華さん達は見に来てくれる予定ではあったが、陽太さんは会社で来られないかもしれないと聞いていたから意外な呼び出しに少々驚く。しかし、都合がついて見に来てくれたのだろうか。スマホを鞄に入れたまま預けていたため、わたしは慌てて立ち上がる。


「正面ので入り口は人がたくさんいるので、裏口の方へ来てほしいって言ってましたよ」


「ありがとうございます」


 お礼を言い、わたしは急いで裏口へ向かった。


(奏に伝えた方が良かったかな……)


 奏は着替えたあと、譲流さんを探しに行ったきり戻ってくる気配はない。スマホを取ってくるべきかと一度足を止めるも、お兄ちゃんを待たすのも悪いような気がして引き返すことをやめた。


(お兄ちゃんに会ったら直ぐ戻ってくればいいか……)


 そう考えながら長い廊下を走っていくと、裏口の扉が見えてくる。わたしは躊躇なく扉を開け、待っているであろう陽太さんへ声を発した。


「お待たせ! お兄ちゃんっ」


 建物が直ぐ近くにある狭い通路のため、誰かがいれば直ぐに分かる。しかし、そこには陽太さんの姿はない。


「あれ? お兄ちゃん?」


 居ないことを不思議に感じ、もう一度左右を見回そうとした刹那、わたしは気が付いてしまった。開けた扉の裏に隠れるように立つ人影。それに目線がいった矢先、その人影はわたしに向かってくる。悲鳴でもなんでもいいから声を上げなくちゃと頭の中で警告音が鳴り響くも実行に移すことは出来なかった。わたしの口元に何かが押し当てられたかと思ったら、急激に視界が歪むほどの眠気が襲う。


 逃げなくちゃ駄目だ。


 なんとかして意識を保とうとするも、瞼は重くなっていき、最後には途絶えてしまった。





 どれぐらい眠っていたのだろうか。鈍い頭痛とともに、重い瞼を上げる。目を開けるが辺りが薄暗いせいか、自分がどこにいるのか全く分からなかった。手足を動かそうと力を入れてみるけれど、紐のようなもので縛られているのかピクリとも動かせない。しかも、口にはガムテープを貼られていて声すら出せなかった。


(どうなってるの? 誰がこんな事……わたし、もしかして誘拐されちゃったの⁉)


 冷たい床に横たわった状態で、どうしてこんなことになったのかを必死で考えるも訳が分からない。


(神木さん……)


 優しく微笑む神木さんの姿が浮かんできて、思わず泣き出しそうになった。だけど、泣いていても状況が変わるわけでもない。どうにかして助けを呼ぶ方法はないかと考えた瞬間、私はあることを思い出した。今日着てきたブラウスの胸ポケットにお兄ちゃんが念のために肌身離さず持っていろと言われて入れておいた防犯ブザーがある。ボタンを押せば警告音が鳴り、陽太さんのスマホに連絡がいく仕組みになっていた。


(防犯ブザーを何とかして鳴らせれば助が呼べる!)


 なんとか胸ポケットから取り出そうと、体をねじったり、揺れてみたりと試すがなかなかうまくいかない。そのうち、どこからか物音が聞こえてきた。誰かがこちらに近付いてくる足音と話し声。犯人に防犯ブザーが見つかったら取り上げられてしまうと思い、わたしはとっさに動くのをやめた。


 奥のドアが開くと同時に、薄暗かった空間に日の光が差し込む。


「目が覚めたみたいだな」


 眩しさのあまり目を細め、逆光のせいでぼんやり見える人物に視線を向ける。ただ、その人物が誰なのかは声を聞いて察しがついた。


「久しぶりだな、九条 亜矢」


 見間違えるはずはない。相変わらず人を見下したような笑みを浮かべている最低最悪な相手。

 朝比奈 晶だった。

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