memorys,97
わたしは朝食の席で顔面蒼白していた。それはなぜかと言うと、一冊の雑誌が原因である。
どこから漏れたのだろうか、わたしがモデルをやると雑誌の一面をでかでかと飾っていた。
「この記事を書いたのって、あの亜矢を付け狙ってたやつじゃないか?」
記事の最後に記者の名前が載っているのを見て、陽太さんが珈琲を飲みながら呟く。たしか、最初に会った時に名刺を渡されたから名前に見覚えがあるような気はした。しかし、あの時は彼に対して恐怖心しかなく、名刺も直ぐしまってしまったために言われるまで気付かなかった。
わたしを調べ回っていないのは先日再会した時に分かったが、もう記事に書かないと言っていたわけではない。しかし、こんなにも早くわたしを記事に書くとは予想外だった。顔までは載ってはいないものの、朝比奈財閥の新たな社長・九条 陽太の紹介とともに、妹がモデルとして活躍と書かれてあれば誰のことを示しているかは明白だった。
「まあ、あまり気にすることはないわよ。亜矢ちゃんのこと悪く書いてるわけじゃないもの……逆に人気者になるかもしれないわよ」
いつものようにポジティブな涼華さんにわたしは複雑な心境を隠しきれず、苦笑いを浮かべる。
注目を浴びるのは正直苦手だ。そして、モデルとして失敗が許されないとプレッシャーをかけられた気がして、妙に落ち着かない気持ちになる。ただでさえ本番までの日数が迫っていて緊張感が増しているのに、この雑誌で追い討ちをかけられた気分だった。
「けど、注目される分……もしかしたら危ない目にも合うかもしれないから気を付けた方がいいんじゃない? 人間の嫉妬ほど怖いものはないから」
珍しく心配の声を漏らした暉くん。それは自分の経験からの助言だとわたしはすぐに気がついた。
「暉くんの言うとおりだな! 亜矢、何もないとは思うが十分に気を付けなさい」
お父さんが暉くんの発言に納得したのか深く頷きながら、真剣な面持ちでわたしに言う。それを耳にした白藤さんが即座に笑顔で返す。
「旦那様、ご心配には及びません。送迎は神木さんと交互にやりますし……ひとりで行動されないようきっちりわたくしが見張りますので」
「お嬢様に怖い思いは決してさせませんのでどうかご安心ください」
続いて神木さんもスマートな笑顔で言うと、涼華さんがおかしそうに笑う。それは神木さんと白藤さんの競うようなやり取りが面白いと思ったからなのだろうが、何も事情を知らないお父さんは急に笑いだした涼華さんを不思議そうに見遣った。お父さんに気付かれたら面倒が増えてしまうと考え、わたしは慌てて席を立つ。
「それじゃ、そろそろ行ってきます! 今日も練習で遅くなるから」
「雑誌に載ったからってあまり気に病むことはないわ。堂々と亜矢ちゃんらしく頑張っていらっしゃい」
「ありがとう、お母さん! 行ってきます!」
なんとかお父さんに怪しまれなかったことに安堵したものの、やはり記事のことが気掛かりで仕方なかった。学校に行って、クラスメイトがどんな反応をするのかという不安は拭いきれない。編入してきた当初は陰口の嵐だったが、暉くんが兄妹と暴露してからは幾分落ち着いていた。しかし、仲が良くなったというより気を遣っているという表現が正しい。どうしても朝比奈財閥と関わっている視線が強いため、奏以外で自分らしく喋れる人はいまだいなかった。だから、あの雑誌の記事がきっかけでまたもクラスメイトから距離をとられてしまう可能性だってある。せっかくの学校生活なのにこのまま友達も作れずに終わってしまうのは少々切なく感じた。
教室の前に立ち、気が重くなったために漏れ出しかけた溜め息を寸前でこらえる。雑誌はもう発売されてしまったのだから事実は変えられない。どんな反応をされても受け止める覚悟を持とうと、わたしはおもいっきり教室の扉を開け放つ。しかし、わたしの抱いた不安はあっさりと打ち消された。
「おはよう、九条さん!」
教室に入るなり、クラスのほとんどの女子たちがわたしの方へと視線を向ける。しかも笑顔だ。
「お、おはよう」
「雑誌見たよ! すごいね、モデルデビューするんでしょ?」
「御山さんお兄様の推薦なんでしょ? 羨ましいわ」
「譲流さんとどこでお会いになったの? なかなか帰国されないって聞いてたから、亜矢さんは運がいいのね」
どうやら、奏のお兄さんは案外有名人のようだ。奏に目を向けると、わたしと同じように数人の女子に囲まれていた。譲流さんの帰国と、ファッションショーの開催はかなりの話題をよんでいるらしい。
「あの九条さん、ずっとお話とかしてこなかったから……もしお嫌でなかったら仲良くしていただいてもいいかしら?」
「えっ!?」
「ほら、わたし達ずっと九条さんのこと誤解して酷いことしてしまったから……お話しするきっかけをずっと探していて。これを期にって言ったら気を悪くするかもしれないのだけど、わたし達九条さんともっと仲良くしたいって思ってるの!」
彼女たちは真剣にわたしと向き合おうとしているのだと、瞳を見てすぐに分かった。人気者になるのは正直苦手ではあるが、こんな風にぎこちなかったクラスメイトと仲が深まるなら悪くない。わたしは笑顔で頷いた。
「もちろんだよ!」
そう答えた瞬間、周りで笑顔が広がった。今まで話してこなかった男子までもが介入したりして、ここに来て初めて学園生活を送れたような感覚を味わう。あの記者のことは好きになれないが、今回の記事は感謝したいと思えた。




