memorys,95
「亜矢がモデルっ!?」
第一声は、お父さんの驚きの声。その日の夜、わたしはみんなの集まる夕食の時間にあの事を相談した。やはり、いきなりわたしがモデルをやりたいなんて言い出したものだから、みんな目を見開きこちらを見つめている。側で食事を運んでいた神木さんと白藤さんも同様。動きが止まり、口を半開きにしていた。
「いいじゃない! 亜矢ちゃんのモデル姿見てみたいわ!」
みんな無言の中で、涼華さんだけが賛同の拍手をする。
「どこでやるか決まってるの?」
「うん、会場は都内でわりと近場だし……そこまで大規模じゃないから、初心者のわたしも参加しやすいみたい。奏のお兄さんの推薦枠でエントリーしてもらえることになったんだけど出てもいいかな?」
「もちろんよー。いろんな事にチャレンジできるのは若いうちだけだもの。やりたいことを思いっきりやってみたらいいわ」
「お父さんも、いいかな?」
さっきから黙ったままのお父さんの顔を覗き見ると、なんだか難しい表情をしていた。わたしのやりたいことを反対したことのない父ではあるが、こんな反応は初めてだ。もしかしたら反対されるかもしれない。そう頭に過った瞬間、涼華さんが優しくお父さんの背中を叩く。
「娘が大勢の目にさらされるのに不安を感じるのは分かるけど、亜矢ちゃんがやりたいなら賛成してあげたら? かわいい子には旅をさせろってよく言うでしょ?」
「……だが」
「あまり過保護だと、亜矢ちゃんの未来を狭めてしまうわ。親であるわたし達が子供の視野を奪ってしまうのは愛情ではないんじゃないかしら」
「俺も心配だけど、賛成です」
隣に座る陽太さんが笑顔を向ける。
「亜矢がここに来て何かやりたいと言ったのはこれが初めてだから、兄として背中を押してあげたい」
「お兄ちゃん」
「モデルが務まるかどうかは別として……挑戦することは悪いことじゃないと思うよ」
暉くんも陽太さんに続いて賛成の声をあげてくれた。
「暉くんも……ありがとう」
渋い顔だったお父さんも兄弟までもがわたしの味方になってしまったためか、諦めたようにひとつ息をはく。
「モデルの世界はお前が思ってるほど甘くないし、きっと大変なことや辛い場面もあるかもしれない。しかし、それも経験だな……亜矢が望むならやってみたらいい」
「お父さん、ありがとうっ!!」
「ただ、まだ晶くんのこともあるから何かあったら大変だ。必ず移動は神木くんか白藤くん同行が条件だからな」
「分かった! 約束します!」
父の許しをもらい、わたしは新たな挑戦に胸を高鳴らせた。
食事も終わり、わたしはすぐ奏に報告する。どうやら奏もモデルとして出るようで、わたしと一緒にステージに立てることをすごく喜んでくれた。
(よし! やる気が湧いてきた!)
明日からモデルをするためのレッスンや衣装決めと忙しくなるだろう。不安もあるけれど、どんな環境下におかれても強い自分でありたい。
「頑張ろう!」
「頑張るのはいいけど空回りするなよ」
後ろから急に声が掛かり、わたしは慌てて振り向いた。そこにはトレイを片手に持った白藤さんの姿。
「なんで勝手に入ってきたの!?」
「あほっ! ノックはしたからな。お前は本当に何かに没頭しだすと、周りが見えなくなるな」
「ごめん、全然気が付かなかった」
「紅茶を淹れてきたから飲めよ。肩の力が入りっぱなしだとまたぶっ倒れるぞ」
暖かな紅茶の入ったカップを手渡され、わたしは素直に受けとる。
「ありがとう、白藤さん」
すると、今度は鮮明にノックの音が聞こえてきた。しかし、ドアは開けたままですぐ誰が来たのかが分かった。
「神木さん」
「先を越されました。全く白藤さんは素早いですね」
神木さんもトレイに何かを乗せてやってきたようで、白藤さんに悔しげな目線を送る。
「神木さんはなんだか忙しそうにしていましたし、わたしがお嬢様のお世話やくなのですから悔しがる必要などないのでは? あまり男の嫉妬を晒すとみっともないですよ」
「ご忠告ありがとうございます」
白藤さんの嫌みに眉が引きつっているのを見て、わたしは場を和ませようと笑顔で訪ねた。
「神木さんは何を持ってきたんですか?」
「はい……旬のフルーツを」
「美味しそう! 紅茶と一緒にいただきます」
そう返答すると、神木さんもいつものような笑顔を浮かべる。
「それよりも、モデルなんてよく受けようなんて考えたね。今までモデルをやりたいなんて言わなかったのに……なにか心境の変化でもあった?」
「わたしも自分でビックリしてるんだ。モデルなんてわたしには縁のない世界だと思ってたから……けど、奏のお兄さんに自分の可能性を試してみないかって言われて気がついたんだ。わたしにはやりたいことが何一つないって……もうじき進路のことも決めなきゃいけなくなるし、やりたいことが決まってないと大学で何を学んだら良いかもわからないでしょ?」
「それで、モデルがその一歩って訳か」
いつの間にか、3人でのお茶会のような状況になってしまった。神木さんと白藤さんは喧嘩は多いものの、何だかんだ協力し合っていて仲がいい。こんな風に笑って雑談する日が来るなんて夢のようだ。
「亜矢がやりたいなら俺は全力で応援するよ」
「ありがとう神木さん」
「俺もお世話係だからな、サポートはお任せください」
悪戯っぽく言う白藤さんに笑顔で頷く。
まだ見ぬ世界がどんなものなのかは想像もつかないが、自分には支えてくれる人がこんなにもいる。だから、絶対に最後までやりきって見せると心の中で誓った。




