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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第5章『執事は諦めません!』
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memorys,78

 どこからか声が聞こえる。

 だけど、頭にこびりついた残像が繰り返し流れてきて、その声に耳を傾けることを妨げた。


「…い……や」


 急に強く肩を揺すられる。その反動でようやくぼやけていた視界が鮮明に映り出し、途切れ途切れに聞こえていた声が耳に飛び込んできた。


「おい! 亜矢っ!」


 今度は両頬に鈍い痛みが走る。


「いたっ!」


「おい、こら! いい加減聞けよ!」


 イラついたようにわたしの頬を思いっきり抓る白藤さんと目が合った。


「ご、ごめんなひゃい」


 間抜けな声になりながら、やっと自分のいる状況を確認し始める。さっきバルコニーからみんなの待つ部屋へと戻った筈なのに、なぜか今は自分の泊まる部屋の椅子に座らされていた。頬を抓る手が離れると、今度は鼻先が触れる寸前まで白藤さんの顔が近付く。


「お前また余計なこと考えてただろ」


「そんなこと……」


 自分がどうやって部屋に戻ってきたのかすら分からない状況下で、はっきり否定できなかった。


「ごめん」


 白藤さんに申し訳なくて、こんな自分が本当に情けなくなってきて、謝る以外思いつかない。そんなわたしを見兼ねたのか、覗き込むようにその場にしゃがみ込んだ白藤さんが優しく微笑む。


「気にするななんて言葉は今のお前には無理だろうから、無理矢理笑えなんて言わない。自分の持つ想いってのは自分自身でもどうにもならない時があるから……それを押し殺したってなんの解決にもならない。俺がお前をずっと想ってきたように、簡単には断ち切れない。心ってのは思い通りにならないもんだ」


「白藤さん……」


「お前が神木と向き合って話したいなら止めることはしない。お前は諦めが悪いからな……思うように行動してみたらいいさ」


 白藤さんだってきっと不安に思っているはずなのに、こうやって背中を押そうとしてくれる。感謝してもしきれないし、謝っても謝り足りない。


「さて、俺はみんなのところに一度戻るよ。なんかイベントがあるのか知らないけど、時間指定されてるんだ」


「え?」


「お前は休んでて構わないから」


 神木さんの登場でぼんやりしていた。そう、今日はクリスマス。

 白藤さんの大切な日。


「大丈夫! もう大丈夫になったから、わたしも戻る!」


「無理しなくていいんだぞ?」


「ううん! 無理なんてしてないから……」


 いくら神木さんのことで動揺してしまったからとはいえ、このまま部屋に閉じこもってなどいられない。今日は白藤さんにとって特別な日になるはずなのに、それを壊すことなんてあってはならないことだ。


「なら行くか」


「うん」


 白藤さんが部屋のドアへと向かうすきを見て、わたしはそっと鞄からあるものを抜き取った。彼がわたしの方へ振り向く前にそれを背中に忍ばせる。


「それよりイベントってなんだろうな」


「さあ、わたしも聞いてないから分からない」


 まさか自分の誕生日パーティーが計画されているとは微塵も思っていない白藤さんの問い掛けに、嘘が苦手なわたしはぎこちない顔で答えた。先ほどの出来事のこともあったからか、硬い表情のわたしを不審がることはなかった。


 白藤さんと再び戻ってきたパーティー会場の前に立つ。白藤さんは普段通りにわたしを部屋へと誘導するように扉を開けた。その瞬間、クラッカーが鳴る音が間近に響く。驚く暇もなく、みんなの声が部屋に響き渡る。


「誕生日おめでとう!!!!」


 そして、みんなが白藤さんに笑顔で拍手を送った。


「あの……これは?」


 突然の出来事に、白藤さんは放心状態で辺りを見渡す。そんな彼に、中央に立っていた陽太さんが近くへと歩み寄った。


「今日は白藤くんの誕生日だろ? 九条家に来て初めての誕生日だから、盛大に祝おうと計画してたんだよ」


「そんな……」


「おめでとう、白藤くん」


 再度お祝いの言葉を言われたせいか、白藤さんが今にも泣きだしそうな顔になったのに気が付く。そんな姿を見ていたら、なんだか私まで泣きそうになってしまった。


「ありがとうございます」


 そこでふっと白藤さんと目線が重なる。


「なんでお前まで泣きそうになってんだよ」


 強気な言葉を言うも、みんなに聞こえないような小声で、しかも嬉しそうな表情をしていたため、わたしは小さく笑った。


「嬉しいからだよ……白藤さん、おめでとう」


「ありがとう」


「さあ、クリスマスパーティーと誕生日パティ―だ! 今日は楽しまなくちゃな!!」


何杯目かのワインを片手に、お父さんが気分よさそうに声を上げる。


「白藤さん!」


 再び賑やかな声が広がる中、わたしは誰かに呼ばれてしまう前に白藤さんを呼び止めた。こちらへ振り向いた瞬間、背中に忍ばせていたものを前に出す。


「これって」


「誕生日プレゼント……白藤さんの好きなモノとか分からなかったから喜んでもらえるかは分からないけど、ネクタイピンにしてみたの。きれいな青だったから白藤さんにピッタリかなって」


 プレゼントを受け取るも無反応な白藤さんの反応に、思わずわたしは心配で顔を覗き込む。


「ごめん! もしかして気に入らなかった?」


「悪い。違う……」


 そう言って、困ったように続ける。


「誕生日祝われるのも、プレゼントもらうのも子供の時以来だったから照れ臭くて……どんな顔したらいいか分からなかったんだ」


 ああ、やっぱりこんな彼に悲しい顔をさせてはいけない。

 子供のころ誓った気持ちは今も変わらず記憶に残っている。


「ありがとう……すごく嬉しいよ」


 本当の笑顔を取り戻した彼をまた悲しませるなんて出来ない。

 だから、わたしはちゃんと向き合わなきゃいけないんだ。


 神木さんにしっかりと今の気持ちを伝えようと、そっと心の中で誓った。

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