memorys,61
お昼ご飯を買って、わたし達は近くにある大きな公園へと訪れる。子供が遊べる遊具があるのはもちろん、大人が運動するには最適な広さと設備が充実していた。広い青々と覆い茂る芝生と、その間を流れる小川はピクニックをするのにぴったりな場所。今日は天気も良いためか、同じようにお弁当を食べる家族連れがたくさん見受けられた。
「やっぱり皆、考えることは同じですね」
「ああ」
公園に着くなり、少し驚いた顔で周りを見渡す白藤さんに首を傾げる。
「どうかしました? あっちでご飯にしようっ」
大きな木でちょうど木陰になっている場所を指差し、なかなか動かない白藤さんの腕を引っ張り誘導する。お店で買ってきたレジャーシートに腰掛け、サンドイッチをふたり同時に口へと頬張る。
「……うまい」
「外で食べると味が全然違いますよね。コンビニのサンドイッチとは思えないぐらい」
「ああ……美味しい」
さっきから様子のおかしかった白藤さんの表情がようやく和やかになった。
「誰かとこうして公園でご飯食べるとかやったことなかったけど……悪くないな」
「え? 初めて!?」
「まあな……だから、こんなに家族連れでピクニックしてる人がたくさんいるなんて驚いた」
だから様子が変だったんだと気が付く。
(そっか……小さい頃から執事の仕事してきたから、こういう当たり前の楽しみを知らないんだ。それぐらい我慢して頑張ってたんだ)
「白藤さん、たくさん食べてください! 昨日はお粥しか食べてないから、お腹空いたでしょ? おにぎりもありますからっ」
わたしがおにぎりを差し出すと、白藤さんは笑って頷き受け取った。
ご飯を食べ終え、レジャーシートを片付けるわたしに声が掛かる。
「このあとは、どうしたい?」
「え?」
てっきりお昼を食べたら帰るとばかり思い込んでいたわたしは、思わぬ問い掛けに首を捻った。
「ボートにも乗れるらしいし……あ、テニスもできるらしいけど」
公園のパンフレットを見つめながら言う白藤さんの様子を見つめる。
(顔色は良さそうだけど……体調はまだ心配だから、負担が掛からないようにしたいんだけど)
答えに迷ったあげく、わたしは思い付いた提案を口にする。
「ここ散歩コースもいろいろあるみたいだから、歩きながら考えませんか?」
散歩ならば、疲れたら直ぐに休ませる事ができると考えたのだが、相手の表情が一瞬にして曇ってしまった。
「お前さ……さっきから、俺の体調ばっか気にしてるだろ?」
「あ、バレました?」
「大丈夫だから」
呆れ顔をしながらわたしの手首を掴むと、ゆっくりと持ち上げられ、白藤さんの頬に当てられる。
「ほら、熱もないだろ」
意思に関係なく触れてしまった事に動揺し、一気に顔が火照っていくのを感じた。
「わ、分かったから……離して」
「離すから、なにがしたいか選べよ」
きっと、答えるまで離さないつもりだと察し、いつもの意地悪な笑顔をした白藤さんを睨み言う。
「だったらボートでいいよ!」
しかし、そう強く言い放った瞬間だった。なんの前触れもなく、大粒の雨が勢い良く降り出し始める。
「えっ!?」
「亜矢、一先ずこっち来い!」
掴まれたままだった手首を引かれ、近くの木下へと駆け込む。雨は更に激しさを増し、次第に雷鳴が轟き始めた。さっきまで晴れやかな青空だった空は、あっという間に暗くなっていく。その様を見つめていた白藤さんは、少し濡れてしまった髪を掻き上げ、困ったように呟いた。
「……今日は雨の予報なんかなかっただろっ」
「仕方ないよ。止むまで待とう」
「くそっ……これじゃあ、ボートも無理だな」
残念そうに肩を落とす背中を見て、また心が小さく波打つ。
白藤さんの事を“特別”に見ることはなくとも、今感じる彼に対する感謝だけは伝えなくてはいけない。そう、思った。
「白藤さん」
「どうした? 寒いか?」
「違う。そうじゃなくて……あのっ……ありがとう」
急にお礼を言われ、白藤さんは不思議そうな表情へと変わる。
「本当はね、前から言いたかったんだけど……言うタイミングなくして、遅くなってごめんなさい」
雨音に掻き消されないように、真っ直ぐ相手を見据え告げた。
「神木さんが居なくなった時、思いっきり泣けたことや……落ち込みそうな時にハーブティ持ってきてくれたこと、凄く救われた。今日だって、わたしを励まそうとしてくれたんでしょ? 今日久しぶりに笑顔になれたのは、白藤さんのおかげ……白藤さんが居てくれて良かったって思ってる」
「……亜矢」
「けど、神木さんのこと忘れた訳じゃない。だから白藤さんのこと好きになるとか出来ないけど……わたしにとって白藤さんは“あお兄”であり、大切な家族だって思ってる」
申し訳ない気持ちもあるけど、今できる限りの精一杯の笑顔を浮かべる。
「白藤さん……わたしのこと元気付けてくれて、ありがとうっ」
白藤さんの目が大きく見開かれた。
「それだけ伝えたかったんだ」
言い終えてからわたしはあることに気が付き、慌てたように鞄を探り始める。鞄の奥からタオルを取り出すと、白藤さんの濡れた髪に宛がった。突然の行動に驚いてか、微かに彼の肩がピクリと動く。
「濡れたままだと、また風邪引いちゃいますよ!」
笑って言うと、白藤さんの口から小さく息が漏れた。そして、雨に濡れた手をわたしの肩に置く。
「悪い……やっぱ変更」
「え?」
タオルを持っていた手が引っ張られる。それに気が付いた時には、もう遅かった。急激に迫ってきた白藤さんの顔を避けられないまま、またしても口付けを許してしまう。
力が抜けた手からはタオルが滑り落ち、濡れた地面に音もなく落ちていていった。