memorys,60
人が混み合う大通りを並んで歩く。白藤さんはなんとも思わない顔付きで歩いているが、わたしはだんだん“ある不安”から周りを気にし出していた。
「あの、白藤さん?」
「んーー?」
「大丈夫ですか?」
「何が?」
やはり気にもしていない様子で、わたしの問い掛けにきょとんとした反応を示す。
「何がって……こんなところを記者に見られたら、白藤さんに迷惑が」
「アホっ!」
わたしが口にした不安をたった一言で切り捨ててしまった。
「アホって、だって記者に何か書かれたら大変になるのは白藤さんなんですよ!?」
「全く、そんなこと気にしてたのか。余計なこと気にしなくていいからっ」
呆れたように溜め息を零す。
「それに俺はそうなったとしても別に……」
そこまで言い掛けると、視線をある方向へ移し、足を止めた。
「お前、そこで待ってろ」
「え? うん」
いきなり反対方向へ歩いて行った白藤さんの背中をぼんやりと眺める。
(……そうなったとしても別に……それって、つまり)
わたしとそうなろうと構わないという事なんだろうか。そこまで思われるような事など、彼にしたつもりはない。ただブレスレットをあげただけのことを白藤さんは、命の恩人みたいな口振りで語る。
(わたしなんか“あお兄”の存在も忘れてたのに……)
あんな玩具のビーズで作ったブレスレットを大事にして、忘れずにいてくれたあお兄の優しさは、わたしの心に鈍い痛みを与えた。
「おいっ! まーった、余計なこと考えてるだろ?」
いつの間にか戻ってきていた白藤さんの顔が至近距離に迫っていて、思わず後退ろうとしたわたしの腕をガッチリ掴む。
「こら、動くなっ」
相手の右手が伸び、そっとサイドの髪を耳の後ろへと流す。僅かにカチッと、何かが音を鳴らした。
「よしっ」
手が離れていくのを見て、訳も分からず耳元に触れると、ヘアピンが付けられたことに気付く。さっき白藤さんが離れたのは、露店でヘアピンを買いにいったためだったのだ。
「これ」
「その方が似合う」
白藤さんが柔らかな笑顔になる。
「最初に言っただろ? 耳出した方が色っぽいって」
「それっ! 冗談じゃ」
「あれは本当……ほら、行くぞ」
自然と繋がれた手に、わたしはまた困って、俯いた。
こうやって接してくる度に、嫌でも感じてしまう。
白藤さんの存在と想いを……
白藤さんに連れられ辿り着いたのは、意外な場所だった。
「ここって、映画館ですよね?」
「見れば分かるだろ? お前何が見たい?」
「えっ、えーっと」
いきなり連れてこられて、急に選べと言われても直ぐには決められない。しばらく泳がせていたわたしの目が、ある映画タイトルで止まった。
「あ、これ」
それはシリーズものの冒険ファンタジーの最新作。毎回好きで見ていた作品に、思わず声が出る。それに気付いたのか、白藤さんが顔を近づけ覗き込んできた。
「これか、前のシリーズ俺も見た。結構面白かったよな」
「白藤さんもこういうの見るの?」
「ああ。嫌いじゃないよ」
「なら、これにしようよ! 続き見たかったから、気になってきちゃった!」
好きな映画が見れる嬉しさからか、無意識に笑顔になる。それを見るなり、白藤さんが安堵した笑みを零した。
「なんだ、笑えるじゃん」
「えっ」
「よし、観るものも決まったから行くぞ! 俺はチケット買うから、お前は飲み物とか買ってこい」
「うん……分かった」
心なしか照れたように顔を背け、チケット売り場へ向かっていく白藤さんの姿を見つめる。小さく言った一言だったけど、確かに聞こえてきた。
(もしかして……わたしを元気付けるつもりで映画館に?)
急になんだか心が落ち着かない。
頼まれた飲み物とポップコーンを買い、指定の席にふたりで座る。上映を知らせるアナウンスが響き、一気に辺りが暗くなった。
「始まるな」
「うん」
スクリーンが明るくなり、白藤さんの表情がまた瞳に映り出す。
(どうしよう……なんかこれってデートみたいじゃんっ)
変な胸の高鳴りを誤魔化すように、わたしは流れ出した映像へ目を向けた。
◇◇◇ ◇◇◇
映画を見終わった頃には白藤さんに対して感じた緊張感は嘘のように消え、すっかり物語の余韻に浸っていた。
「すごく面白かったね! ラストまで目が離せなかったよ!」
映画館の中にあるカフェで一息つき、映画の内容を白藤さんに語る。そんなわたしの様子を見て、満足そうに笑った。
「今回も悪くなかったな……それにお前の笑った顔が見られたから、来た甲斐があったよ」
「えっ?」
その言葉に気付く。
(やっぱり、わたしのためだったんだ)
最近笑っていなかったわたしのために、病み上がりな身体で無理して連れ出してくれたのだと知った。
「どこか行きたい場所あるか?」
そう聞かれて、少しだけ悩む。白藤さんの身体の事を考えると、あまり無理はさせたくなかった。
「なら、公園とかどうですか? もうすぐお昼の時間だし、広い公園で食べたら最高ですよ!」
「それなら、お昼の調達しなきゃな」
席を立ち、わたしに手を差し伸べる。
「そうと決まれば行くぞっ」
「う、うんっ」
躊躇しながらも、わたしは白藤さんの手を取った。
不意に、頭の中に神木さんの顔が浮かび上がる。
(神木さんともこんな風に普通のデート……したかったな)
「亜矢、どうした?」
「なんでもないっ!」
少しだけ痛みを生む切なさを胸に隠し、わたしは笑顔を向けて歩き出した。




