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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第4章『執事に惑わされています!』
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memorys,59

 まだイニシャルが消えずに残るブレスレットを大切そうに握り締め言う。


「俺はずっと()()に救われてきた」


「おっ……大袈裟だよ」


「黙って聞けっ」


 急に真剣な声を出す白藤さんに、わたしは口を噤む。


「嫌いだった親父が居なくなって、俺は嫌悪してた筈の執事の道を選んだ。仕えたくもない主人に愛想笑いして、自分を偽り続ける人生が嫌で仕方なかったけど……このブレスレットを見た時だけは不思議と心が落ち着いた。お前のくれた言葉と笑顔が唯一の支えだった」


 この間話してくれた白藤さんの過去を思い出した。彼が背負ってきた苦しみに、少しだけ胸に痛みが走る。


「お前の存在そのものが俺の希望でもあったんだよ。もう一度会えたら、俺はきっと本当の笑顔になれるって……ずっと信じてきた」


 真っ直ぐな言葉は、戸惑う心を激しく揺さぶった。


「別に今すぐ答えを出す必要はない。お前がこうして俺の前に居るんだ」


 伸ばされた指先が顎をなぞり、そっと持ち上げられる。


「だから、ゆっくり感じ取ればいい。俺の存在も……想いも」


 自分に注がれる眼差しが余りにも眩しく、油断したら吸い込まれてしまいそうで、わたしは慌ててコップを手に取る。そして、白藤さんの顔の前にわざと突き出した。


「もう十分わかりました! それよりも今は薬飲んでください。早く治すことが大事でしょ……」


「分かった」


 そんな愛おしい人を見るような表情で言われてしまったら、尚更困ってしまう。


「ほら、飲んだぞ」


 空になったコップを手渡すと、大人しく横になる白藤さんはどこか辛そうな息遣いをしていた。きっとまた熱が上がったに違いない。


「これで頭冷やしてください」


 氷水で冷やしたタオルを額に乗せると、気持ち良さそうに目を細める。そんな姿を見ると、やはり放っておけなくなってしまう。


 今も神木さんを思い出すと、泣き出しそうな程に苦しくなる。

 そのどうしようもない痛みから逃れる術が見付けられずにいたわたしを少しずつ立ち直らせてくれたのは白藤さんだ。


 けど、彼がくれる優しさは、わたしに複雑な感情を与える。

 だから、彼と居ると時折怖くて仕方なくなるのだ。


「お前さ……今、余計なこと考えてるだろ?」


 いきなり話し掛けられ、思わず肩が跳ねた。


「考えてないよっ」


「なら、笑えよ」


 熱で虚ろな目をしながら、白藤さんの手がわたしの指先に触れる。熱で熱くなった手でキュッと指を握り締めた。


「俺はお前の笑った顔が見たいんだ」


「白藤さん……」


 限界がきたのか、気絶したように眠りに落ちる白藤さんを暫し見つめる。


「……余計なこと考えさせてるの白藤さんなんだけど」


 溜め息混じりに呟き、相手の手からそっと自分の指を抜き取った。











 閉ざされた世界に光が差し込む。あまりの目映さに、深い眠りは一気に覚醒へと導かれた。


「おい、いつまで寝てるんだ?」


 光を背に浴びながら、いつもの調子で喋り掛ける白藤さんの姿が映り込む。


「白藤さんっ!?」


 驚きの余り飛び起き、周りを見渡す。


 昨夜熱が下がらず、確かに今自分が寝ているベッドで白藤さんが眠りに落ちるのを見届け、ソファで一夜を過ごしたつもりだった。なのに、なぜかわたしはベッドで起床して、寝込んでいた筈の白藤さんは何事もなかったかのように平然としている。


「やっと起きたか。病人より、よく寝るな」


 昨日の出来事が夢だったかのような回復ぶりに、わたしは言葉を発することも忘れ、相手を見つめた。


「なに寝ぼけてるんだよ。さっさと朝飯食えよ」


「え、あの……熱は?」


「あんなもん、1日寝れば治るよ」


「じゃ、いつわたしのことベッドに?」


「お前が寝て直ぐかな……まさかソファで寝かせられないだろ。俺のせいでお前に風邪引かれたら、執事失格だよ」


 顔色は確かに悪くは無さそうで、内心ホッとする。


「ほら、いいから朝飯! 食ったら出掛けるぞ!」


「え? 出掛けるってどこへ?」


「こんなに天気がいいのに、お嬢様は家の中で過ごしたいのか?」


「そういう訳じゃないけど……白藤さん大丈夫なの? 病み上がりなのに、どこへ行くつもり?」


 質問ばかりをぶつけていると嫌そうな表情になり、思いっきりわたしの頭を掻き回し言った。


「質問はいらない。てか、聞かないから……さっさと着替えて、さっさと食え!」


「わ、分かりました……」


 あまりにも迫力ある顔に、仕方なく従う。


「分かればいい」


 頷いたわたしを見て満足そうに微笑む白藤さんの意図が全く読めない。


(一体なにするつもり?)


 不安になりながらも、言われた通りに着替えてから、朝食を済ます。そして、部屋へと戻ろうとしたタイミングで、着替えを済ました白藤さんと出会した。今回は眼鏡をしたままだったが、私服姿の白藤さんはやはり執事の時とは雰囲気が少し違う。久しぶりに見たのと、あの時の事が思い出され、何だか複雑な気持ちを抱いてしまった。


「よし、もう出るぞ!」


「えっ、こんなに早くから!?」


「早く行った方がいろいろ出来るだろ?」


 “いいから黙って着いてこい”と言いたげな表情をしながら、顔を動かし合図する。きっと、わたしには拒否権なんて存在しないのだろう。そう諦めを頭の隅で考えながら、白藤さんの後ろを歩き出した。


(どこへ行くつもりだろう?)


 あの散歩の時はまだ“あお兄”とは知らなかったし、わたしも嫌われている側だった。しかし、今は状況が違っている。


(こんな時にふたりで出掛けるなんて予想してなかった……)


 一体どんなことが待っているのか、不安でしかないわたしに対し、白藤さんは心なしか喜びに満ちたような表情を浮かべていたのだった。

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