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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第3章『執事にも覚悟が必要です!』
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memorys,53

 幼い頃、入院中に母はわたしによく呪文のように言い聞かした。


「いい? 亜矢、よく覚えておいてね。生きていれば楽しいことだらけじゃない。苦しいことも、悲しいことも、そして辛い別れもあるかもしれない」


 母の膝の上に寝転びながら、わたしは絵本の読み聞かせのような感覚で耳を傾ける。


「けど、笑顔は忘れてはダメよ。どんな時も笑顔で乗り切れば、大きな幸せになって返ってくる……だから、立ち止まらずに進みなさい」


「でも、ママ? もしも、笑えない時はどうしたらいいの? どうしても泣きたくなった時はどうしたらいいの?」






 そこで、目が覚める。



 ぼやけた天井を眺めながら、わたしはまた瞼を閉じた。

 たまに見る母の夢。しかし、いつも同じ場面で途切れてしまう。


「あの後、なんて言ったんだっけ?」


 体を横にし、枕に顔を沈める。夢を見る度に考えるが思い出せないまま忘れてしまう。それを繰り返してきた。


 小さい頃は深く考えずに聞いていた母の言葉だったが、年月が経つと何故あんなことを話続けてきたのか理解するようになった。自分の死期が近いと知っていた母は、きっとわたしに強く生きろと伝えたかったのだろう。もしも、自分が死んでしまっても泣かずに、笑顔で乗り切れと言いたかったに違いない。あの言葉のおかげで、わたしはどんな事にも笑顔を絶やさずに前を向くことが出来た。


 ノックの音が響く。朝を知らせる合図。


(起きなきゃ……)


「おい、入るぞっ」


 白藤さんの声に、わたしは笑顔を向けた。


「お、おはよう」


「なんだ……起きてたか。どうだ? 眠れたか?」


「大丈夫。ちゃんと寝れたよ……着替えて直ぐ行くね」


 制服を取りに立ち上がると、白藤さんの手が軽く肩に触れる。


「どうかした?」


「……お前、大丈夫か?」


「え? 大丈夫だよ? やだなぁ、昨日の記者のことは気にしてないから」


「なら、いいけど」


「元気だから安心して」


 腑に落ちない顔をしながらも、肩に触れた手を離した。


「わかったよ。朝食は用意しておくから早く来いよ」


「うん」


 部屋から出ていく白藤さんを見届け、誰にも聞こえないように小さく溜め息を零す。


「……大丈夫、普段どおりにすればいい」


 自分に言い聞かせ、制服を手に取った。






 着替えを済ませ、みんなの集まる部屋のドアを開ける。


「おはよう!」


「おはよう、亜矢」


 一番初めに陽太さんが少しぎこちない笑顔でわたしを見た。


「おはよ」


「おはようございます、お嬢様」


 暉くんと白藤さんが続けて挨拶をし、わたしも笑顔で返す。


「昨日は大変だったんだって?」


 暉くんが珍しく心配そうに呟くように言った。


「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとうっ」


 席に付き、白藤さんが目の前に朝食を並べていく。


「お父さんとお母さんは?」


「実は昨日、旦那様の方に大きな仕事が入り、その準備で朝早く出られました。一週間後にまた海外での仕事になるそうで……また奥様も同行なさるとのことで、ふたりお嬢様に“よろしく”お伝えするよう言われました。今夜は早めに帰宅するとの事なので、その時にお話しされると思いますよ」


「そうなんだ」


 そのまま視線を泳がすも、神木さんの姿はなかった。別の仕事をしているのだろうか。内心ホッと胸を撫で下ろす。


「お嬢様……」


「ん?」


「今日から神木さんは別件で忙しくなるとの事なので、送迎はわたしが致しますのでよろしくお願いいたします」


「うん、神木さんから聞いてるよ。よろしくね、白藤さん」


「神木と話したのか?」


 隣にいた陽太が少し躊躇い気味に告げた。


「うん、あの後少しだけ……それがどうかした?」


「いや……話せたならいいんだよ。亜矢が元気で安心した」


「ありがとう、お兄ちゃん」


 なんだか様子のおかしい陽太さんに首を傾げるが、あまり気にせず朝食を口にする。きっと、みんなわたしが記者とのことを心配して、変に気遣ってるせいだと思ったからだ。






 そしてわたしは普段通り学校へ行き、授業を受け、いつもの日常を過ごす。時間は穏やかに流れ、気付けばお昼休みになっていた。


「ご飯、中庭で食べない?」


 奏の誘いに頷き、お弁当を手にした瞬間、ポケットに入れたスマホが震え出す。


「ごめん、ちょっと待って」


「いいよ。なら先に行ってるから」


「わかった」


 画面を見ると、陽太さんからだった。


「お兄ちゃん? 珍しいね、電話なんて」


『亜矢? 本当に大丈夫か?』


「えっ? 大丈夫だよ、もう気にしてないから」


 いつもの“心配性”が出たのだと分かり、小さく笑って返す。けど、耳元に届く陽太さんの声はどこか暗く沈んでいた。


『いや、けど……急に決まったから、落ち込んでないか心配で』


「急に決まったって……記者の事じゃなくて?」


『いや、そっちじゃなくて神木の……もしかして、聞いてないのか?』


「え?」


『今朝言ってた父さん達の仕事を神木がサポートすることになって、急遽イギリスに行くことになったんだ。いろいろやることがあるから、今さっき連絡が来て今日発つって……イギリスへ行ったら一年は帰ってこられない』


 その後の声が聞こえなかった。ただ何かに急かされるように走り出し、擦れ違った奏に何も告げずに学校を飛び出す。


 一年も会えなくなるなんて知らなかった。


 あの時、縋ってでも神木さんと別れたくないと言えば、何か違っていたのだろうか。“さよなら”さえ言えないほど、わたしと会うのが辛かったのだろうか。


 別れを告げたのは神木さんの“優しさ”だと分かっていたけど、それがわたし達の最善の選択だと思いたかった。



 けど、それは側に居られると思っていたからだ。

 それすら、神木さんには苦しい事だったのだろうか。



「お願い、間に合って!」



 もう一度だけ、顔が見たい。話がしたい。



 その一心で、わたしは屋敷に向かってひたすら走っていった。

好きな人と一年も離れるのは

かなりショックですよね(。・´д`・。)


亜矢の今後どうなるのか

どうか温かく見守って下さい(。>д<)

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