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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第3章『執事にも覚悟が必要です!』
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memorys,49

 自分が一体どこへ向かっているのか、それすら今のわたしは考えていなかった。今はひたすらに、誰もいない場所へ行きたかった。

 しばらく走ると小さな公園が目に映り、慌てて逃げ込んだ。近くにあった木に手を当て、荒い呼吸を繰り返した。さっきから全身の震えが止まらない。神木に連絡しようとも考えるが、手先も震えていたため、スマホを掴むこともできなかった。


(早く連絡しないと……神木さんに心配かけちゃう)


 けど、未だに襲ってくる恐怖で、体が言うことを聞いてくれない。さっきの出来事が頭を過り、もしかしたらまた現れるかもしれないと思うと、学校へ戻ることも躊躇われた。


(怖い……動けない。どうしたらいい?)


 一人でいることに怯えていた時、肩を勢いよく掴まれ、一気に視界が動く。そして、肩を掴んだ相手の声が辺りに響いた。


「アホか、お前はっ!! 急に走ってどっか行くから、心配するだろっ、このバカっ!!」


「白……藤さん?」


 ようやく自分の知る人が目の前に現れたことで、安心したのか急激に身体の力が抜ける。バランスを崩しかけたわたしを慌てて白藤が抱き留めた。


「おいっ、どうした!?」

「ごめんっ」


 全身を震わせるわたしに気づき、白藤は焦った表情になる。


「どうした? 怒鳴って悪かった……迎えに来たら、お前が走ってどっかに消えるから心配で……いや、俺が遅れてきたのが悪かった」

「ちがっ……白藤さんが悪いんじゃ……なくて」


 状況を説明したいのに、唇すら震えが止まらなくて、言葉が出せなかった。少しでも気を緩めれば泣いてしまいそうで必死で堪えていると、ふんわりと温かな感触に包まれた。


「白藤……さん?」

「大丈夫だ……落ち着くまで傍にいてやるから、それまでの間は俺で我慢しろ」


 理由も聞かずに抱き締め、気持ちを宥めるように背中を優しく撫でてきた。そんな白藤の気遣いのおかげもあってか、徐々に荒かった呼吸が、いつもの落ち着きを取り戻していく。


「もう、安心していいから」


 口調は変わらないのに、いつになく白藤の声が優しく感じた。


「お前に泣かれると困るんだ」


 その囁きを聞きながら、わたしは縋るように白藤の服を強く握り締めていた。





   ◇◇◇   ◇◇◇





「なるほどな……そんなことがあったのか」


 やっと落ち着きを取り戻したわたしは、白藤に自分に起こった出来事をすべて話した。公園のベンチに座り、深刻そうな顔で考え込む白藤の様子を横目で窺う。


「神木が迎えに行く直前、お前の父さんから急な連絡が入って、俺が代わりに迎えに行くことになったんだ。神木もかなり焦った顔をしてたから、もしかしたら父さんの方にも記者が行ったのかもしれない」

「そう、だったんだ……」

「悪かったな」


 白藤らしくない、ひどく落ち込んだ表情で謝罪の言葉を口にした。それが意外で、わたしは俯いていた顔を上げる。


「急な交代だったとはいえ、時間通りに行けなかった責任は俺にある」

「別に白藤さんのせいじゃないから……わたしのこと心配して探しに来てくれて、ありがとう……あのままだったら公園から動けなかったかもしれない」


 お礼を言われて照れたのか、白藤は頭を掻く仕草をした。しかし、急にその顔はいつも通りの意地悪そうな表情へと変わる。


「で? この距離感は一体なんだ?」


 白藤に言われ、わたしはわざと顔を背けた。わたしたちの間には、確かに不自然すぎるほどのスペースがあった。

 痛いところを突かれ、わたしは苦笑いを浮かべる。同じベンチに座っているのだが、さっき白藤に縋りついてしまった自分があまりにも情けなくて、つい距離を空けてしまった。


「いい度胸だな。ベッタリ引っ付いて離れなかったくせして、今さら意識したって遅いんだよ、バーカっ!」

「そこまで言わなくてもいいじゃん!」


 思わず言い返すと、なぜか満足そうに笑いながら、わたしの頭をポンポンと叩く。


「よし、いつものバカ面に戻ったな」

「え?」


 ――もしかしたら、わたしを励まそうとわざと言ったんだろうか?


 たまに何を考えているのかわからなくて、口だって態度だって悪い。けど、白藤がくれる言葉にはどれにも“思いやり”があったと、今初めて気づく。


「ほら、立てるか? 落ち着いたんなら屋敷に戻るぞ……こんな所にいつまでいてもしょうがないだろ?」


 やっぱり、中身は“あお兄”なんだなと実感させられた。

 背中を向けた白藤に、わたしは新たな決意を言葉に乗せた。


「白藤さん、わたし逃げないで頑張ってみる! 自分には何ができるか、まだわからないけど……お父さんのことからも、神木さんとのことからも、逃げずに向き合っていきたい」


 神木さんとのことは、きっと“いばらの道”を進むぐらい大変なことなんだと、改めて思い知らされた。それでも貫き通したい“想い”があるからこそ、わたしはこの道を進む決心をした。


「白藤さんの言っていた“覚悟”の意味も、今日のことで少しだけわかった気がする……簡単にはいかないし、この先どうなっていくのかも想像がつかないけど……でもね、諦めない道をわたしは選ぶよ」


 背を向けていた白藤がわたしに顔を向ける。わたしは目を逸らすことなく、きっぱりと白藤に自分の気持ちを告げた。


「神木さんとの恋が……ただ失って悲しむような結末なんて嫌だもん。“すべてを捨てる覚悟”なんてしない。二人で乗り切って“何も失わない恋”にしたいから」


 笑顔で言い終えると、白藤は何も返さずにそっぽを向いてしまう。


「ったく、単純バカか」


 ボソッと呟く声に、聞き取れなかったわたしは首を傾げながら尋ねる。


「え? 何か言った?」

「何でもない、早く来い! 帰るぞ!」


 前を進み出した白藤の後を、わたしは慌てて追いかけた。

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