memorys,49
自分が一体どこへ向かっているのか、それすら今のわたしは考えていなかった。今はひたすらに、誰もいない場所へ行きたかった。
しばらく走ると小さな公園が目に映り、慌てて逃げ込んだ。近くにあった木に手を当て、荒い呼吸を繰り返した。さっきから全身の震えが止まらない。神木に連絡しようとも考えるが、手先も震えていたため、スマホを掴むこともできなかった。
(早く連絡しないと……神木さんに心配かけちゃう)
けど、未だに襲ってくる恐怖で、体が言うことを聞いてくれない。さっきの出来事が頭を過り、もしかしたらまた現れるかもしれないと思うと、学校へ戻ることも躊躇われた。
(怖い……動けない。どうしたらいい?)
一人でいることに怯えていた時、肩を勢いよく掴まれ、一気に視界が動く。そして、肩を掴んだ相手の声が辺りに響いた。
「アホか、お前はっ!! 急に走ってどっか行くから、心配するだろっ、このバカっ!!」
「白……藤さん?」
ようやく自分の知る人が目の前に現れたことで、安心したのか急激に身体の力が抜ける。バランスを崩しかけたわたしを慌てて白藤が抱き留めた。
「おいっ、どうした!?」
「ごめんっ」
全身を震わせるわたしに気づき、白藤は焦った表情になる。
「どうした? 怒鳴って悪かった……迎えに来たら、お前が走ってどっかに消えるから心配で……いや、俺が遅れてきたのが悪かった」
「ちがっ……白藤さんが悪いんじゃ……なくて」
状況を説明したいのに、唇すら震えが止まらなくて、言葉が出せなかった。少しでも気を緩めれば泣いてしまいそうで必死で堪えていると、ふんわりと温かな感触に包まれた。
「白藤……さん?」
「大丈夫だ……落ち着くまで傍にいてやるから、それまでの間は俺で我慢しろ」
理由も聞かずに抱き締め、気持ちを宥めるように背中を優しく撫でてきた。そんな白藤の気遣いのおかげもあってか、徐々に荒かった呼吸が、いつもの落ち着きを取り戻していく。
「もう、安心していいから」
口調は変わらないのに、いつになく白藤の声が優しく感じた。
「お前に泣かれると困るんだ」
その囁きを聞きながら、わたしは縋るように白藤の服を強く握り締めていた。
◇◇◇ ◇◇◇
「なるほどな……そんなことがあったのか」
やっと落ち着きを取り戻したわたしは、白藤に自分に起こった出来事をすべて話した。公園のベンチに座り、深刻そうな顔で考え込む白藤の様子を横目で窺う。
「神木が迎えに行く直前、お前の父さんから急な連絡が入って、俺が代わりに迎えに行くことになったんだ。神木もかなり焦った顔をしてたから、もしかしたら父さんの方にも記者が行ったのかもしれない」
「そう、だったんだ……」
「悪かったな」
白藤らしくない、ひどく落ち込んだ表情で謝罪の言葉を口にした。それが意外で、わたしは俯いていた顔を上げる。
「急な交代だったとはいえ、時間通りに行けなかった責任は俺にある」
「別に白藤さんのせいじゃないから……わたしのこと心配して探しに来てくれて、ありがとう……あのままだったら公園から動けなかったかもしれない」
お礼を言われて照れたのか、白藤は頭を掻く仕草をした。しかし、急にその顔はいつも通りの意地悪そうな表情へと変わる。
「で? この距離感は一体なんだ?」
白藤に言われ、わたしはわざと顔を背けた。わたしたちの間には、確かに不自然すぎるほどのスペースがあった。
痛いところを突かれ、わたしは苦笑いを浮かべる。同じベンチに座っているのだが、さっき白藤に縋りついてしまった自分があまりにも情けなくて、つい距離を空けてしまった。
「いい度胸だな。ベッタリ引っ付いて離れなかったくせして、今さら意識したって遅いんだよ、バーカっ!」
「そこまで言わなくてもいいじゃん!」
思わず言い返すと、なぜか満足そうに笑いながら、わたしの頭をポンポンと叩く。
「よし、いつものバカ面に戻ったな」
「え?」
――もしかしたら、わたしを励まそうとわざと言ったんだろうか?
たまに何を考えているのかわからなくて、口だって態度だって悪い。けど、白藤がくれる言葉にはどれにも“思いやり”があったと、今初めて気づく。
「ほら、立てるか? 落ち着いたんなら屋敷に戻るぞ……こんな所にいつまでいてもしょうがないだろ?」
やっぱり、中身は“あお兄”なんだなと実感させられた。
背中を向けた白藤に、わたしは新たな決意を言葉に乗せた。
「白藤さん、わたし逃げないで頑張ってみる! 自分には何ができるか、まだわからないけど……お父さんのことからも、神木さんとのことからも、逃げずに向き合っていきたい」
神木さんとのことは、きっと“いばらの道”を進むぐらい大変なことなんだと、改めて思い知らされた。それでも貫き通したい“想い”があるからこそ、わたしはこの道を進む決心をした。
「白藤さんの言っていた“覚悟”の意味も、今日のことで少しだけわかった気がする……簡単にはいかないし、この先どうなっていくのかも想像がつかないけど……でもね、諦めない道をわたしは選ぶよ」
背を向けていた白藤がわたしに顔を向ける。わたしは目を逸らすことなく、きっぱりと白藤に自分の気持ちを告げた。
「神木さんとの恋が……ただ失って悲しむような結末なんて嫌だもん。“すべてを捨てる覚悟”なんてしない。二人で乗り切って“何も失わない恋”にしたいから」
笑顔で言い終えると、白藤は何も返さずにそっぽを向いてしまう。
「ったく、単純バカか」
ボソッと呟く声に、聞き取れなかったわたしは首を傾げながら尋ねる。
「え? 何か言った?」
「何でもない、早く来い! 帰るぞ!」
前を進み出した白藤の後を、わたしは慌てて追いかけた。




