memorys,49
自分が一体どこへ向かっているのか分からない。だけど、今はひたすら誰も居ない場所へ行きたかった。
暫く走ると小さな公園が目に映り、慌てて逃げ込む。側にある木に手を当て、荒い呼吸を繰り返した。さっきから全身の震えが止まらない。神木さんに連絡したいのに、手さえも震えてしまい、スマホを掴む事も出来なかった。
(神木さんに心配掛けちゃう)
けど、未だに襲ってくる恐怖感に体が言うことを聞いてくれない。さっきの出来事が頭を過り、もしかしたらまた現れるかもしれないと思うと、あの場所に戻ることも躊躇われた。
(怖い……どうしたらいい?)
そう考えた刹那、肩を勢いよく掴まれ、一気に視界が動く。そして、肩を掴んだ相手の声が辺りに響いた。
「アホか、お前はっ!! 急に走ってどっか行くから心配するだろっ、このバカっ!!」
「白……藤さん?」
ようやく自分の知る人が目の前に現れたことで、安心したのか急激に力が抜ける。バランスを崩しかけたわたしを慌てて白藤が支え込んだ。
「おいっ、どうした!?」
「ごめんっ」
今にも泣き出しそうなわたしに、次は焦った表情になる。
「どうしたんだよ。怒鳴って悪かった……迎えに来たら、お前が走ってどっかに消えるから心配で……いや、俺が遅れてきたのが悪かった」
「ちがっ……白藤さんが悪いんじゃ……なくて」
状況を説明したいのに、まだ震えが残っているせいでうまく言葉が出せない。少しでも気を緩めれば泣いてしまいそうで必死で堪えていると、ふんわりと温かな温もりに包まれた。
「白藤……さん?」
「大丈夫だ……落ち着くまで側に居てやるから、それまで俺で我慢しろ」
理由も聞かずに抱き締め、気持ちを宥めるように背中を優しく擦る。そんな白藤さんの気遣いに、徐々に荒かった呼吸が平静さを取り戻していった。
「もう、安心していいから」
口調は変わらないのに、いつになく声が優しく感じる。
「お前に泣かれると困るんだ」
その囁きを聞きながら、わたしは白藤さんの服を強く握り締めていた。
「なるほどな……そんな事があったのか」
やっと落ち着きを取り戻したわたしは、白藤さんに自分にあった出来事を全て話す。公園のベンチに座り、深刻そうな顔で考え込む彼を横目で見つめた。
「神木が迎えに行く直前に、お前の父さんから急な連絡が入って俺が代わりに迎えに行くことになったんだ。神木もかなり焦った顔をしてたから、もしかしたら父さんの方にも記者が行ったのかもしれない」
「そう、だったんだ……」
「悪かったな」
白藤さんらしくない、ひどく落ち込んだ表情をする。
「急な交代だったとはいえ、時間通りに行けなかった責任は俺にある」
「別に白藤さんのせいじゃないから……わたしのこと心配して探しに来てくれて、ありがとう……」
お礼を言われて照れたのか、頭を掻く仕草をした。しかし、急にその顔はいつも通りの意地悪顔へと変化する。
「で? この距離感は一体なんだ?」
わたしたちの間には、確かに不自然すぎるほどのスペースがあった。
痛いところを突かれ、わたしは苦笑いを浮かべる。同じベンチに座っているのだが、さっき白藤さんに縋り付いてしまった自分があまりにも情けなくて、距離を空けて座ってしまったのだ。
「いい度胸だな。ベッタリ引っ付いて離れなかったクセして今更意識したって遅いんだよ、バーカっ」
「そこまで言わなくてもいいじゃん!」
思わず言い返すと、なぜか満足そうに笑いながらわたしの頭をポンポンと叩く。
「よし、いつものバカ面に戻ったな」
「え?」
もしかしたら、わたしを励まそうとわざと言ったんだろうか?
たまによく解らなくて、口だって態度だって悪い。
けど、彼がくれる言葉にはどれにも“思いやり”があったのだろうか。
「ほら、立てるか? 落ち着いたんなら戻るぞっ」
やっぱり中身は“あお兄”なんだなと実感させられた。
背中を向けた白藤さんに、わたしは新たな決意を言葉に乗せた。
「白藤さん、わたし逃げないで頑張ってみる! まだ、自分には何ができるか分からないけど……お父さんの事からも、神木さんとの事からも逃げずに向き合っていきたい」
神木さんとの事はきっと“いばらの道”を進むぐらい大変なことだと思う。
それでも貫き通したい“想い”があるからこそ歩もうと決心できたんだ。
「白藤さんの言っていた“覚悟”の意味も今日の事で少しだけだけど分かった。簡単にはいかないし、この先どうなっていくのかも想像がつかないけど……でもね、諦めない道をわたしは選択する」
白藤さんが僅かに顔を向ける。
「神木さんとの恋が……ただ失って悲しむような結末なんて嫌だもん。“全てを捨てる覚悟”なんてしない。ふたりで乗り切って“何も失わない恋”にしたいから」
笑顔で言うと、白藤さんは何も返さずにそっぽを向いてしまった。
「ったく、単純バカか」
ボソッと呟く声に、聞き取れなかったわたしは首を傾げながら尋ねる。
「え? 何か言った?」
「何でもない、早く来い! 帰るぞ!」
前を進み出した白藤さんの後をわたしは慌てて追い掛けた。