memorys,41
辺りは暗くなり、静寂の中に響くのは波の音だけ。頭上に散らばる星と月明かりが放つ光は、砂浜を幻想的な空間に変える。
夕食、みんなでバーベキューをしたり、花火をしてみたりと、賑やかな時間を過ごした。
(楽しかったなぁー)
余韻が残っているのか、もうみんなが寝静まってしまった時間にも関わらず、未だに海を眺めている。はじめは部屋の窓から見つめていたのだが、気が付いたら砂浜まで歩いてきていた。
(結局、神木さんとあんまり話が出来なかったな……バーベキューの時も忙しそうだったし)
いろいろ話したいことも、謝りたいこともある。
(早く会いたい……)
夜空を仰ぎ、彼を想う。
こんなにも強く恋しく思うのは、きっと不安だからだ。
白藤さんの言う“覚悟”が自分にはあるのか、それが凄く気持ちを不安定にさせる。
「神木さん、会いたいっ」
「会いたがってくれるのは嬉しいけど……ひとりで夜の散歩は危ないよ?」
「えっ、あっ嘘!? 神木さんっ」
振り返ると、願っていた彼が後ろにいて思わず笑顔が溢れ出す。
「こんなに遅くにどうかした? もしかして眠れない?」
「……きっと昼間、寝過ぎちゃったかな」
「でも、顔色もよくなって安心したよ」
安堵した顔を浮かべる神木さんに、胸がキュッと嬉しさに疼いた。
「神木さん……もう仕事は終わり?」
「え? うん、もう自分の部屋に戻るところだよ」
「なら、少しだけ……30分だけでもいいの……」
恥ずかしいと感じながらも、神木さんの手に触れ、軽く握り締める。
「せっかくのハワイだし、ふたりで居たいなって」
上目遣いで見るわたしの眼差しに赤面しそうになりながら、神木さんは優しくその手を握り返した。
「いいよ」
「良かった。あの……白藤さんとのこと、少し話したくて」
白藤さんの名を出した刹那、神木さんの表情に焦りのようなものが滲み、焦ったようにわたしの肩を掴む。
「白藤さんに何か言われた!? 後は? 変なことされたとかなかった!?」
「えっ!? 変なことは……されてないよ?」
「そっか……」
ホッとし、長い息を吐く神木さんに“大丈夫?”と様子を窺う。
「ごめん、また何かあったかと思って……それで、何言われたの?」
「実はね」
白藤さんに言われた“覚悟”の話を説明した。それを聞いていくうちに、神木さんもなんだか考え込むように、手を顎に当てながら無言になる。
まさか白藤さんと神木さんとの間に何かあったとは知らずに、その話の意図を前向きに捉えるように話した。
「もしかしたら、白藤さんなりに心配してくれたのかなぁ?」
「心配? 彼が?」
「うん。知り合いだって分かってからは、前よりは接しやすいというか……優しいような気もするし」
「待って……知り合いって?」
少し俯き加減だった顔を上げ、神木さんはこちらを見遣る。
「今日わたしもはじめて知ったんだけど……白藤さんと一度だけ会ったことがあるんだ」
「白藤さんに?」
「ほら、わたしがよくビーズアクセサリーを作っていろんな人にあげてたって話したでしょ? 小学生の頃にお父さんが骨折して入院してた事があって……その時に偶然病院で会ってたの」
神木さんの表情が少しだけ曇るも、わたしはその変化に気付かない。
「わたし白藤さんにもブレスレット作ってあげてたみたいで……」
「なんで、それが分かったの?」
「それが時差ボケで倒れる前に、砂浜で白藤さんが落としたブレスレットを拾ったんだ。そこで昔あげた男の子が“あお兄”だって思い出したんだけど……まさか、その男の子が白藤さんだったなんて思わなくてビックリしちゃった」
「……まだ、持ってたの?」
その問い掛けに、わたしはようやく神木さんの複雑そうに歪んだ表情に気がついた。
「神木さん?」
「だったら……本気ってことか」
「え?」
呟くような声で何を言っているのか聞き取れず、わたしが近付いた瞬間に手首を勢いよく掴まれる。痛みはないものの力の籠る手に、動揺した瞳を目の前にいる神木さんへと向けた。
「亜矢は? ずっと覚えてた?」
「思い出したのは最近だよ? それに、白藤さんに会っても全然気付かなかったし……」
「けど、思い出した」
少し怒ったような声と表情に、返す言葉に詰まってしまう。
「亜矢の中に忘れられず、ずっと残ってた。それは、彼が特別だったからじゃない?」
「そんなことっ」
反論を述べようと口を開くと、それを見ないように顔を逸らし、手首を掴んだまま歩き出した。
「神木さんっ!? ねぇ、どうしたの? 怒ってる?」
相手の急な変化に困惑の言葉を投げるも、それに対して返事はない。ただひたすら、どこかへ向かって砂浜を進んでいく。
(どうしちゃったの!?)
不安になりながら着いていくと、別荘から少し離れた場所に小さなペンションがあった。迷いなくペンションのドアの鍵を開けると、強引にわたしを部屋へと連れ込む。
神木さんらしくない行動に頭は混乱し、耳に鍵の施錠音が届いた時には、わたしに逃げ場はなかった。
「あのっ」
後ろは閉ざされたドア、左右は手で逃げ道を塞ぐ。目の前には怖いぐらい真剣な顔でこちらを見る神木さんの顔。
「亜矢は……まだ分かってない」
ゾクッと体が震えるほどの低い声。
自らの手で解かれた赤いリボンが床へと落ちる。
言い表しようのない彼の雰囲気に、顔を背けようとするが、それは彼の手により制止させられてしまった。至近距離にある神木さんの瞳をただ見つめ返すしかない。
「俺がいつも余裕たっぷりだと思ってるなら違うからね。本当の俺は些細なことで嫉妬するくらい……独占欲でいっぱいの“男”なんだよ」
静寂に包まれた室内に聞こえるのは、大きく音を立て出した自分の心音だけだった。