memorys,30
初めは壁を感じた兄弟たち。
自分の世界が狭まったようにも思った事だって確かにあった。
しかし、今ならはっきり言える。
「わたしは今の生活に不満はありません。それにみんなは赤の他人なんかじゃない! わたしにとって大切な“家族”です!」
「へぇー、家族ね。長く暮らしてきたわけでもないくせに……お互い表面的な部分を知っただけのことだろ? よく知りもしない奴らが“家族”?」
鼻で笑い、呆れた顔でこちらを見た。
「お前、馬鹿だろ?」
「確かにわたしは何も知らないわよっ!!」
勢い任せに言い放ち、立ち上がり彼にぶつける。
「まだ4ヶ月しか一緒に暮らしてないから、家族っぽくないかもしれない。けど、少しずつだっていいじゃないっ! ゆっくり知っていく形の家族があってもいいじゃない!!」
歩みが例え遅くても、時間を掛けながら築く“家族”だって、いつか本物になると信じたい。いくら馬鹿にされても、彼らと家族であると胸を張りたかった。
「何を言われても、わたしはみんなを家族だって思ってる。同じ家で同じ時を過ごしてるんだもん……神木さんや、白藤さんだって、わたしの家族なんだよ!」
「呆れた……執事が家族?」
吐き捨てるような溜め息をし、白藤もその場に立つ。
「お前の頭はどこまで単純なんだよ。執事が家族なんて戯れ言だろ……お前に優しくするのが俺たち執事の仕事だ。それを家族? 勘違いもいいとこだな」
ぐっと顔を寄せられ、わたしは強張る体と必死に戦う。それを嘲笑うように、容赦ない言葉の刃が亜矢を襲った。
「それより、お前は執事がみんないい奴だとでも思ってんのか? そんなこと誰が決めた? 映画や恋愛ドラマの世界じゃない……神木だって俺みたいに本性を隠してるに過ぎない」
「そんなことっ」
「はっきり宣言してやるよ。執事が“いい人”なんて有り得ない……全部“演技”だ」
何かが心に押し寄せてくる。
これは怒りとも、虚しさや悲しさでもない。
自分の中にある“何か”がザワザワと騒ぎ立てた。
「そこまでショックか?」
更に近付いてきた白藤さんの瞳をただ見据える。間近に迫る彼の瞳が、少しだけ怪しい光を帯びた。
「ああ、なるほど。お嬢様は“家族ごっこ”より……神木 誠と“恋愛ごっこ”がしたかったか?」
その言葉に“何か”が弾け、音を立てる。
止められない衝動に抗うことなく、わたしは彼の左頬を目掛け右手を振り落とした。
乾いた音が川辺に響く。
「分かってるよ……」
完全に家族になりきれないことも、神木さんの優しさは全て“執事”として向けられていることも理解している。
「あなたに言われなくても、そんなのわたしが一番よく分かってるよっ!!」
頭にみんなの顔が次々に浮かんできた。そして、最後に浮かぶのは神木さんが見せた執事じゃない柔らかな笑顔。
あの笑顔が思い出された直後、涙が滲む。
やっと気が付いた。
こんなにも、心がざわつく意味を。
「わたしは諦めたくない! あなたから何を言われても家族と神木さんを想う気持ちはわたし自身のモノだもん。あなたに言われたからって簡単に曲げたりしないんだからっ」
叩かれた頬を抑え、黙り込んだ白藤さんを真っ直ぐ見遣る。
「わたしは馬鹿のままでいいっ!!」
言い切ったわたしは、相手の反応を見ることなく背を向けた。
「後はひとりで行きます……白藤さんは先に帰って下さい」
走り去っていく後ろ姿を見つめ、複雑な表情を浮かべながら頬を擦る。
「……本当に馬鹿だな」
足元に残された開けられずに終わった缶ジュースを拾い上げ、まだ痛みの残る頬にくっつけた。
「どんだけ素直だよ」
温くなった缶をあてがったまま、どこか別の何かを見つめるような目で空を仰ぐ。その瞳がどこか切な気なものに変わっていた。
◇◇◇ ◇◇◇
宛もなく歩き、ぼんやりと自分の足元を見る。
白藤さんの言ったことは正しいのかもしれない。だけど、これだけは言える。
(この気持ちは“ごっこ”なんかじゃない)
家族のことも、神木さんのことも本気だ。
(……わたし、神木さんのこと)
分かってしまった気持ちは行き場がなく、痛みとなり胸に伝わる。
この気持ちはきっと迷惑にしかならないと知っていた。
(どうしようもないな、わたし……白藤さんの言う通り馬鹿だ)
「お嬢様っ!」
ほら、考えてるだけで幻聴まで聞こえる。
「お嬢様、待ってください!」
「え?」
やけにリアルな呼び声に足を止め、自分が今泣いていることも忘れて前に顔を向けた。
「神木さん?」
わたしを見た途端に、なぜか驚いた顔をして足を止めてしまう。かなり急いで走ってきたのか、神木さんの額には汗が滲み、息も僅かに上がっていた。
「どうしたんですか、こんなところで」
泣いていた自分を誤魔化し、笑顔で告げる。彼が近付く前に濡れた頬を隠そうと手を伸ばしたが、また歩き出した神木さんが透かさず上げ掛けた手を取った。
「あの……」
「お嬢様こそ、なぜこんな場所にいらっしゃるんですか?」
痛い質問に目が泳ぐ。
「白藤さんは?」
「それは、そのっ」
怒ったように聞かれ、言い淀む。
そんなわたしの様子を見て、神木は小さく息を吐いた。
「少々、お待ちいただけますか?」
それ以上追求することなく、神木さんは反対の手でスマホを操作し始める。誰かに電話をするらしく、直ぐに耳へとスマホを寄せた。
「すみません、神木です。先程の件ですか今日でもよろしいでしょうか?」
(誰と話してるんだろう?)
気付けば、わたしの手首を掴んでいた手は下へとずらされ、優しく繋がれている。
(……あれ?)
“何か”が違う。
口調や態度は変わらない。
しかし、何かが違っているように映った。
「はい、ありがとうございます」
通話を終了させ、さっきまで怒っていた神木さんの顔に笑顔が広がる。
「行きましょう、お嬢様」
何が違うのか気づいてしまった。
(そうか……)
神木さんがさっきから見せる表情に“執事”が含まれていない。
今は執事の神木さんではなく、神木 誠として接してくれているんだ。
白藤さん、また訳アリな雰囲気(笑)
そして神木さんもついに動きました!
次回も神木さんの変化に注目しながら
お楽しみくださいm(_ _)m