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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第2章『執事は演じてます!』
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memorys,18

 ダンスが終わり、わたしは再び飲み物を手に人気の少ない場所へと移動する。2曲も続けて踊ったせいもあり、一気に疲れが襲う。


(後はパーティーが終わるのを待つだけだ)


 昨日も緊張してあまり眠れず、壁際でぼんやりとパーティー会場を眺めていると、なにやら難しい顔をした陽太さんの姿が目に入った。


(……タキシード似合うな)


 スラッとした高身長の陽太さんのスーツ姿はかなりカッコいいが、タキシードを着ると尚のこと輝かしく映る。けど、表情が次第に曇っていく。


(どうしたんだろう?)


 よく見ると、陽太さんは誰かと話しているようだ。なんだか気になり、わたしは静かに陽太さんの方へと足を向ける。近付くにつれ、相手の顔と会話がハッキリと聞こえてきた。


「しかし、陽太も惜しかったな……母親が再婚しなきゃ、今頃社長だったかもしれないのに」


 陽太さんと同い年ぐらいの青年が、何やらご機嫌な様子で喋っている。シャンパングラスを片手に自慢気な顔を浮かべる青年は、小太りでお世辞にもならないほどタキシードが全く似合っていなかった。


 陽太さんならあんなのを相手にしても笑顔で(かわ)してしまいそうなのだが、そうする気配はない。だんだん表情が険しくなる相手を気にする事なく、その小太りの青年は続けた。


「まあ、俺の親父がお前の父さんの分までしっかり会社は守ってやるから安心しろよ。それにこの俺が副社長なんだ……朝比奈も安泰だろ?」


「そう、だな……」


「なんだよ、反応が薄いな? お前は俺の部下なんだぞ? 副社長のお言葉をそんな素っ気なく躱していいのか?」


「そんなつもりはない」


「分かった。俺が次期社長なのが不満なんだろっ」


「そうじゃないよ、(あきら)


 なんとか笑顔をつくって答える相手の反応が気に障ったのか、晶の表情が苛立ちに染まっていく。


「どうせ、親父や俺のやり方が気に食わないんだろうがな……お前はもう朝比奈の後継者でもなんでもないんだ。九条 陽太っていう数多くの中の一般社員なんだからな!」


 聞いていたわたしでさえ、握る手に力が籠る。


「こんな転落人生を歩むことになったのは俺や親父のせいじゃない。恨むなら勝手に早死にした父さんとどっかの成金相手と再婚した母さんだからな!」


 陽太さんが歯を食い縛り堪える様を見た瞬間、わたしの頭の中で何かがプツリと切れる音がした。グラスを握った手に力を籠め、ヒールの音が周りに響くほどの勢いで歩き出す。


 ふたりがこちらに気付き振り向いた刹那、わたしは持っていたグラスを思い切り晶の顔目掛け振り掛けた。


「なっ……」


 突然の出来事に方針状態の晶。

 驚愕した顔でわたしを見入る陽太さん。


 周りにいた人たちが騒ぎだし、状況を知らない涼華さんや父さん、神木さんに暉くんも、わたしを凝視している。しかし、怒りのせいで他の人たちの反応を気にする余地など持ち合わせていなかった。


「お前誰だ! 俺を誰か分かってやってんのか!?」


 我に返った晶は、ジュースまみれにさせられた状況に憤怒し始める。


「分かってるわよ! けど、あなたがお兄ちゃんの事を好き勝手に貶すのは許せない! あなたなんかより、お兄ちゃんの方が後継者に相応しいわよ!!」


「なんだと?」


「わたしの父さんがどっかの成金なら、あなたは名前だけ立派なろくでなし息子じゃない!」


「亜矢っ!」


 陽太さんに名を呼ばれ、やっと自分のやらかした失態を思い知り、顔から血の気が凄まじい音を立てながら引いていった。


 晶の顔は更に怒りに染まり、目が充血したように真っ赤になっている。わたしは言い過ぎた自分の言動を謝罪しようかと考えたが、それより先に晶の右手が高く掲げられた。


「お前みたいなバカ女に侮辱される筋合いはないんだよっ!!」


 振り翳された右手が勢いよくわたし目掛け下りてくる。咄嗟に手を前に出し、ぶたれる恐怖心からギュッと目を瞑った。


 だが、いくら待っても衝撃がこない。


 そっと目を開けると、わたしを庇うように立つ神木さんの後ろ姿が視界に飛び込む。そして、上へ翳された晶の手は振り落とされる前に陽太さんに捕まれ、僅かに動かすことすら出来ずにいた。


「陽太、離せっ!!」


「悪いが彼女に手を上げるのは俺が許さない……例え相手が未来の社長であってもだ」


 冷静な口調でありながらも、陽太の瞳は強い光を帯びている。先程の暗かった表情は消え去っていた。


「あんな一般庶民だったバカ女をなんで庇うんだ! お前にとっては憎たらしい相手じゃないのか! お前の夢をぶち壊した奴の娘なんだろっ!?」


 わたしが我慢できずに一歩踏み出しかけると、晶の手を振り払うように離した陽太さんが透かさず言い放つ。


「前までお前みたいな考えをしていた自分の方がよっぽど憎たらしいよ」


「は?」


「こいつは俺の大事な妹だ! お前に侮辱される筋合いはないっ!!」


 晶の蝶ネクタイを軽く掴み、自分へと引き寄せる。


「それにもう怒鳴るのは程ほどにした方が身のためだ……次期社長が女に手を上げようとした挙げ句に、汚い言葉ばかり吐いてるとなれば朝比奈の名を汚しかねないぞ。お前の親父の顔に泥を塗りたければ続ければいいが……そうじゃないならやめろ。これは一社員からの気遣いだ」


「おまっ……」


 焦るように晶が辺りを見渡すと、こちらを見ながらヒソヒソ話す企業の人たちや小さな笑い声を漏らす女性たちが目につく。


「くそっ」


「神木、副社長に着替えを」


「畏まりました」


 神木さんが一瞬だけわたしの方へ目を向ける。“大丈夫ですよ”と言っているかのように微笑んだ。久々に見た神木さんの笑顔に、一気に顔が火照る。


(なに照れてるんだろっ)


 恥ずかしさから俯いていると、急に誰かに手を捕まれ、強引に引っ張られた。


「わっ、ちょっ……陽……お兄ちゃんっ」


「いいから、さっさと来い!」


 明らかに不機嫌そう。


 きっと叱られるのだろうかと、わたそは抵抗することなく陽太さんに付いていった。

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