memorys,16
第2章は引き続き兄弟との進展
そして、亜矢のあの人への想いと関係の変化を
描いていく予定です(’-’*)♪
どうぞ温かく見守って頂ければ幸いです!
五月に入り、わたしは次のテストに向けての勉強と、もうじき開かれるパーティーのためのお嬢様レッスンに明け暮れていた。
日中は学校、帰れば食事、会話、ダンスのレッスン。夜は寝る間を惜しんでのテスト勉強。日が経つにつれて、わたしの焦りはピークに達していた。最近はベッドに入ってもなかなか寝つけず、結局起きて勉強してしまう。
そのおかげで、勉強は捗ってはいるけれど、睡眠時間は三時間を切りつつあった。
自分でも無理をしているとは思うのだが、何かに急かされてるように没頭していた。あの日以来、ダンスは陽太と暉が交互に練習に付き合ってくれているため、神木とダンスをしたのはあれ一度きり。
残念に思いながらも、心のどこかで安堵している部分もある。その理由を知りたいと強く思いながら、なぜか忘れなきゃいけないという衝動に駆られ、考えないようになっていた。だからこそ、今の忙しさにわざとのめり込もうとしていたのかもしれない。
今日も一日、睡魔と戦いながら夕方を迎え、陽太と約束したダンスレッスンをするためにダンスホールへと向かっていた。欠伸を噛み締め、ぼんやりしながら歩く。すると急に両肩を捕まれ、勢いよく後ろへと引っ張られた。
「へっ!?」
後ろへ顔を向けると、なぜか焦った顔をした陽太と目が合った。
「陽太さん?」
「前を見ろ!」
「前?」
改めて自分の歩こうとしていた方向を見てみると、あと一歩の距離に階段があったことに気づく。
「危うく落ちるところだった」
「ご、ごめんなさい! ぼーっとしてて」
「俺が来たからよかったが、もう少しで大怪我するとこだぞっ」
「ごめんなさい……」
自分の不注意で迷惑をかけてしまった申し訳なさに、わたしは情けなく俯く。
(迷惑を掛けないって決意したばかりなのに……何やってるんだろう、わたし)
わたしが肩を落とす様子に、陽太が先ほどより優しい口調に変えて話し始める。
「怒ってるわけじゃないんだ。心配してつい、きつい言い方になった……大きな声を出してすまない」
「いえ、陽太さんのせいじゃ……自分が駄目過ぎて情けなくて」
小さく笑い返すと、陽太がすっとわたしの手を取る。
「亜矢、今日はダンスレッスンはやめて俺に付き合ってくれるか?」
「え? けどっ」
一日でも休めば体が忘れてしまいそうで怖い。そんな不安が表情に出てしまったことに陽太も気づいたのか、わたしに向かって悪戯っぽくウインクをした。
「たまにはいいだろ……俺と一緒に気晴らしをしよう」
陽太はそのままわたしの手を引き、ある場所へと向かった。
◇◇◇ ◇◇◇
陽太に連れてこられたのは、以前に神木と制服の確認で入ったことのある衣装部屋だった。
そこで、陽太に手渡された一着のドレス。言われるがまま、そのドレスを試着する。
「あの、着ましたけど……」
試着室のカーテン越しで陽太に声をかけ、わたしはそっと隙間から顔を出した。それを見て、陽太は出ておいでと言うように手招きする。言うとおりにして試着室から出ると、陽太は笑顔で頷いた。
「うん、思ってたとおりだ……そのドレスが一番、亜矢に似合ってる」
陽太に言われて、改めてわたしは自分の着ているドレスを見回した。濃い藍色は下に向かうにつれ淡い水色へと変化し、綺麗なグラデーションを作り出している。レースが重ねられ、ふわっとした胸元には、同じく陽太の選んだダイヤのネックレスが眩しいぐらいに光り輝いている。背中半分が露わになり、腰には大きな藍色のリボンが存在感を引き立てていた。
可愛らしさと大人っぽさがうまく混じり合ったドレスに、わたしも思わず見とれてしまう。しかし、鏡に映る自分を見て、少し表情を曇らせた。
「なんだかわたしには……もったいないです」
そんなわたしを見かね、陽太が一歩近づき、顔を覗き込む。
「一体何をそんなに悩むんだ……それに、このところ少し頑張りすぎじゃないか?」
「そんなことは」
否定しようとしたが、顔をしかめる陽太を見たら続きが言えなくなってしまった。
「俺じゃ、相談相手にならないか?」
「違います。そうじゃないんです」
もう一度、鏡に映った自分の姿に目を向ける。
「勉強もレッスンも頑張って、早くみんなに相応しい“お嬢様”にならなきゃならないのに……なかなか上達しなくて、それが申し訳ないんです」
「なんで、そう思う?」
「だって、わたしが足手まといになったら、みんなにまた迷惑かけちゃいますし……こんなわたしが“令嬢”になんてなれっこないかもしれないけど、少しでも陽太さんたちに釣り合えるようにって」
突如、温かな手が頭に乗せられる。
「落ち着け……大丈夫だ。大丈夫だから」
まるで呪文でも唱えるように、同じ言葉を繰り返され、わたしはゆっくりと陽太の方へ視線を移した。安心させるように、陽太は優しく微笑む。
「亜矢は亜矢のままでいい。成績のことはもう気にしなくていいから……あれは俺が勝手に八つ当たりして言ったことだ。気にすることはないよ」
「陽太さん」
「それに今の俺は、亜矢に“完璧なお嬢様”なんて望んでやしない。母さんもきっと同じなはずだ……パーティーで令嬢になった君を見たいわけじゃなくて、ありのままの君をみんなに見せたいんだと俺は思う。だから“令嬢”になんて、無理矢理なろうとしなくていいんだ」
すっと心が軽くなるのを感じた。
「それに……だな、亜矢は……今のままでも十分素晴らしい女性だ!」
照れながら言い放った言葉に、思わず笑みを零す。
「ありがとうございます、陽太さんっ」
何かが吹っ切れ、わたしはいつもの笑顔に戻る。しかし、どういうわけか陽太が眉をしかめ、さらに顔を近づけてきた。
「それより戻ってるぞ」
「え?」
「みんなの前でも俺は“陽太さん”のままなのか?」
真面目な顔でそんなことを言うものだから、おかしさを我慢できず、吹き出すように笑ってしまった。
「ありがとう、お兄ちゃん」
笑いを押し込み、笑顔で言い直した。陽太は照れながらも、満足そうな顔で笑った。
そして、それから忙しいながらも平穏に時は流れ、いよいよ朝比奈財閥のパーティーの日を迎えた。




