memorys,123
わたしは衝動的に彼のもとへと駆け寄る。
「なら、どうして? 神木さん、わたしに対してずっと執事のままだった」
さっきの言葉は本心だ。それは顔を見れば分かること。では、なぜ彼は執事になり続けたのだろうか。それだけは考えても分からなかった。神木さんは少し迷った顔を浮かべはしたが、嫌な顔はせずに話し始める。
「それは、海外で後継者として頑張る亜矢を応援したくて敢えて執事として見守る側に徹底したんだ。恋人として寄り添うよりも合理的だと思って……今はGlassで一生懸命に夢のために奮闘する君の邪魔になりたくなくて……距離を置いた方が亜矢のためになるって考えたんだ」
「え、それって……わたしのことを支えるためにわざと?」
予想外だった。そんな風に考えてくれていたなんて思いもしなかった。一気に身体から力が抜け、地べたにへたり込む。急に座り込んでしまったわたしに驚き、神木さんも地面に膝を付き、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ごめん……不安にさせてたね。けど、あんな方法しか見付からなかったんだ」
「だって……ずっと、執事の神木さんだから……わたし」
もしかしたら嫌われたのかもしれない。白藤さんに言われたように愛想を尽かされたのかもしれない。そんなことばかりを考えていた。しかし、それはわたしが作り出した勝手な空想に過ぎなかった。全て勘違いだった。
「亜矢?」
気が付いたら大粒の涙が次々に溢れて、地面をあっという間に濡らしていく。
「ごめん、また亜矢を傷付けた」
「違う……そうじゃないの」
もしかしたらこのまま自然消滅してしまうかもしれないと思い込んでいた自分の馬鹿さっぷりに落胆してしまったのと、神木さんの愛が変わらずわたしに向けられていたことを知った喜びと様々な感情が沸き上がり、それが涙として溢れ出してしまったのだ。一度解き放たれた感情は簡単にはコントロールできない。何度拭っても、涙は次々に瞳に溜まってしまう。
「誤解させてごめん。亜矢が後継者になるなら執事を辞めるとは言ったけど、光彦さんが跡を継ぐことになって俺は結局、執事のまま……亜矢はどんどん夢のために前へ進んでいく。そんな君を支えるのは誠ではなく、執事の神木なんじゃないかって思い込んでた」
そっとわたしを抱き寄せ、いつまでも泣いているわたしを宥めるように背中を擦る。懐かしい温もりと、神木さんを側に感じる匂いに、余計涙が止まらなくなった。
「君はどんどん大人になっていくけど、俺はただ年を重ねていくだけで……こんな俺がいつしか迷惑な存在になってしまうんじゃないかって怖かった」
「迷惑なんて、そんなこと思うはずないよ!!」
思わずしがみつくように神木さんを抱き締め返す。それに答えてくれたのか、背中を擦る手は今は力強く両肩を掴んでいた。
「そうだよね……考えればすぐ分かることなのに。この間、白藤さんに怒られたんだ。彼の言う通り余計なことに縛られすぎていたのかもしれない。君の隣にいるためには執事であるべきじゃないかって勝手に気持ちを抑えて……ずっと執事を演じてしまった」
神木さんもまた悩んでいたことを知る。
「情けないけど、亜矢の本心を知るのが少し怖かった。もう俺なんか必要ないと言われるんじゃないかって……そう考えたら、執事の神木を終わらすタイミングを逃しちゃって……この年なって本当に呆れるよ」
そんなことない。
わたしだってそうだったから、神木さんの気持ちは痛いほど分かる。
「亜矢がお墓参りに行くって言いに来た時、チャンスだと思った。そこで自分の気持ちを全部伝えてけじめをつけようって……亜矢の前で執事を演じるなんてもうごめんだから」
体を離すと、暖かな手のひらがわたしの頬を優しく包み込んだ。そっと上へと顔を向けられる。
「もうおしまいにしたい……これからは堂々と君を愛したいんだ」
真剣な眼差しがわたしを捕らえた。
不安だった心が一気に期待に染まる。
そして彼は言うんだ。
わたしの世界を一気に彩ってくれる言葉を……
「……俺と結婚してください」
待ち望んでいた言葉が優しく降り注ぐ。また涙が溢れそうになった。
これを人は至福と呼ぶのだろう。
「はい……よろしくお願いします」
その言葉を言い終えると同時に、ぐっと神木さんとの距離が近付く。
「愛してる」
もう迷いのない愛の言葉を囁く彼に、わたしは答えの代わりに瞼を閉じようとしたその時だった。わたし達の間を擦り抜けるように一枚の花びらが舞い降りる。それは紛れもなく桜の花びらだった。地面に落ちた桜の花びらを見てから、神木さんは不思議そうな顔をする。
「おかしいな……このあたりで桜はまだ咲いてなかったけど」
何処を見渡してもまだ蕾を付けた木ばかりで、開花したものは一本も見当たらない。
「どこから飛んできたんだろう」
「もしかしたら、お母さんの祝福の合図かもしれないね」
地面に落ちた花びらを拾い上げ、神木さんは柔らかい笑みを浮かべながら告げた。
「きっとそうだよ。お母さんが喜んで知らせてくれたんだよ!」
「良かった。亜矢のその笑顔がずっと見たかった」
そういえば、神木さんの前で最近笑顔でいた記憶がない。いろいろ考えるあまり、笑うことを忘れていた。そして、自分のことが精一杯で、相手のことも見ようとしていなかった。
「わたしも、神木さんの笑顔が見られてすごく嬉しい」
「亜矢、幸せになろう……これからはどんなことも笑顔で一緒に乗り越えていこう」
「うん」
誓い合うようにキスを交わす。
もう、2度と迷ったりしない。
彼とともに新たな未来を歩いていく。
そうお互い決意し合ったのだった。
ついにプロポーズまで辿り着きました!
応援頂いた皆様、
本当にありがとうございます(✿。◡ ◡。)
あと僅かとなりますが、良ければ最後まで
読んでいただければと思います(ෆ`꒳´ෆ)