memorys,121
あの記者会見からあっという間に1年が過ぎた。
あれからGlassの社員となったわたしは、デザインを勉強しながらなんとか働いている。最近はお父さんと光彦さんの会社が協力関係を結び、コラボ企画を立ち上げた。お父さんの作ったドレスに合わせた光彦さんデザインのアクセサリー。それは兄弟の絆をより深めたものとなり、世間の注目を浴びている。陽太さんが社長となった朝比奈グループとも交流するようになり、より仕事の輪を広げていた。
晶さんも真面目に働き、今は副社長として陽太さんとうまくやっているようだ。その光景を一番に喜んでいるのは他の誰でもない、会長自身だろう。
暉くんは海外を行ったり来たりしながら、バイオリニストとして多忙な日々を送っていた。驚きなのは、最近彼女ができたらしい。同じバイオリニストのフランス人女性という事だけで、あとは何も話してくれないから分からないけれど、うまくいっているようだ。
奏は高校卒業後、婚約が決まっていた人と結婚し、幸せに暮らしていると聞いた。たまに譲流くんが開くファッションショーに出ているみたい。奏の今の夢は、自分の子供とファッションショーに出ること。その夢を叶えてあげたかったのか、あの譲流くんが会社の跡継ぎとなり、今は子供用の和服を作ろうと奮闘しているらしい。あれだけ会社の跡を継ぐのを嫌がって海外を放浪していたのに、人というのは変われば変わるものだ。
時が経てば経つほど、周りは変化していく。それは嬉しい事ではあるが、過去を恋しく思うこともある。お父さんが再婚していろんなことがあった。それは楽しい事ばかりではなかったが、今思えば一番充実していた日々だった気がする。その懐かしい思い出に浸るように、わたしはひとり部屋でアルバムをめくっていた。
「亜矢様、夕食のご用意が出来ました」
「はーい」
神木さんに呼ばれ、わたしは開いていたアルバムを静かに閉じる。
「今日も私ひとりだけだよね」
部屋から出て、待っていた神木さんを見た途端、わたしは不満げに告げた。
「そうですね……今日も陽太様と旦那様たちは仕事で遅くなるそうです」
最近は余計に忙しいみたいで、家族揃っての夕食がめっきり減ってしまっている。こんな状況が続いているため、余計に楽しかった過去を思い返してしまうのかもしれない。
「そんな顔をなさらないでください。明日なら陽太様も早く帰宅できると言っていましたので……」
「先週もそんなこと言ってたのに、結局遅くなって一緒に食べれなかった……ひとりで食べてもおいしくないんだもん」
子供みたいな我が儘を言っているのは分かっていた。こんなことを言ったら神木さんを困らせる。
「ごめん……」
案の定、眉を下げて返答に困っている神木さんを見て、わたしは目を背け言う。
違う。ひとりでご飯を食べることが不満なのではない。
周りの変化が大きすぎて、わたしだけ取り残されたように感じてしまうのだ。わたしだって海外に行ったり、Glassの社員になったりと変化はあった。ただ、まだ踏み出した程度で夢を実現できたわけではない。それに、神木さんとのことも昔と変わらない関係が続いているため、恋人同士なのも怪しいなんて思い始めてしまっていた。
たぶん、胸のもやもやはそれが原因。勝手に不満に感じて情緒不安定になってしまっているのだ。
(駄目だな、わたし……昔のままじゃない)
執事とお嬢様の関係を取り払い、もっと神木さんとの関係を確かなものにしたい。それなのに、うまい言葉が見つからなくて、ずっと言えないままになっていた。神木さんも海外から帰ってきてから、普段通りの執事業務をこなすだけで、わたしに対して恋人らしいことをしない。もしかしたら、このまま自然消滅してしまうんじゃないかと不安になっていた。
それが焦りとなって、気持ちが不安定なのだろう。
食事をしながら、わたしはひとり幾度となく何回目かの溜息を零した。
「辛気臭い顔だな……余計なこと考えてますって顔は相変わらずだな」
いつの間にか神木さんの姿はなくなっていて、代わりに白藤さんがわたしの横でニヤニヤと笑っている。
「はいはい。どうせわたしは変わりませんよ」
目の前のワイングラスに残っていた白ワインを飲み干しながら返した。空になったグラスに白藤さんが白ワインを注ぐ。
「そんなにふて腐れるなって……ほら、酒の一杯ぐらいなら付き合ってやるから」
そう言うなり、違うワイングラスにも白ワインを注ぎ入れ、何食わぬ顔で白藤さんが隣の席に腰掛けた。
「え? いいの?」
「どうせみんな居ないんだし、ワイン一杯ぐらいならどうってことない」
「ありがとう」
こういう執事らしくない行動をとってくれるところが白藤さんの良いところであったりもする。
「惚れ直すだろ?」
「まーね」
「神木は真面目に輪をかけたような男だからな……じれったいだろうけど、好きなら見守ってやれよ。あいつはあいつなりにお前のこと真剣に考えてるんだろうから」
「うん」
「みんなの前でお前への気持ちを打ち明けた神木の想いはきっと揺らいでなんかない。それを信じてやれなくてどうするんだよ」
何を言わずとも悩みすら当ててしまう白藤さんに感心しながら、言われた言葉が少しだけ胸に刺さった。
「もしも神木に愛想尽かされたんだとしたら俺がお前をもらってやるから安心しろ」
黙り込んでしまったわたしの頭をわざと強めに掻き回すと、いつもの意地悪な笑みを浮かべ言う。
「それは心強いお言葉で……けど、ありがとう」
そして、白藤さんのグラスが空になるまで他愛ない会話を続けた。