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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
最終章『執事と永遠の愛を誓います!』
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 入った瞬間からカメラのシャッター音が鳴り響いた。視界がぼやけてしまうほどの光に目を細めながら、会場の中心へと進んでいく。記者たちが注目するステージにはテーブルと3人分の椅子が用意され、誘導してくれた男性が真ん中の席へ座るように指示を出す。すでにステージに上がっていたGlassの会長は右側の席に座り、わたしに顔を向け優しく微笑んだ。


「お待たせしました」


「よく戻ってきたな」


 マイクでは拾えない小声で会長と久しぶりに声を交わす。それから、わたしの左側の席が空席なのを確認し、ゆっくりと前へと向いた。


「それでは、これよりGlassの後継者が新たに決定したことをこの場を借りて会長より発表していただきます」


 司会担当の女性が声を発した途端、ざわめき立っていた記者たちが一瞬にして静かになる。一語一句逃さぬよう、誰ひとり物音を立てない会場内は一気に緊張感を増していくのが分かった。深緑色の和服に身を包んだ会長は真剣な面持ちでマイクを握り締め、そっと椅子から立ち上がる。


「本日は我が社のことでお集まりいただきありがとうございます。長年、社長不在のままGlassを続けてまいりましたが……わたしもいい年になりました。いつ会長を引退してもおかしくありません。それで、今ご紹介にありましたように我が社に新たな社長を迎えることをお伝えしたく集まっていただいた次第です」


「その新たな社長とは、お隣に座られている女性のことでしょうか? その方は朝比奈財閥のご令嬢とご結婚された九条 俊彦さんの娘さんでいらっしゃいますよね?」


 会長の挨拶が区切られたところで、すかさずマイクを向けながら質問を投げ掛ける記者の言葉にわたしは背筋を伸ばす。だが、会長の口調は冷静さを崩さなかった。


「まずは彼女の紹介をしないといけませんな……ご存じの通り、彼女は九条 俊彦の一人娘・九条 亜矢です。そしてわたしの孫でもあります」


 一気に会場内がどよめいた。それもそうだろう。今まで孫の存在などなかったのだから、それが突然現れれば誰でも驚く。


「それはつまり、九条 俊彦さんは会長の実の息子さんということでしょうか?」


「その通りです。長い月日を経て、わたしは孫と再会しました……お恥ずかしながら息子たちと疎遠になり、跡継ぎが見つからない日々を過ごしてまいりました。このままわたしの代でGlassを手放す決意もしておりましたが、彼女のおかげで新たな道が開かれたのです」


「それではやはり彼女が社長に就任するということで間違いないですか!?」


 その記者の一言に会長は場違いなほど盛大な笑い声を辺りに響かせた。


「そう焦らないでください。新たな社長が誰なのか気になるでしょうが……その発表は彼女の口から聞いてはもらえませんか。亜矢、いいかい?」


 会長の問い掛けにわたしは小さく頷く。会長が腰を下ろしたと同時に、入れ違いでわたしはマイクを握り立ち上がる。大勢の記者の視線が一気にわたしに向けられ、緊張が手の震えとなって伝わってきた。何とか声まで震えてしまわないように、ゆっくり深呼吸をする。


「はじめまして、ご紹介に預かりました九条 亜矢です。僭越ながらこのような場で発言するするのは不慣れではありますがよろしくお願いいたします……それでは新社長を発表の前にもうひとりご紹介したい方がおりますのでお呼びします」


 わたしは記者たちの目線を逃れ、視界の女性に合図を送った。それを見ていた女性はすぐさまステージ横の出入り口の扉を開く。磨き上げられた黒の革靴が床を鳴らす。濃い藍色のスーツに身を包み、白髪が少し混ざった長い髪を一つまとめにした男性がステージ上に姿を現した。注目を浴びる中、彼は怯むこともなく堂々とした態度でわたしの隣に立つ。わたしは再度、口にマイクを近付けた。


「彼とは海外に滞在している時に偶然出会いました。わたしはGlassの後継者候補となるべく経営、デザインなどを学んではいましたが……幼い頃から教育を受けていないわたしにとってはどちらも未熟でとても新社長を名乗れるような人材にはなれないことを痛感していました。なので、わたしはどうにかGlassを一緒に背負ってくれるような人はいないかと探すことにしたのです」


「その人がそうだということですか?」


「はい、そうです。彼は小さな露店で自分がデザインしたアクセサリーを売っていました。彼の作り出すアクセサリーを見た瞬間、この人しかいないと一目惚れしてしまったんです」


わたしは隣に立ち、前を見据える彼の横顔を見て告げる。


「彼はこのGlassに必要不可欠な人間です。何度も断られましたが、こうしてここに立ってくれたことを感謝しています……このGlassを輝かしい未来に導いてくれるのは彼しかありえません」


 そう告げると、わたしは彼にマイクを手渡す。記者が同様の声を漏らし騒がしくなる空間で少しだけ躊躇いながら、彼は口を開いた。


「本来ならばこの場に立つことすら許されないと思っていました。しかし、彼女の熱意に負け、ここへ立つことを決心しました。今年度より社長に就任いたします……九条 光彦です。皆様、よろしくお願いいたします」


 そう、彼の正体は会長の息子であり、お父さんの兄。姿を消し、これまで音信不通だった彼をわたしは偶然ではあったが見つけ出すことが出来たのだ。


 記者のどよめきはこの瞬間、最高潮に達した。

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