memorys,117
顔を隠していたものが取り払われ、男の素顔が露になる。だが、それでも相手が誰なのか分からずに小首を傾げた。
「なんだよ。わざわざ迎えに来てやったのに、俺が誰か分からないなんてひどい扱いだな……」
「ご、ごめんなさい。けど……誰だか分からなくて」
そう言われてみれば、どこかで会ったような気もする。声にも覚えがあった。しかし、バックミラーに映る顔をまじまじ見つめても記憶の中にいる人物と誰ひとり重ならない。
「もしかして、晶様ですか?」
驚き交じりの声で神木さんが発した人物の名にわたしは目を見開いた。
「うそっ……晶さんっ!?」
そう言われてみれば声は確かに晶さんのような気もする。それでも、まだわたしは信じられずにいた。晶さんと最後に会ったのは、わたしを誘拐した時以来だ。その時の彼は正直言ってしまえばかなり太った体系で、かなり目付きが悪い印象だった。あれから4年の間、何が彼を変えたのだろうか。体系はすっかりほっそりとしたスマート体系になり、威圧的だった目付きも少し優しげに見える。名前を言われなければ気付かないほどのイケメンに成り代わっていた。
「一応、お前たちが来たら記者が騒ぐから会場まで行くのに大変な思いをするだろうって社長が何度も何度も俺に言うから来てやったんだよ! いいか、誤解するなよ!? 俺はお前にあの時のことを謝りたいがために助けに来たわけじゃないからな。社長命令で嫌々来たんだ!」
外見は激変したが、口調と態度は昔とあまり変わらないようだ。しかし、動揺しているのか顔が赤い。きっと、彼なりの罪滅ぼしでここまで来てくれたのだろう。
「晶さん、来てくれて助かりました。ありがとうございます」
わたしが笑顔で言うと、フンっと鼻を鳴らす。
「無駄話をしてる場合じゃない。記者会見までもう時間がないんだ。飛ばすけど、文句言うなよ」
だが、荒っぽい言葉とは裏腹に運転はとても丁寧だった。
「晶様が会社に戻ってこられて、社員として働きだしたとは伺っていましたが……こんな大事なことを黙っているなんて陽太様も人が悪いですね」
ぼそっと神木さんが呟く。きっと、陽太さんが仕掛けたサプライズでもあるのだろう。それか、晶さんが素直じゃないのを分かっていて、わざとわたしに再会させるために仕向けたのかもしれない。
「でも嬉しい。こうして会って話せる日が来るなんて思ってなかったから」
あの時は後継者になれなかった憎しみをわたしを使って晴らそうとしていた彼。今もまだ、警察に捕まったことを怒っているかもしれないと思っていたが、そうではなかったと分かり、安堵よりも喜びが大きかった。命令だったとしてもわたし達を記者から助け出してくれたのは事実なのだから。
「よし、会場に着いたぞ」
晶さんのおかげもあり、予定の時刻よりも少しだけ早く到着できた。
「ありがとうございます」
「これは仕事なんだから礼なんかいらない……まあ、記者会見はヘマしないように頑張れ」
一瞬だけ、ぎこちないながらも笑みを見せてくれた晶さん。わたしは走り去っていく車に向かって大きく手を振った。
「やはり4年は大きいですね。こんなに周りが変わっているとは思いませんでした」
「本当だね。でもいい変化だから嬉しい」
そう微笑んだわたしを見て、神木さんは優しい声で「そうですね」と返す。
「よし! 記者会見頑張ろう! 神木さん、行きましょう!!」
「はい」
わたしと神木さんは急いで記者会見が開かれる会場へと走った。場所はもちろんGlassの本社内に用意された部屋で、今まさにわたし達の登場を待ち構えている記者たちで埋め尽くされているに違いない。そう考えると緊張が体を走るが、この時のために4年間必死にやってきた。逃げ出すなんて文字は浮かばない。胸を張って最後までやりきるだけだ。
会場の扉へと近付くと、わたしは更に走る速度をあげた。
「お父さん、お母さん!」
そこにはわたしを待つ家族の姿があった。ようやく再会できたことに涙腺が危うく緩みそうになる。それを抑え込み、わたしは笑顔で駆け寄った。
「亜矢……元気な顔を見れて安心した」
「今日までよく頑張ったわね」
お父さんと涼華さんは既に涙を浮かばせ、わたしにそっと抱くつく。懐かし声と匂いに、やっと帰ってこられたことを実感できた。
「旦那様、奥様、お久しぶりです」
再会の抱擁をし終えたタイミングで神木さんがふたりに頭を下げる。
「神木くん、長い期間ご苦労だったね。娘のこと面倒見てくれてありがとう……君も大変だっただろう」
「いえ、そのようなことは……ほとんどお嬢様ひとりで頑張っていらしましたので、わたくしは見守っているしか出来ませんでした」
「それで十分なのよ。好きな人が近くで見守ってくれるだけで亜矢ちゃんも心強ったんじゃない?」
涼華さんがウインクをわたしに向かって投げ掛けた。それに対して、少し照れ臭かったが小さく頷く。
「他のみんなは?」
「陽太さんは会社から離れられないみたいで……暉くんは今、白藤さんとこっちへ向かってるみたいだから」
「それじゃ、会えるのは記者会見が終わった後だね」
「亜矢さん、そろそろお時間です」
Glassの社員らしい男性が迫りくる時間の知らせを告げる。少し残念に感じながらも、わたしは改めて目の前にある扉へと目を向けた。
「亜矢、頑張ってね」
「うん、頑張ってくるね……神木さんもお父さんたちとここで待ってて」
「はい……ここでお嬢様を応援しております。準備はすべて整っておりますので安心してください」
「ありがとう」
そう告げ、わたしは一気に目の前の扉を開け放った。