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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第6章『執事も決心しなければなりません!!』
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memorys,112

 夕焼けで赤く染まる空を見つめながら、わたしは自宅へと向かう車の振動に身を委ねていた。自分が知りたかった真実が明らかになって、心晴れやかになったはずだったのに、それは束の間。今は自分の考えにひとり葛藤していた。


「亜矢」


 名前を呼ばれたのに我に返ると、そこでようやく車が路地に停車していると初めて知った。


「あれ? どうしたの?」


「どうしたのじゃない。それは俺のセリフだよ」


 神木さんが執事言葉を一切取り払い、わたしを真剣な眼差しで見つめてくる。


 ああ、この人には嘘なんて付けっこない。

 そう実感させられた。


「亜矢、君はどうしたい?」


「分からないの。なにをしたら正解なのか……どうしたら、後悔しないで済むのか」


 すると、膝の上に置いた手に暖かな温もりが触れる。優しく乗せられたかと思えば、次は力強く握られた。


「悩むよりもやった方がいい。どんなことが起きても俺は亜矢の味方で居続けるし、二度と君から離れないと誓う。だから……後悔を悩むよりも、やって後悔しよう。後悔ならいくらでも一緒に背負うから」


「神木……さん」


「亜矢がどんなことで悩んでいるのかはなんとなく想像はつくよ。Glassを終わらせたくないんだろ? けれど、自分が後継者になればどうなるのか不安になってる」


 図星をつかれたと同時に、気付いてくれていた嬉しさに涙が滲む。今声を発したら、その勢いで涙が零れそうで軽く頷いた。しかし、その振動で呆気なくも涙は神木さんの手の甲へと落下してしまった。


「泣かないで……大丈夫だから」


「けど、もし後継者になりたいってわたしが言っちゃったら……神木さんと一緒にいられなくなる。どっちを選んでもわたし……きっと後悔する。家族を守りたい、けど……神木さんと離れるのも嫌なの」


 なんて我が儘なのだろうか。人は一度手に入れてしまった幸せを二度と手放したくないと、自分勝手で傲慢になってしまう。どっちも選びたいと駄々をこねるなんて、子供のすることだ。けれど、どちらも掛け替えのない大切なものだったとしたら、それを天秤にかけることは出来るものなのか。


 きっと、重みが同じものを比べるなんて不可能だ。

 それを選ぼうとして悩むのは無意味なのかもしれない。


「ねぇ、神木さん……わたしはどうしたらいいんだろう?」


 沈黙が漂う。その中で、小さくかかっていたラジオ番組。そこから、涙を誘うようなラブソングが流れ始める。恋愛で生じる苦しみ、現実の息苦しさ、その中にある幸せの日々を歌っていた。まるで、今の自分たちに重なっていると錯覚しそうな曲に、また神木さんの甲を濡らしてしまう。


「亜矢……俺も覚悟を決める時なのかもしれない」


 囁くような小さな声だったけど、その言葉はわたしの表情を一変させるには十分だった。


「亜矢が家族と離れずに暮らす選択をしても、Glassの後継者になる選択をしたとしても……俺は亜矢の一番近くにいる。執事としてではなく、君を守るただひとりの男……神木 誠として」


「それって」


「亜矢にだけ後悔を背負わせたりしない。後悔するなら、一緒に後悔しよう……そうすれば、後悔だって大したことなくなるかもしれないだろ?」


 似合わない悪戯っ子のするような笑みを零した神木さんにわたしは泣きながらも微笑む。


「いいの? わたしのせいで執事を辞めなきゃいけなくなるかもしれないよ?」


「そしたら、別の仕事を探すよ。こう見えて何でも出来る男だよ」


「そうだね。神木さんならなんだって出来そうだもんね」


「亜矢が社長になっても、Glassの社員になって……副社長まで上り詰めれば、誰も俺が婿になっても文句は言わないよ」


「え、婿って……九条 誠になるの?」


「似合ってるだろ?」


挿絵(By みてみん)


 きっと、わたしを元気づけるためにわざと明るめの口調で言っているんだと分かる。けれど、そんな優しさが狭くなった視界を一気に広げてくれた。その瞬間、ひとつの考えが浮かぶ。


「神木さん」


「ん?」


「ありがとう……おかげで勇気がでた。帰ったらお父さんに後継者のこと話す。それでどんな答えをもらえるか分からないけど、自分が後悔するまでやってみる」


「うん。わかった」


 穏やかな笑顔で受け入れてくれた神木さんを見つめ、わたしも覚悟を決めた。



 彼と一緒ならどんな苦難でも乗り越えられる。

 もしかしたら、いばらの道になるかもしれないけれど、それでもそれが自分で決めた道だ。


 再び進み出した車の中、わたしは神木さんの肩にそっと頭を寄せる。


「怖い?」


 その問い掛けに、わたしは首を振った。


「怖くない。もう、怖くなんてならない」


 神木さんと離れていた時の方が怖かった。自分の気持ちに蓋をしてしまったことの方が後悔が大きいと知ったから、その過ちだけは繰り返したくない。けど今は、自分自身の意思を貫くための戦いに挑もうとしている。決してひとりではないと思えるからこそ、恐怖すら取っ払えるんだ。


 家族を捨てる選択だとか、何かを失う選択だとか、それは選択してみなければ結果なんて分からない。その先に待つのが後悔しか残らないものだとしても、また立ち上がって違う選択をしていけばいいのだ。


 道は一つではない。

 わたし達の前には数多くの選択肢を示す道が存在している。間違っても引き返せばいいし、後戻りできなければ新たな道を作ってしまえばいい。それだけのこと。後悔はいくらしたっていい。


 だって、人生の最終地点は果てしなく長いのだから。

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