memorys,110
わたしと神木さん、並んで門の前に立つ。すると、何もしていない筈の門が自動的に音を立てて開かれた。まるで、わたし達が来ることを予期していたように。
「入れってことかな?」
少しだけ戸惑いを含む声色で神木さんがこちらを見ながら言う。わたしは、ただ静かに頷いた。妙な緊張感を背負い、開かれた門をゆっくりと潜る。
「いらっしゃいませ」
玄関から真城さんが顔を出した。知ってる顔を見て、若干ホッとする。
「お久しぶりです。その節は助けていただいてありがとうございました」
「いえ、元気そうで何よりです。どうぞお入りください……会長も奥様も亜矢様が来るのを楽しみに、中で待ってますから」
あの伝言は無事に伝わっていたのだと一安心するも、待っているという単語で再び鼓動が速くなるのを感じた。先程の胸騒ぎが気になって仕方がない。わたしのした選択がどんな未来につながるのか分からない不安が恐怖心を煽る。それでも、ひとりで悩んでいても同じことの繰り返しになってしまう。ここで引き返してしまったら、せっかく背中を押してくれた白藤さんや、側に寄り添ってくれる神木さんに申し訳ない。
わたしは今一度、自分を奮い立たせる。
「はい」
決意を含めた返事をして、神木さんとともに屋敷の中へと入っていった。
「よく来たね」
「いらっしゃい」
前来た時と同じ部屋へ通されると、穏やかに笑顔を浮かべるふたりの姿が目に留まる。
「すみません。急にお邪魔して」
「いいのよ。亜矢ちゃんはわたし達の孫なんですもの」
百合花さんが嬉しそうに“孫”という単語を出す。まだ実感がない人たちに孫と言われると、少しながら違和感を感じた。嬉しいはずなのに、なんだか複雑だ。
「さあ、そこへ座りなさい……君もね」
会長は神木さんにも笑顔を向ける。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
わたし達は並んでソファへ座ると、途端に沈黙が漂う。静けさの中で声を発するのはとても勇気がいることだ。しかしここで逃げ腰になってはいけないと思い、わたしはまっすぐ会長に目を向け核心をつく。
「会長とお父さんの間に昔なにがあったのか聞かせていただけないでしょうか?」
会長はいきなり本題に突っ込んできたわたしに驚いたようで、目を大きく見開いた。それから、場の雰囲気をひっくり返すような笑い声を出し始める。あまりにも高らかに笑うものだから、神木さんとふたりできょとん顔をするしか出来なかった。
「すまんすまん。いきなり笑ってビックリさせてしまったな……この間、お父さんが怒ったのは昔のことが原因ではないんだ。きっと、君をわたしに取られるかもしれないと思い込んでしまったから怒ったのさ」
「取られる? それってどういう意味なんですか?」
「順を追って話した方がいいだろう。少し長な話になるがいいかな?」
その問い掛けに、わたしは迷わずに頷く。
「実はお父さん……俊彦には一つ上の兄・光彦がいるんだ。小さい頃からこの会社を継ぐためにそれはそれは勉強して努力してきた。そんな兄を慕って、幼い頃から俊彦はいつも側で兄のまねごとをしていた。ふたり、とても仲が良かったんだ」
急に会長と百合花さんの表情に暗い影が差す。
「だが、光彦が高校生に入った頃から状況は変わり始めた。いくら学校の成績がよくても、この世界は自分独自の技術を身に付かなければ花開かない実力主義だ。アクセサリーのデザインを生み出す才能がなければならない……そんな中、俊彦は兄よりずば抜けた才能を発揮し始めたんだ」
それを聞いて、なんとなく状況が読めてきた。きっと、現在の晶さんと陽太さんのような状態になってしまったのだろう。本当の兄弟で差が広がってしまった故に憎しみ合ってしまった。そうに違いないと思っていた亜矢に、会長は意外な言葉を発する。
「光彦は後継者を俊彦に譲るとわたしに申し出たのだ」
「え?」
「弟思いの優しい子だった……だから、自分よりも実力のある俊彦に会社を委ねたいと」
「なら……なんで、お父さんはこの会社を継がなかったんですか?」
「兄を抜いてしまったことを罪だと思ったからだ。自分の前を立つ尊敬していた兄を蹴落としてしまったように思ったのだろう……罪悪感から俊彦はデザインの勉強を絶ってしまった。何度も光彦は説得してくれたのだが、次第に兄弟の間にも距離が生まれてしまってね。光彦は光彦なりに弟より実力のない悔しさと戦っていたんだ……お互いを思いやるあまり、擦れ違ってしまった」
思いやっているからこその亀裂もあるのだと知り、わたしは言葉を失う。神木さんがそっと肩を擦ってくれたことに気付くも、うまく笑顔を作れなかった。
「わたしもその頃は仕事人間で兄弟仲を取り持つこともせず、百合花に任せっきりにしてしまっていたんだ。それがいけなかった……光彦は高校を卒業して直ぐに家を黙って出て行ってしまい行方知らず、今も探し続けているが、安否も分からない状況だ」
「そんな……」
「跡取りが俊彦だけとなり、わたしは落ち込んでいるのにも関わらず俊彦を光彦の代わりにした。もうお前にはこの会社を引き継いでいくしか道はないのだと言い聞かせてな……今思えば、失踪した光彦への怒りを知らず知らずのうちに俊彦にぶつけていたのかもしれない」
会長は一呼吸おくと、肩を落としながら告げる。
「俊彦はそんなわたしも、家業を背負うことも嫌になってしまったのだろう……光彦と同じように高校を卒業して直ぐわたし達から姿を消してしまったんだ」
その瞬間、なんとなく父の今までの行動すべてが一直線に繋がったような気がした。