memorys,11
亜矢が立ち去って暫くの間、陽太と後ろにいた暉も黙り込んだまま言葉を発しない。そんな中、沈黙を破ったのは神木だった。
「申し訳ございません、これから失言することをお許しください。いくらでも罰は受けますので……よろしいでしょうか?」
陽太に低く頭を下げた後、神木は執事スマイルを消し、珍しく怒った表情を向けた。そして、相手の返事など聞く耳もなかったように口を開き言い放つ。
「陽太がお嬢様に言ってることは全部八つ当たりだろ? 確かに奥様が再婚したから“朝比奈”の名前を無くすことになったのは事実だけど、それは彼女のせいでもないし、旦那様のせいでもない」
「それは、分かってる……」
「いや、陽太は分かってない。お嬢様は必死で受け入れられようと努力してた。そんな彼女の頑張りを見もしないで、それでも朝比奈 寛治の後継者だったと言えるのか? 旦那様は弱きを助け、誰もを平等と考えていた偉大なお方だったはず……それを家族になろう相手に八つ当たりなんて跡継ぎとして最低の行為だよ」
自分がしてきた事は全部八つ当たりだと理解していたのか、陽太は思い悩んだように俯く。
「“ただいま”」
神木の呟きに、暉が反応を示す。
「今なんて? “ただいま”って言った?」
下を向いていた陽太も急に言った神木の言葉の意図が分からず、思わず顔を上げた。
「お嬢様がここへ来た時に仰っていたことだよ。兄弟と直ぐに馴染む事は難しいかもしれないけど、“ただいま”と言える人が側に居てくれるだけで十分幸せだって……」
陽太の顔が苦しげに歪む。
「幼い頃にお母様を亡くされたお嬢様は新たな家庭に憧れ、家族と向き合う事に直向きだった。ここに居る誰よりも、家族の大切さを分かっていたのはお嬢様だ!」
そこまで言うと、神木はひとつ咳払いしてから執事の顔に戻した。
「大変失礼致しました」
「いや、いい……」
陽太は前髪を掻き回し、その場にしゃがみ込む。ひとつ深い溜め息を付くと、微かに笑みを漏らした。
「まさか、お前に怒られるとは思わなかったよ」
「申し訳ありませんでした」
「怒ってない。怒られて当然の事をしたのは俺だ……次期社長の座を奪われて、夢を失って、身勝手な苛立ちをあいつにぶつけただけだ。この歳になって大人げなかった」
「旦那様が生きていらっしゃったら、確実に“ゲンコツ”が飛びますよ」
誠の言葉に、思わず陽太は笑みを零す。
「そうだな。今の俺を見たらガッカリするな……けど、もう彼女には嫌われてしまったに違いない。あれだけひどい事を言ってしまったんだ」
「なら、謝ればいいのでは? ね、暉様っ」
いきなり自分の名を呼ばれ、少し驚いた顔をしたものの、またいつもの笑顔に戻る。
「まぁ、あの子なかなか面白いし……僕は認めてあげてもいいよ」
「そう言っていただき感謝いたします」
「それなら、そろそろ彼女を探さないと駄目じゃない? このまま行方不明なんて、親に知れたら怒られるじゃ済まないよ」
「そうですね。女性の一人歩きは危険ですし……制服のままですから、誘拐の危険性も出てきます」
誠の言葉を聞いた瞬間、素早く立ち上がった陽太は少しだけ早口で指示を出した。
「俺と暉は周辺を探す。神木は彼女の携帯に連絡をしてみて、出ないなら彼女の行きそうな場所を手当たり次第探してみてくれ。10分後に俺に経過連絡を……見つかったら、直ぐに連れ戻してくれ」
「はい、畏まりました」
陽太は真っ直ぐ門へと向かい歩き出し、暉もその後ろを追う。
「では、わたくしも……」
彼女の携帯を鳴らしてみたが、やはり出る気配はなかった。暫し神木は考え込み、彼女の行きそうな場所を頭に浮かべる。
「やはり……思い当たるとすれば、あそこでしょうね」
まだこの家に来て日が浅い彼女が行くとしたら、あの場所しかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
自家用車を走らせ向かったのは、彼女が住んでいた平屋の一軒家。そこへ着いた頃には急な雨が降りだし、空には稲光が走っていた。
陽太と約束した10分後の経過報告を済ませ、土砂降りへと変わった外へと神木は下り立つ。
まだ片付けが僅かに残っていたため、電気や水道は止まっていない。彼女も合鍵を持っている筈だから、ひとりになりたいと思って向かうとすればここしかないと直感した。
「お嬢様っ、いらっしゃいますか?」
電気は付いておらず、鍵も掛かっている。インターホンを鳴らすが、壊れているのか中から響く音は一切聞こえてこなかった。それ以前に人の気配も無さそうだ。
「ここだと思ったんですが……」
「えっ!? 何してるんですか、神木さん!」
急に掛けられた声に振り向くと、傘を差し、目を丸くした彼女の姿が映る。
「お嬢様」
「濡れてるじゃないですか! とにかく中に入りましょう……ちょっと待っててくださいね」
鍵を開けると、神木さんの腕を迷うことなく掴み、中へと引っ張った。
「ごめんなさい。うち狭いけど……あそこに居たら風邪引いちゃいますから」
わたしがそっとタオルを差し出すと、神木さんは安堵の笑みを漏らした。
「ご無事で何よりです。家に居ないので、少し不安になってしまいました」
「えっ!? 探してたんですか? 直ぐに帰るつもりだったんですけどっ……神木さんにまで迷惑を掛けてしまって、ごめんなさいっ!!」
わたしが慌てて謝罪した直後、激しい雷の音が上から響き渡り、まるで地震のように家がガタガタと音を立てて揺れ出す。付けていた電気は一瞬で消え去り、家の中は夜のように真っ暗になってしまった。
「ビックリした……」
「苦手ですか」
「え?」
そう神木に問われ、わたしが手元に目線を下げると、自分が無意識に相手の服をしっかりと掴んでいるのが映る。
「ご、ごめんなさい! なんか、反射的にっ」
「お嬢様、わたくしに謝罪など必要ありません」
幾度なく繰り返される雷鳴とともに入る光に照らされ映るのは、至近距離で優しく微笑む神木さんの笑顔だった。