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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第6章『執事も決心しなければなりません!!』
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memorys,106

 時計を見ると、午前の二時半。部屋は真っ暗で、とても静かなのに寝付けない。

 それもそうだ。一日でいろんなことが起こったのだから。

 ファッションショーの舞台に立って、素晴らしい日で終わるはずだった。それが誘拐され、救ってくれた相手がなんと存在しないと思っていた祖父母。あまりの情報量に、頭がいまだに混乱しているのだ。


 家に戻ってから、すぐに晶さんの現状を涼華さんから聞かされた。真城さんが言った通り、あの後すぐに警察に突き出された晶さんは今も警察署で身柄を預けられているらしい。すぐに保釈しようと晶さんの両親が朝比奈会長に掛け合ったらしいのだが、今回犯した罪は重いと保釈金の支払いを拒否したようだ。

 晶さんの両親も事の重大さを感じてか、強気な態度を見せることもなく、会長の意見を反発することなく承諾したとのこと。


 どうして誘拐しようとしたのか、どうして嫌っていたはずのわたしと婚約しようなど言い出したのかいまだに分からない。

 そして、何の目的でわたしを監視し、あそこへ連れて行ったのか。わたしの祖父母と名乗ったあのふたりの行動もいまひとつ納得いかない。お父さんのあの態度を見たら尚更だ。


 こんなことを考えても堂々巡りだと分かっている。けれど、目を瞑るとそればかりが頭を埋め尽くしていくのだ。


 明日は朝早くから警察署で今回の誘拐でのことを説明しに行かなければならない。いや、もう今日だ。

 一刻も早く寝なくてはいけないのに、寝ようと思えば思うほど目が冴えてしまう。無理矢理目を閉じては、また開くの繰り返しに耐え兼ね、体を起こした。


(なにか飲み物でも飲んで落ち着こう)


 もう誰も起きていない時間帯。いつもは誰かしら擦れ違う廊下もわたしひとり。うっすらとオレンジ色の小さな光を灯す蛍光灯の光だけを頼りに、一階のキッチンへと向かう。予想通りキッチンには誰もおらず、人がいないせいかひんやりと空気が冷たく感じた。電気をつけようかと思ったが、水を飲んですぐに部屋へと戻るつもりで、そのまま中へと進む。


 冷蔵庫を開けて、飲料水のペットボトルを取り出した。


「お嬢様?」


 いきなり聞こえた声に驚き、思わず床にペットボトルを落としてしまう。その瞬間、暗かったキッチンが一気に明るく照らされる。そこで、声の主が神木さんだと分かった。


「神木さん……」


「驚かせたね。ごめん」


「ううん。まさか神木さんが起きてるなんて思わなかったからビックリしただけ」


 ペットボトルを拾い、笑顔で返す。


「無理に笑わなくて大丈夫だよ。いろいろあって眠れないんだろうから、水じゃなくてホットミルクでもどうかな? 体も温まるし、気持ちも少しは落ち着くよ」


「ありがとう」


 神木さんは優しくわたしの頭を撫でると、ミルクを温めるための片手鍋を棚から取り出した。鍋に牛乳を注ぎ入れ、火にかける。


「出来上がったら、これを部屋に運ぶからベッドで待ってて」


「ううん、ここで待ってる」


「なら、一緒にいようか」


 ホットミルクができるまで、わたしはただ神木さんの背中を眺めた。


 部屋へと戻ると、瓶詰のはちみつをホットミルクにたっぷり垂らす。そして、まだ湯気が立つカップをソファに座るわたしに差し出した。


「さあ、飲んで」


「うん」


 一口飲むと、冷えた身体に温かさが広がっていく。


「神木さんはなんでこんな時間に起きてたの?」


 そう尋ねると、神木さんは少し照れ臭そうに笑った。


「なんとなく……亜矢が俺を呼んでる気がして。気になって起きてきちゃったんだ」


「ありがとう……神木さんが来てくれてホッとした」


「大丈夫? 今日のこと、旦那様はあまり喋りたがらなくて……あの家で何があったの?」


「わたし、お父さんの両親に初めて会ったの。ずっと死んでると思ってて……どうして、お父さんはずっとわたしに黙ってたのかな? なんだか、お父さん怒ってるみたいで」


「そんなことないよ」


 カップをテーブルに置いた途端に、神木さんの手がそっと重なる。


「どんな事情があったにせよ、旦那様が亜矢を責めるはずない。誘拐されたのも、旦那様の両親と再会したのも偶然の出来事で、誰の責任でもない。だから、亜矢のことを怒ってるとかじゃないよ……きっと、まだ話せない理由があって、それを伝えるかどうか悩んでるんだと思う」


「そう……なのかな」


「いずれ、亜矢にも話してくれる時が来るよ。それまで待ってあげよう」


 神木さんの言葉に納得し、小さく頷く。すると、今度はゆっくり体を引き寄せられ、すっぽりと神木さんの腕の中に包み込まれた。


「か、神木さん⁉」


「この屋敷に戻ってから、白藤さんの監視があってなかなかふたりきりになれなかったから……今は誰も見てないから、俺に甘えて」


 さっきまで不安ばかりが心を支配していたのに、今は別のことで頭がいっぱいになる。久々に感じる神木さんの体温と匂いにドキドキしながらも、その温もりの心地よさにわたしは素直に甘えた。


「何かあれば俺も力になる。だから、必ず何でも俺に伝えてほしい」


「うん、約束する」


 まだまだ気掛かりなことはたくさんある。

 けど、今夜だけはすべてを忘れて彼との時間を大切にしたい。

 もうしばらく、あと少しだけと、時間の進む針の音を聞きながらわたしはいつまでも神木さんの胸に体を預けた。彼もそれを察しているのか、何も言わずわたしを抱き締め続けた。

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