memorys,103
こんな山奥の洋館に呼び出した人物の正体を知ることができたまでは良かったが、更なる混乱が襲ってくるとは誰も思わないだろう。現にわたしは軽いパニックになっていた。
今日付けたピアスは心奪われるほど奇麗で、どんな人がデザインしているのだろうと興味が湧いたのは事実だ。しかし、たかが一度だけのファッションショーに出たわたしがそんな大物と対面できるとは思ってもみない。嬉しいというより、疑念だけが膨らんでいく。
そもそも彼は、どうしてわたしを監視させていたのだろう。
そこまでして、わたしに会いたいとは一体目的はなんなのだろう。
真城さんに言われたときは、わたしが知りたいことがもしかしたら全て分かるのかもしれないと思えた。そんな直感のようなものが働いてここまで付いてきたが、それも今ではすっかり頭から抜け落ちてしまうくらいの放心状態に陥っている。差し伸べられた手とにこにこと笑顔を向けてくる会長の顔を交互に見つめることしか出来ずにいた。
「いやー、面目ない。相当驚かせてしまったようだ」
会長は困ったように自分の頭部を軽く叩く。すると、会長に隠れて見えなかったもう一人の人物がわたしを伺うように覗き込んでいるのに気が付いた。白髪交じりの髪を奇麗にまとめ、淡い紫色に真っ赤な椿の花が咲き誇る着物を着たおばあちゃんは、なんだか照れくさそうな笑みをわたしに向ける。
「ごめんなさいねー。この人、やり方が強引なものだから……もう少し違った会い方があるでしょって怒ったのよ。こんな山奥まで来て不安だったでしょうに」
「えっと……いえ」
「さあさあ、大変だったからお腹も空いたでしょうに……向こうの部屋に食事を用意させたから、そちらでゆっくり話しましょう」
「それもそうだな。気が利かなくて済まなかった!」
会長が空気に合わない大きな声で笑う。おばあちゃんはそっとわたしを安心させるように背中を優しく支えながら、別の部屋へと案内した。
「亜矢ちゃんが何が好物なのかまるで分らないから、いろいろ用意したの。好きなものを選んで食べてちょうだい」
そう言って通された部屋は、料亭のような和室でなんとも落ち着いた空間が漂う。そして、おばちゃんが言っていた通り、テーブルには様々な料理が並べられていた。お刺身や煮物などの和食もあれば、ハンバーグやパスタ、ステーキにパエリアと統一感のないものがテーブルを埋め尽くす様にわたしは思わず笑ってしまう。
「ようやく笑顔が見れたわね。良かったわー」
安心したように、おばちゃんは一番近くの座椅子にわたしを座らせた。
「遠慮せずに食べてね」
「ありがとうございます……あの、こんなにして下さって有難いのですが、わたしの家族が心配しているといけないので連絡を取りたいのですが」
「それなら問題ない」
わたしの向かい側にどっかりと腰を据えた会長が相変わらずの笑顔で答える。
「君がここへ向かっている時にわたしから連絡をしておいたから、じきに父親が迎えに来るだろう。朝比奈 晶が君にしたことも説明しておいたから安心なさい」
「ありがとうございます……」
お父さんがここへ向かっていることを知って、ようやく慌ただしかった心が平静を取り戻し始める。会長の隣に座るおばちゃんはきっと会長の奥さんだろうと、冷静に状況を飲み込めるようになったわたしは、ずっと頭にあった疑念を口にした。
「あの……どうして、わたしをここへ連れてきたんでしょうか? 真城さんからわたしを監視していたと聞きましたが、何の目的でそんなことをしたんですか?」
一瞬、会長の表情から笑顔が薄れる。考え込むように長い顎髭を何度か触る仕草をしてから、深く頷き口を開く。
「どこから話そうか、ずっと考えていた。君の存在を知ってから、わたし達はどうやって君と接触したらいいかと悩んでいたところに……今回の誘拐事件が起きた。真城から連絡をもらった時は本当に心配したんだ」
「あなたの身に何かあったらと、本当に怖かったわ」
会長の奥さんもまるで自分の家族が危険な目に合ったかのような悲しい顔を浮かべた。
「わたしの存在を知ったって……いつから」
「初めは俊彦……君のお父さんがドレスのコンテストで優勝したことを記事で見たのがきっかけだった」
「お父さんの記事で?」
「そして、お父さんを調べさせた時に君の存在を知ることができた。そして、君にどうしても関わりたくて、あのファッションショーに出ることが分かった瞬間に思い付いたんだ。わたしの生み出したジュエリーを君に付けてもらい、Glossの存在を少しでも知ってもらおうと……そこから少しずつ君に近付いていく計画だったのだが、誘拐されたことを知って今しかないと動いた次第だ」
「どうして、そこまでしてわたしに関わろうとしたんですか? 何かあるなら、堂々と現れても問題なかったんじゃないんですか?」
その問い掛けに、会長は小さく微笑む。
「なかなか堂々と会いずらい事情がわたし達にはあったんだよ」
その言葉の意味が分からず、わたしは首を傾げた。
「君をまた驚かせてしまうのは申し訳ないが、落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
「わたしの名前は九条 光徳……俊彦の実の父であり、君にとってわたしは祖父なんだ」
驚くなと言われたがわたしはまた絶句してしまう。何故なら、お父さんからは自分の親は亡くなっていると聞かされてきたからだった。




