memorys,102
車に揺られること数時間。
街の中を走っていた車は、いつの間にか周りは木々しかない森の中へと景色を変えていた。真城さんが運転する車の後部座席で、ただ窓の風景しか見つめることしかできない。先程から、向かっている場所や相手はどんな人なのかと思い付く限りの質問をしたのだが、返ってくる言葉がいつも同じ。
わたしからは何もお答えできないと、彼女は頑なだった。
本当に一緒に付いてきて正解だったのだろうかと不安にもなるが、彼女の目に嘘はなかったと信じたい。信じたいのだが、どんどん山奥へと向かう車に少々恐怖心が伴う。もしかしたらこのまま帰れなくなってしまうかもしれないと思うと、頭にみんなの顔が浮かんだ。
(お父さん、お母さん……)
不安を必死に閉じ込めるように、膝の上で手を力いっぱい握り締めた。
(神木さん、会いたいよ……)
今頃どうしているだろうか。何度かイヤホンマイクを使って真城さんが誰かと連絡はとっていたようだったが、果たして家族に知らせてくれたのかは不明だ。まだわたしは行方不明のままで、みんな心配して探しているかもしれない。助けてもらった時に、このまま帰りたいと言えば本当に帰してくれたのだろうか。それが本当だったら、あの時のわたしは選択を誤ったのではないかと今更ながらに後悔した。
(この人たちは何者なんだろう。わたしに会いたいって、なんのために?)
そんなことを考え込んでいるうちに、車が静かに停車する。窓を覗くと、そこには森の中にポツンと佇む古い一軒の洋館が見えた。車の前には錆びだらけの大きな門扉があり、少し間をあけてそれはゆっくりと開かれる。窓越しでも聞こえる機械音とともに、門はわたし達を誘うように開け放たれた。
「亜矢さん、到着しました。長い事、車の中でお疲れになったでしょう。中で少し待ち時間があると思うので、紅茶でも飲みながら休憩なさってください」
後部座席のドアを開け、真城さんが外へ出ることをわたしに求める。すっかり暗くなってしまった外は、森の中のせいかひどく暗く感じた。街灯もない暗闇に、ぼんやりと光が窓から零れてくる古い洋館は正しくホラー映画の舞台のようだ。そう考えると、背筋に寒気が走る。いや、もしかしたら日が落ちたために空気が冷えたせいで震えただけなのかもしれない。
(まさか幽霊がわたしに会いたがってました……なんて結末じゃないよね)
そんな想像を巡らせながら、わたしは真城さんに言われるがまま跡を辿り、不気味な洋館の中へと入っていった。
玄関に一歩踏み入れると、大きなホールが広がる。奇麗に磨かれた大理石の白い床、くすみや汚れが一切ついていない白い壁紙。頭上にはまばゆく光るシャンデリア。外観と違って、中はとても幽霊屋敷の洋館とは感じさせない別の空間があった。そして、なぜか壁には絵ではなく、様々なジュエリーが額の中に納められ飾られている。どれも美しく、今の状況を忘れてしまうほどわたしはそれに見惚れてしまった。
(宝石とか好きな人なのかな……)
周りを改めて見渡してみると、インテリアとして置かれた置物や陶器にも宝石が使用されている。ホールの中央に飾られた女性の像にも眩い光を放つジュエリーが付けられ、一番の存在感を放っていた。
「亜矢さん……さあ、奥の部屋へ」
「はい」
少しだけ気持ちが解れたわたしは、意を決して足を踏み出す。そして、ある部屋へと通される。そこは、あのホールと比べると豪華さやきらびやかさのない、どこかこじんまりとした客室だった。大きな木製のテーブルと、向かい合うように置かれた三人掛けの本革ソファ。
「好きな場所へ座っていてください」
わたしは素直にソファに腰掛ける。近くで暖かな炎を上げる暖炉が僅かに冷えた身体を温めてくれた。目の前のテーブルを見ると、淹れたての紅茶の匂いを漂わせるポットが置かれ、その横にはいろんな形をしたクッキーがお洒落なお皿に並べられている。
「好きなものを好きなだけ召し上がってください」
「えっと……はい」
「では、今呼んできますので……どうか寛いでお待ちください」
そう言い残し、真城さんはドアの向こうへと消えてしまった。
「寛げと言われてもな……」
わたしが来るタイミングに合わせて用意されたクッキーと淹れたての紅茶。だが、ホールからここへ来るまで人の気配が全然感じられなかった。
「やっぱり幽霊屋敷だったりして」
無意識に両肩を強めに擦る。周りが森のせいで外は怖いくらいに静かで、部屋の中にある古い鳩時計の規則正しく刻む秒針音がやけに耳に響く。逃げ出すにもこんな場所まで来ては脱出不可能だ。またも後悔から深い溜息が口から漏れる。結局、空腹ではあったが目の前のものには手を付けられないまま、黙々と時間が過ぎていくのを待った。
すると、ドア越しに誰かが歩く音がこちらへ近付いてくるのに気が付く。
(ついに来た)
どんな人が現れるのか緊張感で身を強張らせながら、目を一点に集中させた。足音がドアの前で止まるとすぐ、コンコンとノックされる。
「お待たせしました」
声は真城さんのもので安堵感を感じたが、開けられたドアの先に立つ人物にわたしは釘付けになった。
「お待たせして申し訳ない! こんなとことまで連れてこられてさぞかし驚いただろう」
もっと不気味な雰囲気の怖い人でも来るか想像していたのに、豪快な声で笑顔を向ける極普通のおじいちゃん。頭はスキンヘッドで、顎には白いお髭を蓄えている。グレー系の色で統一された和服を見事に着こなすおじいちゃんの姿に、わたしは反応に困ってしまっていた。
「誘拐から救ったのに、また誘拐された気分だろうが……どうか不安に思わないでほしい」
そっと、皺くちゃの手がわたしに向けられる。
「自己紹介をしよう。わたしは……今日君が付けてくれたピアスを作ったGlossの会長だ」
それはあまりにも驚愕な展開で、意外な人物を目の前に絶句してしまった。




